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【三章 リンクネットその1】

 グンタラ達とミーミルへ食事に赴いた翌日。

 ゲイルスコグル魔法学園の廊下をヴィルヘルムは歩く。

 周囲を歩く青の制服を纏った面々は赤を纏った彼が横切る度に二度見し、場違いな装いに引きつった表情を浮かべた。支援魔法科の教室は一階や二階に集中し、三階や四階は魔法科の生徒が占拠している。

 故にヴィルヘルムの存在は異質なものであり、異端へ注がれる眼差しには侮蔑の色が混在した。


「ま、当然ですよね」


 尤も、悲願成就が目前に迫っているとなれば、周囲の思いなど知ったことではない。侮蔑も嘲笑も、回復魔法以外の行使さえ叶えば全ては帳消しとなる。

 故にヴィルヘルムは迷うことなく歩みを進め、魔法科一年の教室の扉を開いた。


「頼みましょう」


 戸を開く音と挨拶は、室内の人々の視線を一身に集める。

 漆黒の瞳は赤へ注がれた視線達を睥睨し、理不尽な喧嘩を吹っ掛けてきた少年を探った。が、件の人物は見当たらず、代わりに取り巻き二人が机の上で屯っているばかり。

 トイレにでも向かっているのか。ひとまずヴィルヘルムは教室を割って歩き、二人へと向かう。


「すみません。ドーミッテさんに用事があって来たんですが」

「チッ……なんだよ、俺らはお前に恨みなんざねぇぞ」


 問いかけに対し、どこかズレた返答で応じる取り巻き。彼らは先の騒動による報復を目的に訪れたと誤解しているのかも知れないが、ヴィルヘルム自身はそんな小さなプライドを持ち合わせてはいない。

 もう一人の鋭利な眼差しもまた、彼への敵愾心に満ちている。


「恨み辛みよりも大事なことがありますよ。そう、学園を訪れた目的とかね」


 大袈裟に肩を竦め、無害さをアピールしているヴィルヘルムはさり気無く周囲の学生からフローズの絹織物を彷彿とさせる美しい白髪を探した。

 しかし、こちらも姿が見当たらない。

 取り巻きが学校外からの付き合いでもない限り、ヅヨイも同じクラスであり、フローズもまた同様のはず。尤も、こちらはそう注力することでもない。


「で、ドーミッテさんはどこです?」


 笑顔の仮面を張りつけた問いに、取り巻き二人は顔を合わせる。

 ややあって顔を少年へ向けると、バツの悪い表情で口を開いた。


「ヅヨイならよぉ。この前の決闘以来、学園をサボってんだよ」

「サボりとはこれは何とも剣呑な……上級魔法を使われたんですから、言い訳は立つでしょうに」

「んなの知るかよ、アイツの家はどうも厳しいらしいからな。入学試験でも色々言われたらしいぜ、主席じゃなかったのかとかな」


 名門学園入学は切欠に過ぎず、そこから更に飛躍するための足がかりとする見方は正しい。しかし、子供に極度の負荷をかけて欠席にまで追い込んでは元も子もない。

 なるほどと喉を鳴らし、ヴィルヘルムは次の質問を投げかける。


「でしたら、彼の寮室がどこか教えて下さい。話を聞くだけなら、別にどこでやっても構わないですし」

「寮室、ねぇ……」

「知らねぇな、そんなの。俺らもおこぼれに預かってるようなもんだし」

「なるほど、でしたら仕方ない。お時間おかけしました」


 所詮は地位目当てか。

 内心で乏しつつ、ヴィルヘルムは教室を後にした。

 学園から学生寮へ通じる道を進む中、少年は濡烏の髪を掻き上げる。

 ヅヨイの寮室に関しては、寮長へ一言聞けば簡単に確認できた。シルヴィヴァレト家やヅヨイ家の家名が成せる業か、要件を質問されることもなくセキュリティの観点から不安すら抱かせるほど簡単に話は通った。

 魔力を動力としたエレベーターに乗り、歯車の軋む音を背景にヴィルヘルムは件の部屋を目指す。

 時間も時間故に誰かと遭遇すればややこしくなることは必至。

 だが幸いにも深く追求する真面目な人物と出会うこともなく、ヴィルヘルムは目的の扉を前にして立ち止まった。

 首を数度鳴らし、軽く喉の調子を確認すると扉をノックする。


「すみません、ヴィルヘルムなんですが。ドーミッテさんの部屋はここで合ってますよね?」

「……」


 返事は、ない。

 正直、全く予想ができなかったという程ではない。元よりヅヨイ側から一方的に絡んできている以上、恥をかかされた彼の側から面会を拒絶するのは自然である。

 とはいえ、自然な流れならば諦めるかと問われればそれもまた否。

 幸いにも不傷の呪いは生物にのみ適応され、無機物を破壊する分には自由であった。

 ヴィルヘルムは足を持ち上げ、裏を扉へと向ける。


「お邪魔すます、よっと!」


 一度、二度。叩きつけられた右足に大きく軋み、撓む音を廊下に響かせつつも金具は役割を遵守する。

 だが、それも三度まで。

 更なる一撃を前に金具が弾け飛び、勢いよく弾かれた扉が室内へと倒れ伏す。

 貴族らしいというべきか。質のいい木材と縁取りに貴金属を塗した豪奢な装飾の家具で彩られた室内は、窓から差し込む陽光の反射によってヴィルヘルムの視界を一瞬白色に塗り潰した。

 突然の眩さに目を細め、視線を床へと落とす。


「ん?」


 靴越しにも伝わる柔らかいカーペットの上に、誰かが横になっている。

 うつ伏せ故に断定はできないものの、窓が開いていない以上は部屋の主と見て相違ない。ヴィルヘルムはしゃがむと、視線をある程度落として声をかける。


「おいおい寝落ちですかい。起きて下さいよ、話があるんですよドーミッテさん?」


 返事はない。

 予想はできたとはいえ、納得できるかとは別問題。

 舌打ちを一つ零すと、ヴィルヘルムは肩をさする。外部から揺らすことで意識の覚醒を目論んだが、結果は先程までと同様であった。

 そこでふと、視界に彼の右腕が入り込む。




回路サーキットが、開いてる……?」


 制服の上からでも克明に存在を主張する幾何学模様。しかし、赤紫に発光するそれは血管を連想させると同時に、ヴィルヘルムに一つの焦燥を抱かせた。


「睡眠中の回路活性……魔力の過剰流出ッ」


 回路が血管に喩えられるように、魔力は血液にも等しい。

 常時開かれる回路など出血も同然、血液が尽きれば失血死を迎えるのと同様に魔力が尽きても人は死ぬ。だからこそ回路にオンオフの概念を結びつける行為は、魔法使の間では常識となっているのだ。

 にも関わらず、眼前で倒れている男は意識を閉ざしながらも回路を開いている。


「おい、起きて下さいッ。早く起きてッ、起きろよッ、死にたいんですかッ?!」


 ヴィルヘルムがどれだけ肩を揺すり、声を荒げても肝心のヅヨイはまるで起きる気配を見せず、額から数滴の汗を零した。

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