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第21話 人はそれを後悔と呼ぶ~リロイ視点~

 酒に溺れ、ベッドに沈んだ私はソフィアに促されるまま意識を手放した。酒に強くないと認識はしていたが、ここまでだったとは。

 殴られ続けているような頭痛。胃を切り取りたくなる吐き気。鉛のように重い体。かなりしんどいが、それよりも……


 ――――――情けない。


 前世でも、今世でも、こんな醜態をしたことなどなかったのに。よりにもよって、ソフィアにこんな無様な姿を晒すとは。


 ソフィアといると何故か調子が狂う。いや、ソフィアの前世、ペティの頃から……


 ペティとの出会いは偶然。でも、一目で強く惹かれた。


 真っ黒なフードとマントで隠した全身。その下から覗く月の雫のような淡い金髪。見上げる淡青の瞳はどんな宝石より上質な水宝玉アクアマリン。どこまでも透き通った輝きは何度、舐めたいと思ったか。

 高すぎない鼻に、瑞々しい唇。細い首に長い手足。豊かな胸に引き締まった腰。柔らかな体は気を付けないと握りつぶしてしまう。

 何度、焦がれ、何度、奪取しようとしたか。


 そして、そのたびに魔法で雷に打たれた。


 どれだけ先を読んでも、それを斜め上に越えた動きをするペティ。そのことに胸が躍り、より一層強く惹かれた。そして、すべてを知りたい、手に入れたいと思うように。


 生まれ変わった今もそれは変わらない。


 王城で初めてソフィアと対面した時、魔法はないはずなのに全身が雷に打たれたように痺れた。

 周囲の音が止まり、空気が止まり、時間が止まった。


 一目でソフィアの生まれ変わりだと気が付いたが、衝撃が強すぎて動けず。

 走り去っていく後ろ姿に、気が付けば足が動いていた。普段ならここで追いかけず、情報収集をして根回しをするのに。


 この時はそんな考えも浮かばず。


「ペティ!」


 形振り構わず名前を叫んでいた。とにかく捕まえて、これが現実であることを確かめたかった。


「話を! 話を、聞いてください! ペティ!」

「私はペティという名ではありません!」


 否定されたけど、私の確信は揺るがない。


「待ってください!」


 全力で走って掴んだ手は小さく、少しの力でも折れそうで。でも、温もりがあって、生きていて。


 前世で、この命を自分が奪った。


 その瞬間、初めての感覚が全身を襲った。目の前が闇に染まり、足元が崩れる。全身の力が抜け、無限の奈落に落ちるような。過去も未来も見えない。すべてが抜け落ちたような。

 倒れないように足に力を入れ、目の前の彼女を見据える。


 あの時にペティを殺していなければ、どんな未来があったのか。もっと、この手と同じ温もりを感じていられたのか。


 終わったことなのに、もしも、という無駄なことを考えてしまう。


 常にその時点で最良だと判断した行動をして、最善の結果を残してきた。間違えることなどなかった。

 ゆえに、過去の行動を振り返ったことも、別の可能性を考えたこともなかった。


 なのに、この時だけは違った。


(この感情は、何なのだろう……)


 戸惑う私を見上げる淡青の瞳。美しく輝くその色は前世と同じ強さを秘めていて。

 眩しいけれど、目が離せない。


 自分に圧し掛かっていた重暗い感情が消えていく。


 沸騰するような喜びが全身を駆け巡り、世界から光が降り注ぐ。


 再びこの瞳の見つめることができるなら。ともに生きられるなら。どんなことをしてもいい。

 だが、そのためには、どうすればいいのか……



 悩んだ結果、土下座の懇願。



 これしか浮かばなかった。


 思い返せば今世では出会いから情けない姿ばかり。自分の弱みを見せるなんて考えられないし、そんなものなかったのに。


(これ以上の醜態は避けたい)


 そう思っていたのに、ローレンス領への旅の途中で高地酔いになって介抱され、今回は酒に潰れた。


(身内しか飲めないというソフィアが調合した薬が飲めたことは僥倖ぎょうこうでしたが、やはりカッコ悪いですし)


