父によって酒に酔い潰されたリロイ。でも、仮眠でほぼ改善。夕食は軽食だったけど全部食べて、翌朝には完全に復活していた。
「……化け物みたいな体ね」
前世の時に何度も思ったけど、今世でも改めて実感するとは。
翌日から動けるようになったリロイは父とローレンス領の地図を挟んで会話。それから、書庫にある記録書を読み漁り、そのまた翌日からはローレンス領内を馬で駆けまわるようになった。
しかも、足は速いけど気性が荒くて扱いづらい馬を乗りこなして。体力と足がある馬だから、リロイの護衛が乗っている馬では当然追い付けず。
「また置いていかれました……」
と、護衛だけがトボトボと先に城へ戻ってくる毎日。気の毒になってリロイに注意したら次の日はちゃんと護衛と連れいった。
ただ夕方に戻ってきた護衛たちは亡霊のような顔をしていて、翌日は動けない状態に。
そんな状況に私は
「昨日は何をしたの?」
「普通に馬駆けをしただけですよ」
リロイが慣れた手つきで馬のブラッシングをしながら答える。
気性が荒くて触られることも嫌がる馬なのに、気持ちよさそうに目を閉じてリロイに身を預けている。その様子に馬の世話係がショックを受けて寝込んだほど。
私もいつかこの馬に乗って駆けたいと思っていたので、先を越されて少し悔しい。
「どこを駆けたの?」
「昨日は死者の谷を抜けて、絶念の渓谷を超え、悪魔の
平然と答えた内容に私は絶句した。とても馬で駆ける場所ではない。いや、人が歩くことさえも難しい。そもそも道がない場所。
「いつもそんな危険な所を馬で駆けているの?」
「昨日は駆けやすい場所を選びましたよ。護衛がいたので」
駆けやすい場所と言ったが、名称から察してほしい。そこはかなりの危険地帯で地形がヤバイ。
「第三王子という自覚を持ってもらえない? 途中で怪我をしたら見つけられないし、戻れなくなるわよ」
リロイが馬のブラッシングをしている手を止めて私の方を向いた。
突然の真剣な眼差しが私を射抜く。
「いいえ。必ず帰ります」
悪戯な風が赤髪を巻き上げ、私の心をかき乱す。
「あなたの下へ、必ず帰ります」
決意がこもった声が私を揺さぶる。
キリッとした眉の下。透き通った琥珀の瞳に私の顔が映る。絵姿が出回っていたら持てはやされていただろう容貌。
その姿に目が離せず、時が止まったかのように動けない。胸がキュッとして、それから心臓が思い出したようにドキドキと走り出す。顔が一気に熱くなって……
(これじゃあ前世と同じことになってしまう!)
私は逃げるように顔を背けた。
「な、なら、その日に駆ける予定のルートを教えて。夜になっても戻らなかったら探しに行くから」
「ソフィアが探してくれるのですか?」
「……別に、探してもいいけど」
ローレンス領の領主の娘として単騎での馬駆けはできる。正直、リロイが最初に言ったルートなら馬駆けできるだけの技量も持っている。ただ馬への負担が大きいから必要がない限りしないけど。
「わかりました」
リロイが犬耳と尻尾の幻影が見えるほどの満面の笑みを浮かべる。
(いや、何でそんなに喜ぶの!? もしかして!?)
魔女の勘が働いた私は忠告した。
「探してほしくて戻らないっていうのはダメよ! そんなことをしたら一生、口きかないから!」
「なっ!?」
目に見えてショックを受けるリロイ。しなしなと崩れ落ち、両手足を地面につけた。犬耳がペタンと伏せ、尻尾がだらんと垂れ下がる。
「ソフィアに口をきいてもらえなくなったら、生きている意味が……」
私との会話を生きる意味にするな!
叫びたい気持ちを抑え、念を押す。
「とにかく! 心配させることはしないこと!」
「……心配、してくれるのですか?」
言われて気が付いた私は早口で誤魔化した。
「第三王子だから! 何かあったらローレンス領の問題になるでしょ!」
私の言い訳にリロイが感動したように浮かれ、両手を空へと突き上げる。
「ソフィアに心配してもらえるなんて……王子に生まれて良かった!」
「基準がおかしい!」
叫んだ私にリロイが世話をしていた馬が笑った。
こうして気が付けば一か月が過ぎ、王都へ戻る日が近づいてきた、夕飯時のある日。
食事は父と母と私とリロイの四人で食堂で食べることが当たり前になっていた。ちなみに私の双子の兄は二人とも他国に留学中で不在。
いつものように夕食をとっていると、父がおもむろに口を開いた。
「いつ王都に戻る予定なんだ?」
「三日後にここを出発する予定です」
淡々と答えたリロイに続けて私も補足する。
「お父様、二日前に言いましたよ」
「そうだったか?」
豪快に笑って誤魔化した父は、そのまま軽い口調でリロイに提案をした。
「王都に戻る前に軽く手合わせをしないか?」
「いいですよ」
リロイが悩むこともなく即答する。その態度に私の方が慌てた。
「ちょっ、そんな簡単に受けないでください!」
「どうしてですか?」
不思議そうに首を傾げるリロイに私は頭を抱えたくなった。
剣術を習っている、なら手合わせをすることもあるだろう。だけど、今はローレンス領の物流問題を解決する糸口を探しての来訪。それなのに、なぜ手合わせをしないといけないのか。
あと普通なら相手が王子であるため、多少の忖度はする。でも、相手である父は絶対にしない。するわけがない。むしろ容赦なく叩きのめす。
(王子を叩きのめした領主なんて、不敬罪と悪評以外の何ものにもならないわ!)
リロイの強さなら簡単にはやられないだろうし、もしかしたら父に勝つかもしれない。そうなったら、そうなったで面倒な未来しかない。
私は頭を悩ましながら原因となった父を睨んだ。
「自国の王子を手合わせに誘わないでください!」
「なんでだ?」
こっちも不思議そうな顔で首を傾げている。しかも豪傑な厳ついオジサン顔で!
「二人とも、ご自分の立場を考えてください!」
私の渾身の叫びに対してキョトンとお互いの顔を見合わせる二人。こういうところで意気投合するな!
結局、手合わせをする流れは止められず。明日の昼、父とリロイは模擬試合をすることに。
「なんで、こうなるのよ……」
夕食を終えた私は自室の机に突っ伏した。
「どっちが勝っても面倒なことになりそう」
ふと視界の端に入った箱。私は体を起こして箱の蓋を開けた。
「ちょっとだけ、
机に布を敷いて箱からカードを出す。それからカードを軽く手の中でシャッフルして布の上に置いた。裏面になっているカードを広げ、布の上で時計周りにグルグルとかき混ぜる。
「これぐらいでいいかしら」
カードを集めて整えると、もう一度手の中で軽くシャッフル。最後に布の上に三つの山を作り、真ん中、左、右の順番で一つの山に戻す。
「ふぅ」
息を吐いて集中すると、カードの山の上から六枚を布の端に置き、残りを順番に並べていく。
(父が勝った場合とリロイが勝った場合。どんな展開になるか、その時にどうしたらいいか)
私は並べ終えたカードたちの裏面とトントントンと指で叩いてから、すべてのカードをめくった。
「……あれ? これ、どういう意味? 全体的に土の属性のカードが多いから……試合が長引くってこと? それにしても結果が……」
「それは、占いですか?」
突然の背後からの美声とレモングラスの香り。
悲鳴をあげないように堪えて振り返ると、そこには爽やかな笑顔のリロイがいた。