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【ゲイルスコグル魔法学園その2】

 入学式は滞りなく進行し、特に問題が発生することもなく終了した。

 それぞれの教室へクラスごとに足を運ぶ途中、ヴィルヘルムは左右に首を振ってとある少女を探す。集団を乱す訳にもいかず、大幅な動きこそ行えない。

 が、すぐに絹織物を連想させる白髪が視界に跳び込んできた。

 相手も少年の視線に気づいたのか。わざわざ顔の右半分が見えるように振り返り、剥き出しの眼球と焼け爛れた皮膚を垣間見せた。


「……」


 流石に声をかける訳にはいかない以上、代わりに軽く手を振ると相手も返事として両手を振ってくる。

 一連の流れを横合いからフレンに肘で突っつかれ、誤魔化すように戯れつつも教室へ向かう隊列を乱すことはない。もしかしたら引率の担任からフレン諸共に警戒されたかもしれないが、彼らに気づく術は皆無。

 教室では入学式当日ということもあり、簡単なホームルームと生徒ごとの自己紹介を行う程度ですぐに放課後となった。

 翌日には学園の案内や授業の簡単な説明などに終始し、本格的な勉学には大方一週間近くは必要となるだろう。


「ヴィルー、これからクラスの連中で街行こうってなってんだけど、お前はどうするよ?」

「あー……すみませんが、気持ちだけ受け取っておきます」


 フレンからの提案に対し、ヴィルヘルムは困ったように頬を掻いて謝意を述べた。

 入学式直後にクラスの大部分が集まるイベントは、親睦会と似た性質を秘めている。ひとまず参加しておけば最低限クラスの輪に加わることが叶い、必要以上に浮く事態を避けられる。

 が、ヴィルヘルムは千載一遇の好機を棒に振ってでもやるべき事柄があった。


「ここの図書館を見てみたいんですよ。品揃えはオーディーンでも有数らしいですし」

「んだよ。文系だったのかよ、ヴィル」

「悪いですか、フレン?」


 ヴィルヘルムからの指摘にいやいやと大袈裟に肩を竦め、フレンは座っていた椅子から勢いよく飛び降りる。


「いんや。ただ、一人の方が好きって奴を無理して誘うのもアレだと思っただけだ。気にすんな」

「いや……まー、もちろん都合が合えば行きますよ。ただ、折角の初日なので」


 誘いを全て断るつもりはないため、それなりにフォローを加えて踵を返した。

 無理して引き留めるつもりもなく、フレンが軽く手を振って挨拶するとヴィルヘルムもまた引き戸を引きながら空いた手で応じる。

 流石に級友相手に図書館を目的に入学したからそちらを優先するとも、呪いの抜け道を知るための調べものがあるとも言えない。故にそれらしいことを口にして誤魔化したつもりだが、実際に彼らがどう受け取ったのかは当人のみぞ知るといったところか。

 夕焼けが差し込み、燈に染色された廊下にはホームルームを終えた生徒が次々と教室を後にしていた。

 学校生活初日にも関わらず、一人寂しく帰路についているのはヴィルヘルム以外に見当たらない。もしくは級友と親睦を深めたい連中が廊下に出てから遅れて教室を後にするつもりなのか。


