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【ゲイルスコグル魔法学園その9】

「理事長、この魚凄い美味いですねッ。いや、本当に美味い!」


 グラズヘイムは大陸の南方に位置する大国であり、特に首都オーディーンは海に隣接している。大陸間での貿易は魔法技術と並んで国家を支える重要な事業であり、付随する形で漁業も盛んに行われている。

 故に首都近辺の高級料理店は新鮮な魚を扱ったものが多く、ミーミルもその一つである。

 平日という事情もあってか、店内には疎らな客足がある程度で、絞られた照明が一層のシックさを表現していた。

 テーブルの一角に座する一同。ヴィルヘルムにフローズ、グズルトとグンタラの四人はそれぞれの様子で並べられた皿と向き合っていた。


「いやぁ、この魚の厚み。味が凄くて凄い美味いですよ、うん、すっげぇ美味いです!」


 興奮した様子で壊滅的な語彙を並べて感想を述べるヴィルヘルム。


「……」


 シチュエーションやシャワーでの一幕を通じて複雑な表情を浮かべるフローズ。


「あ、アハハ……ヴィル君って、こう……たまにアレだよね」


 慣れた調子でフォークとナイフを扱いつつ、浮かれたヴィルヘルムの様子に呆れ混じりの笑いを零すグズルト。


「そんなに喜んでもらえたなら何よりだよ、シルヴィヴァレト君」


 料理自体よりも料理を通じた問答を楽しむグンタラ。

 もしも店内に多数の客足が及んでいたり、ヴィルヘルムの騒音を鬱陶しがっていれば彼らも嗜めたかもしれない。

 しかし客足は疎らで、数少ない面々も大らかな態度で彼らの声を受け入れていた。なれば、今更諫めてもしょうがないというもの。


「グラズ鮭っていうんでしたっけ。凄い美味いですね、いやぁ、凄い!」


 シルヴィヴァレト家は名門であり、専属のシェフも当然の如く屋敷に常駐している。

 が、こればかりは生前、否、前世からの性分というべきか。ヴィルヘルムの語彙力は壊滅的であった。己の異端さを自覚してから早々に見切りをつけ、周囲と交流を深めることをしなかった芝浦の言語能力は取り繕う方向にばかり成長を遂げ、生の感情を告げるのを苦手としていた。

 名門らしからぬ愉快な感想に苦笑する面々。特に彼女の語彙を理解していたフローズは心中の思いとは別に、無意識の内に表情を呆れさせる。


「ここの店長とは顔馴染みでね。これで満足して頂けたなら、何よりだよ」

「満足も大満足ですよ。すげぇ美味いんですから」

「ヴィル様……」


 壊滅的な語彙を繰り返す主に、奴隷の少女は嘆息を零す。


「人には向き不向きがあるものさ。素直な感想を述べるのが苦手な者、魔法を扱うのが苦手な者、色々あっていいじゃないか」

「お父さん、もしかして後のは私に言ってる?」


 娘からの問いかけに、わざとらしい大笑で誤魔化す父親。

 尤も気にする素振りも見せないヴィルヘルムとは異なり、尽力を重ねるグズルトからすれば彼の発言は素直に受け入れ難い。


「リンクネットとやらでもあれば、話も変わるのだろうがな」

「リンクネット? 何です、それは」


 不意にグンタラが零した単語に、敏感に反応したのは先程まで愉快な感想を繰り返していた少年。

 ヴィルヘルムは視線を俄かに鋭くし、老境に達した男性の顔を見つめる。

 遅れて失言したと口元を隠すが、今更遅い。視線を左右に揺らすと、意を決して少年のものと交差させた。


「……リンクネットは、闇市場を中心に流通している薬でな。摂取することで摂取者同士の回路を同期させ、他者のものを使用して出力を跳ね上げることが可能らしい」

「他者の回路を……?」


 神による呪いを受けているヴィルヘルムにとって、呪いの影響下にない他者の回路を扱うことは非常に魅力的な、甘美の響きを以って鼓膜を震わせた。


「摂取者は利用時に回路が紫に発光するらしい」

「紫に……ヴィル様ッ」


 フローズの脳裏に浮かぶのは、ヅヨイの姿。

 複数の魔法を操り、瞬殺されたとはいえフローズの後ろ髪を焼いた彼の両腕は、確かに紫の幾何学模様を浮かべていた。一瞬だが、制服の上からでも覗ける輝きは高校生にあるまじき出力を誇るように。

 観客の注目は視覚的にも派手な上級魔法を行使したヴィルヘルムに釘付けであったが、対峙していたフローズからすればヅヨイ側も充分に規格外を証明していた。

 年齢不相応の奇跡を成した立役者こそが、リンクネット。


「ヅヨイの回路も紫に発光してました。これはもしかしたら……!」

「これはこれは……ちょっと聞いてみる価値はありますね。友人として」


 皮肉気な笑みを浮かべ、ヴィルヘルムは目を輝かせる。

 一方で二人の会話を耳にし、グズルトは小さくリンクネットの名を呟く。誰の鼓膜も震わさず、それでいて自らの内に打ちつけるように。

 若人の精進する姿勢を前にし、グンタラは白髭を揺らして呵々と大笑した。

 流石に疎らな客足も店内に響く大笑には注視の眼差しを注ぎ、同じテーブルにつく面々も怪訝な視線を向ける。が、なおも一人笑いを零し続けた。

 歓喜の赴くままに。

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