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【序章】



 自らの人生観を根底から覆す出会い。

 これまで歩んできた年月など瞬きする間にも劣る刹那に過ぎず、そこで得た経験は薄氷以下の度を超えて薄い代物。そう断じて何ら不満を抱かぬ衝撃が、小柄な体躯に襲いかかった。

 根底から誰かを愛したことなどなく、血の繋がった両親にすら生涯抱くことのなかった感情。胸の奥より湧き立つ情熱の焔が、全身を巡る血流に熱を加えて顔を暫し紅葉させる。

 愛。

 単なる文字情報程度の話ではない。

 ただ見目を一瞥しただけで慮外の衝撃を受け、運命の出会いと確信を深めるに相応しいナニカが駆け抜けた。

 氷塊と呼ぶに相応しい、度重なる経験の蓄積によって意識的に凍らせた心が熱を宿し、苛烈なまでに燃え上がる。直接顔を合わせるのも羞恥を抱き、視線を重ねるなど以っての他な程に。

 しかして彼我の差異は邂逅自体を奇跡と呼ぶに相応しいまでに乖離し、そも薄汚れた欲望と鼻腔を刺激する臭気に塗れた空間に存在することすらも異質。

 浮いている、などという領域にあらず。

 最早絵画に上から別の紙を切り取って張りつけるにも等しいズレは、周囲との咬み合わせを端から放棄しているかの如く。

 一度視界に収めてしまえば、誰もが注目を集めてしまうと考えるのは流石に思考がエスカレートし過ぎているか。それでも飛躍した発想とは然程思えないのは、盲目の証。

 しかして、信を置き過ぎる訳にもいかない。

 そうやって何度も裏切られてきた数多もの経験が最後の一歩を踏み出す意志を剥奪し、意識的に心を閉ざすように務め上げた。

 尤も、一度解けた氷が全く同じ強度を持つ訳もないが。













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