リロイの丸腰姿に父が首を傾げる。
「模擬剣はどうした?」
「いろいろありまして。こちらでもいいですか?」
リロイが木の棒を出す。
父が何か言おうとしたが、それより先に私が叫んでいた。
「模擬試合でも戦いは戦いなのよ!?」
「わかっていますよ」
爽やかに笑うリロイ。その様子に父が勘づいたように片眉をあげた。
「何か訳ありか?」
リロイが質問に答えず視線を父に戻す。それだけで何かを悟ったのか父が頷いた。
「……わかった。その棒が獲物でもいい。だが、負けた時の言い訳にするなよ」
「はい」
にこやかに笑うリロイ。
父とリロイが向き合ってかまえる。審判役の兵が二人の間に立つ。シンッと静まり返る訓練場。痛いほどの緊張が周囲を包む。
審判役の兵士が右手を挙げ、バッと下げた。
「どりゃぁぁぁあ!」
父が怒号とともに駆けだす。剣を大きく振り上げ力任せに振り下ろしたが、リロイは少し体を傾けただけで軽く避けた。
その動きを予想していたのか父が素早く剣を切り返し横に滑らせる。下から迫る剣にリロイが棒を当てた。
(木の棒だと折れる!)
棒が折れ、剣がリロイの横腹を殴る未来が頭をよぎる。
しかしリロイは棒を斜めにして打撃の力をそらし、剣を滑らせた。そのままリロイが流れるように懐に入り、拳を父の鳩尾に叩き込む。
「おっと!」
拳が触れる前に父が重そうな体には反した素早い動きで後ろに下がって避ける。リロイの拳が空を切る……が、そのまま体を反転させ、蹴りで逃げた父を狙う。
「うぉ!?」
鈍い音とともに蹴りを剣で受け止める父。すると、リロイが残った片足で地面を蹴り宙に浮いた。太陽を背に父の頭上を飛び越え、背後を取る。
リロイが着地すると同時に棒を薙いだ。
「チッ!」
舌打ちをした父が素早く地面に伏せ、そのまま転がってリロイから離れると素早く立ち上がった。
距離を取り、全身についた土を軽く払う父。一方で曲芸師に近い動きをしたリロイは息も乱しておらず。
二人の間を風が駆け抜ける。
「「「「うおぉぉぉぉ!!!!」」」」
静寂に包まれていた観客席が一気に沸き立ち、割れんばかりの歓声が耳を刺す。
父がニヤリと口角をあげた。
「俺に土をつけるとは、やるな」
「ありがとうございます」
平然と答えるが、どこか楽しそうなリロイ。
(……まさかの似た者同士?)
啞然としている私の前で会話を続ける二人。
「すべて避けられるとは思いませんでした」
「まだまだ若い者には負けんぞ」
「無理はされない方がいいですよ」
「おまえもな」
私を置いて盛り上がる訓練場。なんか心配していたのがバカバカしく思えるような意気投合した二人の雰囲気。
それからも二人は遠慮なしに剣と棒での殴り合い、蹴りあいが続き……
「まさか、木の棒でここまで戦えるなんて」
試合が始まった時は頭上にあった太陽が今は西の山の山頂に。それでも決着はつかず。
私の前には汗だくで向き合う二人。土埃りと痣だらけ。肩で息をしているが、気力体力はまだありそう。しかも、表情は晴れ晴れとしていて、楽しそうなぐらい。
そこに審判役の兵が動いた。
「領主、日が暮れます。今日はここまでにしましょう」
沈みかけている太陽を見た父が残念そうに肩をすくめる。
「仕方ねえか。今日は解散だ! おまえら、さっさと帰れよ!」
観客席に言うと賭けを仕切っていた男が叫んだ。
「勝敗はどうするんすか!?」
「あぁ!? そんなもん、引き分けだ!」
「明日に繰り越しじゃないんですか!?」
「そんな時間ねぇよ!」
「じゃあ、賭けは!?」
縋るような男の声を父が容赦なく切る。
「無効だな!」
「そんなぁぁ!!」
男の絶叫が響き、掛け金の返還を求めて人々が群がる。
その様子を眺めながら私は占ったカードのことを思い出した。
「こういうことだったのね」
カードが曖昧な結果を出していたのは勝負がつかない、引き分けということを暗示していたから。肩透かし、つまり勝敗を気にしても意味がない、というアドバイス付きで。
妙に納得した私はリロイのところへ歩き、声をかけた。
「大丈夫?」
「はい。ですが、なかなかお強い。さすがローレンス辺境伯爵です」
疲労が混じった笑顔。その様子に、リロイの鎧姿に怯えていた私の気持ちが消えていく。
「棒で戦うなんて無茶はしないように」
「もしかして、心配してくれました? 言葉使いも忘れるほど」
嬉しそうなリロイの顔。
指摘をされた私は慌てて扇子を出すと、顔を半分隠して伯爵令嬢の仮面を被った。
「怪我をされたらローレンス領の問題となりますから。そもそも、どうして棒で試合をしましたの?」
「あなたが、あまり良い顔をしないので」
「……私?」
まさか、私が前世の姿と重ねて見ていることに気が付いて?
