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第29話 とある執事の奮闘~テオスの場合~

 テオスは黒い髪をなびかせて速足で王城の廊下を歩いていた。


「まったく、何だったのでしょう」


 従者専用の控室で公表会が終わるのを待っていると突然、上品な身なりの中年男が現れてテオスを自分の従者にすると騒ぎ出した。


 この国では珍しい黒髪に漆黒の瞳。一見すると性別不明な中性的で美麗な外見。


 そのため、他の貴族から従者にしたいと言われたことは一度や二度ではない。だから驚きはしなかったが、その騒ぎっぷりには呆れた。


「駄々をこねる子どものようで、貴族とは思えぬ態度でしたね」


 普段なら主であるローレンス辺境伯の名前を出して相手を落ち着かせる。それが、今回の相手はまったく聞く耳をもたず。癇癪を起したように「従者になれ!」と叫び怒鳴るだけ。


 あまりの騒ぎに城の使用人たちが集まり、大事おおごとになってしまった。


「それなのに、いきなり静かになったのですから不気味です」


 控室ではまともに話ができないと場所を移り、使用人たちを挟んで話し合いへ。

 そこでも、その貴族は「私の従者になれ」としか言わず。しかも高位貴族で王城の使用人では相手にしきれず。


「ゲーデット・サイモン侯爵……厄介な相手でした」


 城勤めをしている他の高位貴族がやってきても主張は変わらず。散々、喚き散らしていた。それなのに、何がきっかけか急に大人しくなり「こんな頑固者は必要ない」と出ていった。

 その後で城勤めの高位貴族から話を聞かれ、こんな時間に。


「何か目的があったのでしょうか? それにしても、どういう……」


 そこで私は広間から人々が出てきていることに気が付いた。


「公表会が終わったようですね。迎えにいかなければ」


 あるじであるローレンス辺境伯の一人娘で現在の護衛対象。

 令嬢にしては珍しく帝王学から歴史、教養学などのあらゆる知識から剣術や護身術、はては馬術まで身につけ、どこぞの騎士よりも強い。はたして護衛する必要があるのか、という感じだが仕事は仕事。


 急いで広間に行ったが目的であるソフィアの姿がない。周囲の使用人に聞けば、少し前に広間から出て行ったという。


「おかしいですね」


 聞き込みを続けていると、ある使用人が思い出したように話した。


「ソフィア令嬢? そういえば見慣れない使用人が大広間の隣にある休憩室に案内していたな」

「ありがとうございます」


 見慣れない、という言葉に嫌な予感がする。


 テオスは教えてもらった部屋へ急いだ。

 人気がない廊下を抜け、大広間の派手なドアを通り過ぎ、その先にある普通のドアの前へ。そのまま急いでノックをするが返事はない。


「ソフィア様?」


 ドアを開けると、そこには誰もいなかった。部屋に入ろうとして異臭に気づき、すぐにハンカチで口元を覆う。


「これは強力な睡眠香……場合によっては呼吸を止めて命まで奪う代物。禁輸になっているのに、どうしてここに……あれは!?」


 ソファーの影にソフィアの扇子が落ちていた。血に濡れ、赤いシミが点々と廊下へ続く。


「まさかっ!?」


 ハンカチで扇子を拾うとテオスは走った。驚く人々の間を抜け、床に落ちている小さな赤い点を追いかける。


「間に合ってくださいよ」


 勢いのまま使用人専用の裏口を蹴破る。遠くで馬車が駆けていく音が微かに聞こえた。


「遅かったですか……」


 声をこぼすと同時にテオスが姿を隠す。すると、建物の影から王城の使用人服を着た男があらわれた。不自然に周囲を警戒しながらドアへ近づく。


「どちらへ行かれるのですか?」


 ドキリと肩を弾ませ、恐る恐る振り返る男。そして、テオスの顔を見て動きを止めた。

 呆然と見惚れている男にテオスが冷えた笑みをむける。


「私の顔に何か付いてますか?」


 我に返った男が顔を背けた。


「し、失礼いたしました。先を急いでいますので」


 そう言って歩き出そうするが……


 ドン!


