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不傷必罰の強制回復者
幼縁会
異世界ファンタジー冒険・バトル
2024年11月04日
公開日
10.4万字
完結
 芝浦平次は一九歳のある日、車に轢かれて死亡し、神を名乗る超越存在との邂逅を果たす。
 魂の神判を口八丁でやり過ごし、何とか人間としての転生を勝ち取った彼に待っていたのは魔法が機械文明の代替として発達している世界。ヴィルヘルム・ロ・シルヴィヴァレトという名家の次男としての地位も重なり、幼少期の内に殺人を経験するかと邪悪な企みを浮かべる。
 が、彼の肉体は神の手が加えられており──

 学園を舞台に繰り広げられる魔法バトルアクション、ここに開幕!

【ヴィルヘルム・ロ・シルヴィヴァレトその1】

「被告人……被告人、芝浦平次しばうらへいじ


 荘厳なる声が人としての鼓膜ではなく、生物が有する聴覚ではなく、八百万に宿る魂そのものを揺さぶる。

 一声かけられただけで芯から震え上がらせる超越存在の宣言に、芝浦と呼ばれた魂はないはずの身体を震え上がらせた。同時に今すぐに返事をすべきという焦燥にも駆られる。


「……!」


 が、声が出ない。

 喉を張り上げ、大気を震撼させる雄叫びを上げたつもりが、成果たる音が伴わず空間は未だ静寂を貫く。

 そも肉体が存在しないのならば声を出すための喉もなく、故に大気の振動を必須とする音を鳴らすことも当然不可能。だが徒に焦るばかりの芝浦に冷静な判断を求める酷であり、だからこそ魂のみの存在は無為に労力を割き続ける。

 無視する訳にはいかない。

 荘厳なる声の主に対して粗相を働けば、いったいどのような災厄が訪れようか。

 容姿を知らず、人となりを知らず、そも人なのかさえも知らず。ただ声を聞いただけの存在に対して、芝浦は空前絶後の恐怖心を抱いていた。


「……!」

「む、そういえばそうであったな。口の自由を赦そう」


 簡単な下準備を忘れていたかのような声音で告げ、乾いた音が大気を震わす。


「ッ、あぁぁぁ!!!!」


 途端に喧しいまでの声が世界を彩った。もしも肉体があれば、全身から滝の如く冷や汗を垂れ流していたと確信し得る労力とでは見劣りするが、それでも故意に無視した訳ではないと声の主に主張するに足るだけの声ではあろうか。

 しかし、なおも視界に関しては無明を貫き、奇妙な浮遊感がどうにも違和を突きつける。

 不自然なまでの軽さは決して肩こりや腰痛などといったものに起因したものではなく、根本的に肉体そのものを失ったにも等しく。


「どうやら、直感に優れるようだな。芝浦被告」

「ッ……い、いえ。滅相もございません……!」


 不意に投げかけられた声へ、芝浦は思わず慣れない口調で応じる。


「で、あるならば……その身に降りかかった最期も記憶しているか?」

「そ、それは……!」


 瞬間、魂に浮かび上がってくる光景。

 質問されたことで想起したのか。星一つない深夜の闇に浮かぶライトと黒塗りの高級車が眼前に迫り来る光景が再生される。

 運転手は黒スーツに身を包んだサングラスの男。

 そして助手席に身を置くのは頬へガーゼを張りつけた男。ハンドルを握る男とは異なり、もう片割れには見覚えがあったのは、邪悪な笑みを浮かべる様からして偶然ではなかろう。

 悲劇の前日、路地裏に隠れて時代錯誤のカツアゲを行っていた彼を背後から殴り抜いた感触は記憶に新しい。つまりは八つ当たりの報復ということか。


「あ……黒塗りの車に、帰り道に轢かれて……それで」

「それで肉体的には死亡した。幸いにも、魂を害する手法は被告が生きていた世界には存在しなんから問題はなかったがな」

「生きていた世界には……他の世界にはあるのでしょうか」

「そのようなことは些事だ。これより行うは別にある」


 荘厳なる声に厳かな雰囲気が加わり、芝浦は思わず息を飲む。実際に感覚こそないものの、そう思わせるだけの説得力が主の声には備わっていた。


「これより行うは神命による裁判、魂の神判」


 魂の神判。

 魂に響く厳かな声音、否、最早声とも言い難い魂に直接作用するナニカが芝浦を震え上がらせた。

 恐怖するにも情報が不足しているにも関わらず、芝浦は直感的に理解してしまったのだ。神判の結末如何で自らの処遇が決まってしまうと。

 魂の安らぎすらも、声の主が定める沙汰一つで決定してしまうのだと。


「魂の神判に於いて虚偽は許されず、貴様の下す些事の一つで魂罪は積み重なる。努々、忘れることなかれ」

「……了解、しました」


 己が身すらない魂一つで抵抗の余地はない。首を横に振ろうものならば、即座に吹き消される程の差が両者の間を隔てていた。


「なれば、まずは罪状を列挙しよう」


 神と呼ぶに相応しき存在はそう宣言し、芝浦の罪を一つ一つ読み上げた。

 それは生まれ落ちた瞬間に始まり、幼年期に少年期。青年となる前に命果てた身にしても数時間はかけて行われた。実際に時計を見ながら確認した訳ではないが、流石に覚えているはずもない話を逐一口にされても退屈というもの。

