「こりゃ回路の炎症だね。微量だけど、最後にいつ閉じたのかも分からないくらいの長期間、ずっと開いてそうだ」
養護教諭である白衣の女性は、淡々とベッドに眠る少年の観察結果を述べる。
ゲイルスコグル魔法学園保健室。学園にあるまじき規模の室内には、病院から払い下げられた一世代前の医療器具が理知整然と並べられ、知識ある者が目にすれば如何に相応しくないか熱弁できたであろう。
尤も、ヴィルヘルムには等間隔で更新される心電図に似た機械から前世との類似性を見出すのが精一杯であったが。
「そこの回電図が不定期で乱れてるだろ、開き続けてできた炎症に反応してるんだ。こんなに酷使してちゃ、いつ魔力が尽きるか分かったもんじゃない」
「魔力が、尽きる……微量なんですよね、浪費は?」
ヴィルヘルムの疑問に答え、女性は右手をゆっくりと持ち上げた。
「あぁ。漏れてるのは少しさ。だけど、このままじゃ先に身体にガタがきて魔力の生成量が落ちる。そしてやがて消費が生成を上回って……ズドンだ」
女性が持ち上げた掌を勢いよく落とす。
死ねば浪費は〇。何とも分かりやすい図解とヴィルヘルムは一人首を上下させる。
一方で女性は机に並べたヅヨイの診断結果へと目を通し、頭を掻く。苦虫を噛み潰した表情からも、状況が切迫しているのは明白。
「魔法を習い立てならともかく意識を手放しても魔力が垂れ流しとか、はっきり言って異常だ。せめて何か原因が分かれば打つ手もあるんだが……」
「原因、ですか……」
ヴィルヘルムの脳内にリンクネットが浮かぶ。
身体によろしくない何らかの作用がヅヨイの身に起こり、結果として回路の酷使、引いては炎症を伴う昏倒を引き起こした。素直に解釈すれば、全てが繋がる。
しかし、今リンクネットを公言すれば目論見は破綻する。危険薬物への指定か、低く見積もっても使用に関する年齢制限を設けられるのは自明の理。
それでは意味がないと、少年は思案の振りで髪を掻き上げる。
「心当たりはありませんね、僕には」
「なるほど……ま、支援魔法科と魔法科の一年同士じゃ関係も浅いか。ひとまずこいつは街の病院へ搬送する、君もそろそろお暇願おうか」
女性に促され、ヴィルヘルムは保健室を後にした。
ヅヨイの症状を重く見たのか、彼のサボタージュ疑惑に触れられることがなかったのは好都合。
だが、実際問題としてリンクネット捜索に関しては振り出しに戻っている。その上、危険の香りに加えて仮に摂取者の情報を掴んでも時限式で手遅れになるオマケつき。
「あ、ヴィル君……」
「おぉ、グズルトさんじゃないですか」
廊下で思案していると、柱の一角から赤毛のお下げを垂らした少女が顔を見せる。ヴィルヘルムが腕を上げて挨拶すると、どこか表情の暗いグズルトも会釈で応じる。
保健室周辺で出会った理由はともかく、彼女が何を求めて足を運んでいるのかの予想は容易い。ヴィルヘルムの方から何をしているのかを問いかけると、彼女は簡単に口を開いた。
「実は、昨日お父さんが口にしてた……リンクネットっていうのを探して。ヅヨイの回路が紫に光ったって昨日は言ってたじゃない。だから私も寮室に行ったら、保健室に運ばれたって聞いて」
「あぁ、なるほど」
既に寮長辺りから部屋を聞いていたのか。
ヴィルヘルムは寮内のセキュリティに漠然とした不安を抱きつつ、分かり切った答えを問いかける。
声に出すことで漠然とした意識を確固たるものへと変える、詠唱を唱えさせるかの如く。
「で、何故リンクネットを?」
「……」
言い淀むグズルトは、顔から血の気を引かせる。
余程口にしたくないのか、もしくはそれは訓練に付き合っているヴィルヘルムへの冒涜にも等しいとでも思っているのか。
変な気を利かせる必要はないと、ヴィルヘルムは促すように口を開く。
「別に怒ってはいませんよ。むしろ効率的な魔法の利用方法があるなら、積極的に使うべきだと僕は思ってますし」
「そう、そうだよね……?」
上目遣いで問う姿勢は小動物を彷彿とさせ、そして事実として彼女は学園内では最下層に位置する。
ヴィルヘルムは応じて首肯すると、背中を押されたグズルトは徐々に口を開く。
「正直、ヴィルヘルム君やフローズさんにここまで教えて貰ってるのに全然魔法を使える気がしなくて……自分の才能の無さが嫌になったのもあるけど……何より、二人に悪いかなって……」
たかだか数日程度、それも専門の教師でもない一学生が教えているにしてはグズルトは精進している方なのだが、下地が酷過ぎるだけと言われればそれまで。事実としてイメージが固まるに連れ、微弱にだが魔法が安定してきてはいるのだ。
炎を出せるだけでも前進なのだが、彼女自身が牛歩に耐え切れていない。自身の訓練に付き合ってくれている二人へ抱く、罪悪感に。
「でしたら、ちょうど僕もリンクネットを探している最中でしたし、二人で探しますか?」
「本当……いいの、そこまでしてもらって……?」
「何、探す頭数は幾らあっても困りませんから」
ヴィルヘルムは笑顔を張りつけ、奥に隠した企みを心中深くへと沈める。大仰に両腕を広げて、受け入れるかのようなポーズを取ってまで。
リンクネットの副作用が予想される以上、自然な流れで譲って実験体第一号にできるグズルトの存在は彼にとっても福音に等しい。数日期間を置いて安全が確認されてから、そこで初めて自身にも摂取すれば危険は極力排除される。
体質が原因の場合はどうしようもないが、最早それは割り切るしかあるまい。
「そうです。頭数が重要なんですから、フローズにも頼ってみましょう」
「え、フローズさんには彼女の事情があるんじゃ……?」
怪訝な顔を見せるグズルトに対し、ヴィルヘルムは意にも介さず口を開く。
「大丈夫ですよ。彼女は僕の頼みだったら断りませんから」
確信めいたヴィルヘルムの声音には、上機嫌さが悠々と溢れていた。