いつからそこに!? いつドアを開けたの!? いや、それよりも!
私は椅子に座ったまま振り返って注意をした。
「勝手に入ってこないで! せめてノックはして!」
「すみません、ちょっと驚かせたくて」
謝っているが悪びれた様子なく照れたような笑顔で頭をかくリロイ。
「で、驚かせてどうだったの?」
ヤケになって言った言葉にリロイが満面の笑顔で頷く。
「驚いたソフィアの顔も可愛かったです」
「……グッ」
率直すぎて、言いたいことが渋滞する。どれから言うべきか。どう言えば正しく伝わるか。
握りこぶしを作って考え込んでいると、リロイが私の肩越しに机を覗き込んできた。襟足だけ伸びた長い髪が私の頬に触れる。
「ペティの時は占いなんてしていなかったですよね?」
私は言いたかったことを飲み込んで質問に答えた。
「興味はあったんだけど、できなかったの」
「どうしてですか?」
「占いは魔女にとって禁忌だからよ」
「禁忌?」
私は様々な絵が描かれたカードたちに視線を落とした。
「魔女にとって占いは占いじゃないのよ。その強い魔力で結果を、未来を確定してしまうの」
「確定?」
「そう。良い結果ならいいけど、悪い結果が出てもそれを確定してしまう。それをどうやっても変えられない未来にしてしまう」
だから魔女は占いを禁止されていた。
「では、今は?」
「今は魔女ではないから。悪い結果が出ても、それを改善する方法も占える。すべては未定だから」
「そういうことですか。それで、これは何を占っていたのですか?」
リロイ相手では下手に誤魔化したら面倒になると判断した私は正直に、でも大雑把に言った。
「明日のことよ」
「明日の? いつも翌日のことを占うのですか?」
「気が向いたらね。その日に着る服とかはよく占いで決めるわ」
私の様子を見ていたリロイが納得したように頷く。
「楽しいんですね、占いが」
「……そう、ね。楽しいわ。並べたカードから意味を読み解くのも、それが当たるか外れるか分からないところも」
「わかります。予測できない未来は楽しいですから。で、明日はどんなことが起きそうですか? 二つの未来を占ったんですよね?」
「……え?」
リロイが下側の中央に置いたカードを指さす。
「このカードから二つに分かれて上へ伸びていく配置。これは二つの未来の可能性を視る占いではないでしょうか? あと上の真ん中にあるのがアドバイスのカード」
私は目が丸くなった。
「どうして知っているの?」
「何かの本で読んだことがありましたので。基礎の
「じゃあ、このカードたちの意味も知っているの?」
「いえ、そこまでは。カードにはそれぞれ細かい意味がありますし、占う人によって解釈が違うとありましたので覚えませんでした」
「そう」
確かに同じカードでも、占う人によって解釈は変わる。
私は自分の解釈を簡単に説明をした。
「結論を言うと、どっちの未来も曖昧ってカードなのよ。で、アドバイスが肩透かしの意味を持つカード。つまり、今回占ったことは結果がでないかもしれない、もしくはこれ以外の結果になるってこと」
「予測がつかないってことですか? ちなみに何の二つの未来を占ったのですか?」
「……なんだっていいでしょ」
模擬戦で父が勝った場合とリロイが勝った場合の結果なんて口が裂けても言えない。
顔を背けると後ろからリロイが私の耳に囁いた。
「一つ、占ってもらえませんか?」
ゾクリと響く美声にレモングラスの香りが混り、全身が痺れる。
「な、何を?」
上半身を引きながらも平然を装って聞き返した私にリロイがにっこりと微笑む。
「私たちの未来「却下」
私は言葉を被せて拒否した。不敬罪とか言われるだろうけど、今更なのでかまわない。