 一瞬で男の前に回り込んだテオスが長い脚を壁につける。男の行く手を塞いだままリロイが声をかけた。


「今の私は少々、気が立っております。先程の馬車の行方を速やかにお教えください。もし、知らないのであれば、あなたに命令をした人を教えてください」


 完璧な造形美の顔。漆黒の瞳が魅せる美麗な微笑みは心を潤す……が、今はそれが逆に迫力となり、言い知れぬ圧力となって襲う。


「ば、馬車の行き先は知りません! 金を渡されて言われたことをしただけです!」

「金を渡したのは誰ですか?」

「ど、どこかの貴族です! 名乗りませんでした!」

「特徴は?」


 その話を聞いたテオスは男を殴って気絶させると、すぐに踵を返した。




 肩に荷物・・を担いだテオスは公表会が行われていた広間に入った。王はすでにおらず、臣下の人々も解散しかけている。

 テオスは中心にむかって声を張り上げた。


「ソフィア様が誘拐されました!」


 雑談をしていた人々の動きが止まる。そして、すぐに鋭い気配がテオスを突き刺した。


「どういうことですか?」


 声のぬしはリロイ。この国の第三王子。


 真っ赤な髪が燃え上がるように立ち、琥珀の瞳に殺気が宿る。人々が距離をあける中、テオスは堂々とリロイの前に進み出た。

 漆黒の瞳が恐れることなく進言する。


「見慣れぬ使用人がソフィア様を大広間の隣の休憩室に案内したそうですが、本人は不在。室内は禁制の強力な睡眠香で満たされ、ソファーの近くにコレが落ちていました」


 テオスがハンカチで包んでいた扇子をリロイに見せる。


「この血はソフィアのですか?」

「たぶん」


 リロイがテオスの肩に注目する。


「で、その肩の荷物・・は?」

「私を控室から離し、ソフィア様の誘拐を手引きした者です」


 テオスが肩に担いでいた上品な身なりの男を床に転がす。

 男の顔を見た周囲の人々が騒いだ。


「ゲーデット・サイモン侯爵!?」

「侯爵が何故!?」


 上半身を起こしたゲーデットがリロイに訴える。


「私は何もしておりません! この男が突然、私を担いでここに運んだのです!」


 リロイが無言でテオスに視線を移す。


「従者用の控室で待機していると、この者が私を従者にしたいと騒ぎ立て、私は控室を離れなければならない状況になりました。そして、ソフィア様は私が不在なため大広間の隣の休憩室で待つように案内されました。そこで強力な睡眠香によって眠らされ、馬車で誘拐されました」


 淡々と説明をするテオスに対してゲーデットが叫ぶ。


「私は知らん! 誘拐などしておらん! こいつの狂言だ!」


 周囲から疑惑の目が美麗な顔に集まる。テオスは誘導するように白い指を広間の入り口にむけた。そこには兵に連れられ拘束された男が一人。


「あの男があなたから金をもらったと白状しました。使用人でもないあの男が城に入れたのも、あなたの手引きがあったからだと」

「あ、あんな男など知らん! 私を陥れるための嘘だ!」


 シャッ……


 金属の冷えた音が響く。リロイが護衛の兵の腰から剣を抜き、しっかりと握る。そのまま鈍く光る剣をゲーデットにむけた。

 緊迫した空気が流れる中、リロイが冷淡な声で命じる。


「事実のみを口にするように」


 剣先がゲーデットの顔面に迫る。


「ソフィアはどこです? 誰の指示ですか?」

「ですから、私は……」


 無音で剣が動き真っ赤な血しぶきが飛び散った。


「ヒッ!?」

「ひぇっ!?」


 周囲の人々から悲鳴に近い声が漏れる。

 リロイが無表情のまま訊ねた。


「なぜ、邪魔をするのです?」


 剣先がゲーデットの右眼に刺さる直前で止まっている。恐怖に震える顔の前でポタポタと流れ落ちる血。

 リロイが突き刺そうとした剣をテオスが左手で握って止めていた。


「今、殺してはソフィア様の居場所が分からなくなります」

「殺しはしませんよ。片目を潰そうとしただけです。答えなければ右目を潰し、次に鼻をそいで、口をはぎとり、指を落としていきます」


 脅しではない本気の声音にゲーデットの顔が真っ白になる。震える声で懇願するように叫んだ。


「グレース様です! グレース様に脅されて仕方なくです!」


 遠巻きに見ていた人々が騒ぎ出す。


「グレース令嬢は王に待機しておくように言われたはずだが」

「控室にいるはずだ。すぐに確認を!」

「王に報告しろ!」


 臣下たちが一斉に動き出し、リロイが持っていた剣をさげた。命の危機が去り、ゲーデットがホッと力を抜く。

 そこにテオスの感情がない声が首に絡みついた。


「それでソフィア様はどちらに?」


 見えない何かで喉を絞められているような感覚。どす黒いナニかが全身を締め付けていく。リロイに剣をむけられた時とは違う恐怖が襲う。


 ゲーデットは絞り出すように声を出した。




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