「ま、どっちでもいいですけどね。僕には」


 別に断り切れない人物へ詰め寄るキャッチャーではない。他の生徒がどういう挙動を取ろうとも、少年は一切与り知らぬ。

 ヴィルヘルムは熱にうなされた廊下を進み、階段を下る。

 学園の地理を事前に学んでいたのが災いしたのか、彼は迷うことなく喧騒から離れた人通りに乏しい側の階段を下る。立地の関係上、図書館に近いのがそちらだった。

 それだけの理由で、理不尽は降りかかる。


「ヴィルヘルム・ロ・シルヴィヴァレトッ!」

「……誰ですか。いったい?」


 背後からかけられた大声に面倒事の気配を感じ取り、少年は頭を掻きながら振り返る。

 踊り場から見上げた先に立っていたのは三人の男子生徒。それぞれが青を基調とした制服に身を包み、魔法科所属であることを誇示する。

 初日から名を上げるつもりはないのだが、無視する訳にもいくまい。


「俺はヅヨイ家の次期当主、ドーミッテ・モ・ヅヨイだッ。テメェに用があって来た」

「でしょうね」


 随分と興奮しているヅヨイに対し、冷笑気味に返すヴィルヘルム。

 根本的に初対面であるはずの彼に因縁をつけられる謂れはなく、意図が汲み取れない敵意を注がれれば相応の態度で応じるというもの。

 彼の態度が一層神経を逆撫でしたのか、ヅヨイは取り巻きを引き連れて階段を下った。


「もっと下手に出た方がいいんじゃねぇのか。ヅヨイ家だぞ、ヅヨイ家。しかも魔法科所属だ、お前なんかとは比べもんにならねぇ立場なんだよ!」


 顔を近づけ、興奮したままに吐息をぶつける少年。それは自身の家や所属を誇り、故に下の立場がつけ入る一切を拒絶する。


「……シルヴィヴァレト家は地方の貴族ですが」

「こっちはより首都に近いッ。これは国に信頼されてるって意味だ、分かんねぇかッ?!」


 辺境を任される貴族は国境沿いの軍備を兼任すると聞いた気もするが、どうやら彼からすれば軍備よりも地理が重要らしい。

 ヅヨイが正面から食ってかかる間に取り巻き達は背後へ周り、ヴィルヘルムの逃走を防止する。万が一、逃走しようとすれば即座に拘束可能なように一定の距離を維持しながら。

 周囲へ気を配るヅヨイに対して、やり慣れているという感想を胸に秘めてヴィルヘルムは取り巻き達を睥睨した。


「はいはい偉い偉い……これで満足ですか、では僕は図書館に用がありますので」

「満足するわきゃねぇだろ喧嘩売ってんのかッ。こっちはなぁ、テメェに恥かかされてんだよッ。ズタボロにしねぇと気が済まねぇんだよ!」

「だったら、さっさとそれ言って下さい」


 不快さを露わに視線を研ぎ澄まし、腰のポケットへと手を伸ばす。

 すると待ってましたと言わんばかりに腕を広げ、大仰に言葉を進める。


「お前と付き合ってるシルヴェイドって奴がいるだろうッ。そいつを俺に寄越せ!」

「付き合っ……なんて?」


 予想だにしなかった主張に、ヴィルヘルムは大顎を開けて驚愕した。

 魔法科に所属しているならば、確かにフローズと顔を合わせるのも不思議ではない。複数あるクラスが偶然にも被ったのか、或いは廊下かどこかで顔を合わせたのか。

 理屈は納得できる。顔を合わせる方には。

 問題は前提条件に対して。


「待て待て待て……待って下さいッ、いったい誰と誰が付き合ってるって?」


 頬を上気させ、顔を覆って疑問をぶつけるヴィルヘルムの態度を惚気とでも解釈したのか。ヅヨイは怒気を一段階強める。


「お前とッ、シルヴェイドだよッ。当人が言ってたんだよッ。告ったらよ!」

『ごめんなさい。私はヴィル様のものですから』


 脳裏に蘇った屈辱の記憶。

 勢いのままに教室で告白したヅヨイを待ち受けていたのは、既に添い遂げる予定の相手がいるから応じられないという残酷な答え。そして断った相手への関心など微塵もないと断じられる冷淡な視線。

 植えつけられた拭い去れぬ屈辱は、最早別の形で解消することは叶わない。彼女を手籠めにし、篭絡することで初めて解決する。

 故に前任者たる少年へ敵意を隠すことなく突きつけた。


「…………あの馬鹿」


 誰の鼓膜を震わすこともなく小さく呟き、ヴィルヘルムは内心で呆れと怒りを綯い交ぜにした感情を渦巻かせる。

 ヅヨイの主張からして奴隷と主人の関係とまでは気づいていないのだろうが、口外するなと言われた関係を初日で暴露されては堪ったものではない。

 その結果、自分は危険に晒されていると。


「あー、あー面倒くせぇですねー!」


 天を仰ぎ、大声を漏らすヴィルヘルム。

 突然の派手な動きに意識が奪われ、ヅヨイから怒気ではなく困惑の感情が伝わる。

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