一方のリロイがしゅんと分かりやすく落ち込む。
「どうしてですか?」
「視たくないの」
キッパリ断った私に対して、リロイが未練タラタラに縋ってくる。
「別に悪い結果が出ても改善するアドバイスがもらえるのでしょう? それに当たるとは限らないわけですし」
(悪い結果が出たら、それはそれでいいけど、良い結果が出たら……いや、リロイなら無理矢理にでも良い結果を出しそう)
背中に寒いものを感じた私は椅子から立ち上がって振り返った。
「そういう占いはしないって決めているの。それより、明日にそなえてさっさと寝なさい」
有無を言わさずリロイの体を反転させて背中を押す。襟足から伸びた赤髪が犬の尻尾のように左右に揺れる。
リロイが本気を出せば私の力なんかでは動かせない。でも、リロイは軽く抵抗しただけで、あっさりと押されるまま廊下へ出た。
「はい、おやすみなさい」
そのままドアを閉めようとしたが、リロイが肘で止める。眉目秀麗な顔が私に迫る。
「ソフィア」
真面目な声に固まっていると、無骨な手が私の髪に伸びてきた。
「な、なに?」
リロイが長い指を私の髪に絡め、薄い唇を落とす。予想外の展開に無言でいると、そのままの姿勢で琥珀の瞳が私を見上げた。
「明日は絶対、勝ちますから」
なんでも見透かしたような目と自信満々な態度が腹立つ。
「お父様は強いわよ」
「ですが、婿入りするためには勝たないといけませんから」
前世と変わらない琥珀の瞳。だからこそ……
「どこまで本気なの?」
「私は常に本気ですよ」
「……なにを企んでいるの?」
前世ではこうやって近づいて私を殺した。
なら、今世では?
返事を待っていると誰かが近づいてくる足音がした。
一瞬、リロイがそちらに気を取られる。
「おやすみなさいませ!」
私は挨拶だけ残して半ば強制的にドアを閉めた。
「はぁ……」
ドアに背をつけてため息を吐く。脳裏に浮かぶのは私の髪に口づけたリロイの姿。
「……もう、なんなのよ」
嬉しいような悲しいような感情がごちゃまぜになる。
私はベッドに体を倒すとリロイが口づけた髪を掴んで体を丸めた。
憎らしいほどの快晴。
訓練場の観客席にはローレンス城の使用人をはじめ、兵からリロイの護衛まで様々な人が集まった。
「みんな仕事はどうしたのよ!?」
怒る私に背後で控えていたクロエが答える。
「ローレンス領は娯楽が少ないですから」
「娯楽じゃないから! 模擬戦だから!」
「娯楽みたいなものですよ。ほら、賭けも盛り上がってますよ」
大柄な男が大声で周囲に呼びかけている。
「さぁ、誰か大穴の第三王子を買わないか!?」
不敬罪どころの話ではない。
「ちょっ!? さすがにアレはマズいでしょ!? 止めてきて!」
「リロイ殿下の許可は得てますから大丈夫ですよ」
「本人が許可するな!」
私は額を押さえて叫んでいた。
「それよりも始まりますよ」
軽装の鎧をつけた父が訓練場に入ってきた。腰には模擬戦で使われる刃を潰した剣。切れないが打撃としても十分威力がある。
父の登場に観客席が沸き立つ。領主だし、強さは知っているので期待値が高い。
ちなみに私は観客席ではなく訓練場の隅にいる。何かあった時にすぐ駆けつけられるように。近くにはちゃんと医師も待機している。
父が出てきたところの反対側。正面からリロイがやってきた。父と同じ軽装の鎧をまとい、堂々と歩いてくる。
前世とは違う鎧。それでも前世で殺された時のことを思い出し、体が反応してしまう。
(落ち着いて。大丈夫)
駆ける心臓。吹き出す冷や汗。
震えないように、逃げ出さないように、必死に堪える。そこでふと気がついた。
「腰に剣をさしてない?」
模擬戦なのに武器がない!? どういうこと!?