扇子の下で驚いていると父がやってきた。
「王から聞いていたが、それ以上の実力だな。申し分ない」
「ありがとうございます」
頭をさげるリロイ。
父が私の方を向いた。
「なかなか面白いヤツを連れて帰ったな。よくやった」
「……どういう意味でしょう?」
ジト目になった私を父が笑い飛ばす。
「こいつなら認めるってことだ。まあ、最終決断はおまえがしろ。俺はそれを全力で応援してやるから」
「だから、どういう意味でしょうか!?」
怒る私に対して父は笑うのみ。最後まで私の質問に答えることはなかった。
こうして色々とあった里帰りは半月ほどで終了。
リロイとともに再び馬車に揺られ、数日かけて王都へと戻った。
「ふぅ……」
王都にあるローレンス家の別邸に戻った私は庭で午後のお茶をしていた。クロエが茶菓子のクッキーを置いて紅茶をカップに注ぐ。
「お疲れ様です」
「それはクロエもでしょ? 給仕は他の使用人に任せて休んだら?」
「いえ。これぐらいで疲れるようではローレンス家の使用人失格です」
「そうだけど」
私はクッキーを口に入れた。バラの香りがフワリと広がる。
目が丸くなった私にクロエが説明した。
「バラのジャムを練り込んだクッキーです。いかがでしょうか?」
「美味しいわ」
これはこれで美味しい。けど、今はもう少し違う甘味がほしい。あの優しい食感と甘さの……
と記憶を遡っていると箱と手紙を持ったテオスがやってきた。
「先程、王城から使者が参りまして『明後日、王城でローレンス領の物流問題の解決策について公表会をするので登城するように』との伝達でした。詳細はこちらの手紙に書かれているそうです」
「予定通りね」
公表会の日程については物流問題の解決策のお触れが出た時に指定されていた。
「考察期間は一月半。その間にどれだけ独創的で現実的な案が考えられたか……」
とにかくリロイの案を超える案があれば! それだけでいい!
「そういえば、こちらも一緒に渡されました」
テオスが持っていた箱をテーブルに置き、蓋を開ける。中を覗くと、そこには……
「ふぁ……」
私は無意識に感嘆のため息を漏らした。
ふわっふわっで真っ白なクリームと盛りだくさんのフルーツがのったケーキ。
(これぞ私が求めていた癒やしの甘味!)
私は視線をケーキに固定したままテオスに訊ねた。
「このケーキは……」
「以前、ソフィア様が第三王子と一緒に行かれたカフェ店のケーキです」
「やっぱり!?」
無意識に叫んでいた私は誤魔化すために軽く咳をして姿勢を正した。
「そ、それで、どうしてここにそのケーキがあるの?」
「第三王子より『ローレンス領で世話になった礼に』と届けられました。どうされます?」
どうされるも何も食べたい。早く食べたい。
「受け取ります? それとも返却します?」
テオスの問いに私はチラッと横目でケーキを見た後、扇子を広げて顔を隠した。
「ま、まぁ、世話をしたのは事実だし、ここは素直に受け取りましょう」
「では、皿にのせてお持ちします」
テオスがケーキの箱を持ってさがる。
(皿に移し替えなくても、そのままでも良かったのに! 早く食べたい!)
私の頭はケーキでいっぱいになっていた。