 罪状というものも、流石は神の尺度とでもいうべきか。

 人を傷つけた、迷惑をかけたという規模のものではなく、幼年期に手をかけた虫や粗末にした食べ物。多少の横紙破りにすら言及する様は、一級の裁判官すら比較にならない。

 神代の価値観をこそ絶対視し、現代に適応していない様は生きとし生ける者全てが地獄行きだと断言するかの如く。


「……以上七八五三件が被告人、芝浦平次が生前犯した罪の総てである。その総てに関して、異議や異論はあるか」

「……正直、記憶にございません」


 虚偽が許されない以上、芝浦は偽ることなく真実を述べる。根本的に彼を相手にして嘘を口にする胆力の持ち主がいるのか甚だ疑問ではあったが。

 尤も唯々諾々と全てを受け入れ、何も主張しないという訳でもない。


「ただ、貴方様が仰る以上は全てが偽らざる真実であろうと思案し、受け入れます」


 神が如何なる手段を用いて彼の罪状を集めたのかは不明。

 だが、虚偽が許されないのならば、安易な全肯定もまた憚られた。記憶にないことを認めるのは、融通の効かない存在からすれば虚偽と受け取られかねないと予想したが故に。


「ふむ……なるほど、承知した」


 芝浦の言葉に納得したのか、神は言葉の続きを述べる。


「なれば、何か我に対する異論はあるか。同情を誘うのならば今だぞ」

「……でしたら、一つ」

「申してみよ」


 神に促され、魂なりにお辞儀を一つして芝浦は口を開く。


「神様はどうして、自分をこのように作りなさったのでしょうか」


 それは過去、芝浦を形成する原初の一つ。始まりに位置する記憶。


「人は人ではなく、神様がお作りになると聞きます。そして神様は全能にして神域、何を成すにも間違いなど起こさない完全な存在とも。

 なれば何故、自分に人並の心をお与えにならなかったのでしょうか。他者の痛痒に鈍感で、他の命を貪ることに何ら抵抗を覚えぬ身……神様がそうお作りになったにも関わらず、そう生きた存在を罪と断じるのはあまりにも酷では?」

『あの子には心ってものがないの?』


 葬式で鼓膜を震わした言葉。

 芝浦という人間の指向性を定め、心に打ち込まれた杭の一つ。自己を定義する際に参照するものとしては凡そ最低の部類に当たり、しかしてどこか確信を抱く程の説得力を伴って反芻してしまう。

 何より芝浦自身、心の欠如に関して強く反論できる自信がなかった。


「ふむ、一理ある」


 得心したのか。神の声が先程までの押しつけるような厳格さではなく、荘厳な旋律を思わせる音色を以って魂を揺らした。

 神の声に安堵が零れたのか、嘆息を一つ漏らすと芝浦は訴えが通じたと確信を抱く。


「はぁ……では、減罪なり何なりの措置も期待してよろしい、と?」

「うむ。本来は修羅道か輪廻断絶を検討するつもりであったが、気が変わった。汝の主張を汲むに、再度の人間道こそが相応しかろう」

「ありがたき幸せ。甘んじて受理いたしましょう」


 感謝の言葉を残し、芝浦の魂が空間から消え去る。

 瞬きの合間の出来事に、神は頬杖をついて視線を魂のいたはずの場所へと注ぐ。無論、既に残滓の一つも余すことなく下界へと天墜し、彼らの感性からすれば数十秒としない内に転生を果たすだろう。

 思い出して頬を僅かに吊り上げたのは、彼が主張した言葉の要約。


「そう作ればそう生きる、か。ふふ……

 本当にそうであるかな」


 不敵な笑みを表情に浮かべる神の思惑を知らず、芝浦の魂は一人落下する中で哄笑を飛ばしていた。


「ハーハッハハハァッ! 神様ってのもチョロいですねェ。あんな三文芝居に絆されてくれるとは、チョロ過ぎて感謝というものですよ!

 ハハハハハァッ!!!」


 炸裂する爆竹の如き哄笑を引き連れ、芝浦の魂は落下を続ける。

 人間界に存在する、自らの新たな肉体を求めて。

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