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【ゲイルスコグル魔法学園その4】

 学園内の自治に於いて、決闘は決闘委員会を挟んだ両者の同意を経た上で了承されている。

 第三者を間に挟むことで決闘後の反故を無くし、確実な約束の履行を推し進めるために発足された決闘委員会。彼らは他にも規模に応じた決闘場のセッティングの担当など、仕事は多岐に渡る。

 多少なりとも事前準備が必要な手前、放課後に訴えて当日に決闘開始、とはいかない。

 尤も今回は一対一のため、翌日の放課後には運動場の一角を貸切る形で準備は完了と相なったが。

 魔法科同士の激突だが、あくまで入学直後の一年生。

 突貫工事で土属性の魔法を用いて建設された観客席は疎らで、決闘による喧騒自体を期待する層や突発的なイベントに関心を抱いている層が大半。

 運動場の中心で対峙する二人の因縁まで把握している者は大きく限られた。


「……」


 向かい合う両者、フローズ・シルヴェイドとドーミッテ・モ・ヅヨイの間に緊張が走る。

 観客席の喧騒など意にも介さず、互いが各々の感情を込めて相手を凝視する。

 永遠にも思える静寂の中、先に口を開いたのはヅヨイ。細く、それでいて必要な筋肉が適切についていることが制服越しにも伺える腕が矮躯の少女を指し示す。


「約束は覚えてんだろうな。俺が勝ったらデートに付き合って貰うぜ」


 告白染みた内容に観客席の一部では囃し立てる声が上がるも、肝心のフローズはふざけた内容に呆れた表情をするばかり。

 緊張も解れこそすれ、それがヅヨイとのデートに応じる理由になる訳もまた無し。


「負ければ、うん……もしも負けたら応じますよ」


 どうせ負ける訳がないと内心でつけ加え、フローズは一瞬視線を背後へ向ける。

 即席の入場口に背を預けて悠々と腕を振るのは、濡烏の髪を左右で別々の長さに切り揃えた少年、ヴィルヘルム。

 騒動が決闘へ移行し、彼に干渉する術がなくなった時点で図書館へ赴いてもフローズは一顧だにしない。自分が勝利を収めるのは確実だから観戦するまでもないと、事後報告になっても構わない。

 にも関わらず、ヴィルヘルムがわざわざ座ることもなく入場口で観戦している事実は。図書館に赴くという最大目標を諦めてでも自身の決闘を観戦して下さっている事実は。彼女の心中を熱く燃え滾らせ、単なる付与魔法とは比べるべくもない絶大な力を身体の内から引き出させる。

 拳を硬く握ると次はフローズ、厳密にはヴィルヘルムから頼まれた要求を口にした。


「私が勝ったらヴィル様とつ……そしてグズルトさんへの謝罪を要求します」


 ついでに、などと口から出かかった最悪な接続詞を強引に喉へ押し込むと、意識的に澄ました表情を浮かべてフローズは決闘相手を睨む。

 如何に興味ないのが事実だとしても、それを口にしては印象も最悪というもの。


「あぁあぁ、いいぜ。俺が負けたら二人に好きなだけ頭を下げてやるよ」

「二言は」

「ない」


 応じるヅヨイへ念押しすると、戦端を急かすように第三者の声が運動場に響き渡った。


『それではフローズ・シルヴェイド対ドーミッテ・モ・ヅヨイの決闘……開始!』


 開幕を告げる声音の下、両者の動きは対極的であった。

 横に飛び、一定の間合いを維持しつつ二本の指で照準を合わせるヅヨイ。対して微動だにせず、視線でのみ彼の動きを追うフローズ。

 動と静。相反する二人の状況に変化を起こすのは、少年の声であった。


「──焼きつけ燃え尽き焦土を織り成せ」


 脳内に浮かぶイメージを鮮明にし、行使する魔法に輪郭を与える祝詞。

 ヅヨイが詠唱するは、魔法使の間では比較的ポピュラーな魔法。癖が少なく、方向性の似た幾つかの魔法と合わせて初級とも揶揄される基礎の基礎。

 腕に浮かぶ紫の幾何学模様が発光を強め、空想を実体へと引き落とす。


「其は群れ為す炎熱の一団。火炎飛弾フレアヴァレト──!」


 少年の指を指揮棒代わりに放たれるは、渦を巻いて直進する炎熱の弾丸。

 人体など一瞬で炭化させ得る焔が大気を焼き、螺旋回転を描いてフローズへと迫る。

 無造作に振るった一撃はあくまで牽制、起点作りが目的ということか。ヅヨイ自身も決定打とは慢心せず、足を止めることなく次弾に備えて動き続けた。

 対してフローズは右手を持ち上げるが、掌を向けるのは彼女自身。

 上半身を飲み込むのに充分な面積を誇る焔の接近を、子供の火遊びと断じる視線は薬指へと移動する。

 そして開けた口へ薬指を入れ、第二関節へ歯を立てた。

 微かに滴る血を確認すると、フローズは眼前に迫った焔を見つめて一言呟く。


「──氷極よ」


 瞬間、焔から熱が失われる。


「な、に……?」


 膨大な熱量を有していた炎が氷柱へと変換される異常事態に、ヅヨイのみならず観客席に座する衆目も驚愕を露わにする。

 初級魔法といえども、たった一小節にも満たない詠唱による魔力の漏出で遮られるなど、尋常ではない。


「我らを閉じ込め極寒の檻へと堕としし神の鎖縛よ。

 輝く光を地へと下し、今こそ偉大なる主の空座を狙わん」


 観客の注目を一身に集めることなど造作もないと、ただ一人に見られさえすればその他の有象無象など知ったことかと。一顧だにすることなく、フローズは祝詞を紡ぐ。

 一つの言葉を紡ぐ度に。

 一つの音を言祝ぐ度に。

 周囲から熱が失われ、万物を滅する極寒の世界が姿を覗かせる。全てを吹き荒び、白に呑み込む死の世界が、その顎を広げて敵を狙う。


「落とせ、墜ちろ、堕として喰らえ。

 今や鎖縛は我らが爪牙。

 全てを貪り大願をここに」

「さ、──逆巻き、穿て、貫き、抉れ。

 水流の怒涛、水流閃牙アクアセイバー──!」


 大規模詠唱を待つ必要もなく、ヅヨイは咄嗟に回路サーキットの紫を一層に輝かせて別の魔法を行使。指差した先へ、音を立てて水流の線を振るう。

 しかして咄嗟の判断と言えど、彼の選択は明確な失策であった。

 如何に水流の勢いが天を貫くとしても、極寒の世界を前にしては動きを止める。精々が凍り付いた表面を何度が突き破って先鋭化した中身が迫る程度。

 それもフローズが告げた魔法を前に怖気出し、飛沫となりて彩りの一部へと成り果てる。


氷極に囚われし魔狼の爪牙よヴァナルガント・テュールズグレイプ──!」


 顕現した莫大な魔力が形成するは、フローズの両腕に追随する獣の腕。

 氷を以って再現され、手首を鎖に囚われた腕は内に夥しいまで死を内包し、見る者に否応なく恐怖を刻み込む。鋭利な刃物を前に斬られた姿を想像してしまうのと同様に、拷問器具へ蓄積した凹凸に犠牲者の嘆きを見てしまうのと同様に。

 少女の体躯に匹敵するサイズを誇る氷腕は、見る者に死を連想させた。


「じょ、上級、魔法……いったいどこでそんなのを……!」


 五小節を越し、詠唱時に漏出した魔力が自然現象を引き起こす。

 莫大な魔力消費故に学園内でも行使可能な者など二桁程度に限られるそれを、眼前の同級生が行使した。二種類の属性を入学当初から使い分けられるヅヨイも優秀なはずだが、眼前の異常を前にしては霞んでしまう。

 彼我の戦力差を察したことで彼は足を後退らせ、獲物の危機を敏感に嗅ぎ取った獣を跳躍させた。

 蹴り上げた衝撃を推進力に突貫し、低い前傾姿勢で距離を詰めたフローズは掬い上げの一閃。追随する氷腕が地面諸共に冷気を巻き上げ、多大なる破壊を引き起こす。

 即ち氷山。呑まれた者を永劫の彼方へ忘却する原初の時止め。


「火炎飛──!」

「ッ……」


 回避を不可能と悟って反撃に繰り出す魔法も、主が取り込まれては制御を失い、咄嗟に頭を逸らして回避した少女の後ろ髪を焼き切るに留まる。

 運動場より天へと突き立てられた氷山は、燈色に染まった空の乱反射を受け、ある種の美しささえも見る者に植えつけた。内に包まれた少年も何が起きたのか理解できず、魔法を紡ごうとした段階で氷結したことが伺える表情を外界に晒す。

 事実確認の遅れた紫の発光だけがなおも滾る戦意を主張していたが、徐々に光度を落としていき、やがて幾何学模様を消失させる。

 腕を振るい、フローズは観客席に程近い場所に立つ決闘委員会へと視線を向けた。

 決着にはまだ足りないのか、そう言いたげな眼差しを添えて。


『しょ、勝者、フローズ・シルヴェイドッ!』


 高らかに告げられた勝利宣言に満足すると、フローズは踵を返して魔法を解除。

 同時に運動場全体に展開されていた生命維持の魔法が機能し、氷山から開放されたヅヨイの肉体を急速に回復させた。本来複数人の協力が欠かせない本魔法を十全に作用させることも、決闘委員会の発足理由である。

 尤も、ヅヨイの容体を気にするのは彼らや教員の仕事。決闘相手であるフローズには知ったことではない。

 彼女が歩む先は即席の入場口、ヴィルヘルムが待っている場所である。


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