 徐々に浮上していく意識。


 軽くなった体。頭痛も吐き気もない。スッキリとした気分。薬が効いたのだろう。


 ゆっくりと目を開ければローレンス城の客室の天井。隣から聞こえる微かな寝息。少し首を動かせばベッドに上半身をうつ伏せて眠るソフィア。


 長距離の移動で疲れが出たのだろう。無防備にスヤスヤと眠る顔は実年齢より幼く見える。


「こちらが本当の顔なんでしょうね」


 時折、扇子を広げて大人びた表情をするソフィア。それはそれで悪くないが、人形を相手にしているようで物足りない。


 ベッドを揺らさないように体を起こし、ソフィアの寝顔を堪能する。


(前世の時は寝顔なんて見せてくれませんでしたから)


 ペティは人が近づくと相手に雷が落ちる魔法をかけていた。途中からはその魔法を私限定で解除してくれたが、人への不信感は最期まで残っていた。


(魔女ではなく人に生まれ変わったことで、その苦しみから解放されたのは良かった)


 それだけ魔女狩りは辛辣だったということだろう。魔女とすれ違っただけで裁判にかけられ、処刑された人までいるという。


(心優しいペティが人を避けてあんな僻地にこもるわけです)


 シーツに広がる淡い金髪にそっと手を伸ばす。極上の絹糸より柔らかく滑らかで、いつまでも触れていたい。


 穏やかな時間を堪能しているとドアの外に気配を感じた。


 ソフィアの眠りを妨げたくなかった私は静かにベッドから降りて部屋から顔を出した。廊下に立っていた中性的な顔立ちの黒い執事が笑顔で問いかける。


「食事はいかがなさいますか? 食べられるようならお持ちいたしますが」

「では、軽く食べられるものをお願いします」

「わかりました」


 綺麗な姿勢のまま一礼をして下がる。気配を消してドアを開けたのに、黒い執事が驚いた様子は一切なかった。


「かなりの手練れのようですね」


 独り言とともにドアを閉めると思わぬところから反応があった。


「テオスは強いわよ。見た目に騙されて手を出さないようにね」

「目が覚めましたか」


 ソフィアが眠そうに目をこすりながら体を起こす。


「寝るつもりはなかったんだけど、疲れていたのかしら。で、体調はどう?」

「おかげさまで良くなりました」

「普通はこんなにすぐ回復はしないわよ。前世と同じで頑丈な体なのね」

「そのようですね」


 前世で常識外れと言われ続けた体。それが今世でも引き継がれている。力加減が難しいところもあるが、使い慣れているところもあり不自由はない。


「じゃあ、私は自分の部屋に戻るわ」


 立ち上がり私の隣を通り過ぎるソフィア。


「待ってください」


 反射的に手を握って止めてしまった。怪訝そうに私を見上げる淡青の瞳。やはり綺麗で見惚れてしまう。


「どうしたの?」

「あ、いや、その……」


 もう少し一緒にいたい。でも、それが何故なのか分からない。理由が浮かばない。

 悩んでいるとソフィアが軽く息を吐いた。


「まだ体調が万全じゃないんでしょ。ほら、寝ていなさい」

「そうではなくて……」

「ここで一緒に食事してあげるから」

「え?」


 思わぬ提案に驚いているとソフィアが眉尻をさげて微笑んだ。


「体調が悪い時って一人がいつも以上に寂しく感じたりするから。あ、あと寝る前に飲む薬も準備しておくわ」


 私の手を離れ薬箱を探るソフィア。


 手に残った温もりが心を締め付ける。もっと、この温もりを感じていたい。離れたくない。離したくない。寂しさとも、執着とも、依存とも違う。


(この気持ちは一体……)


 自分の感情を分析していると白い手が首に触れた。


「脈も拍動もほぼ正常。体力を回復する薬を中心に調合するわね」


 安心したように笑うソフィア。その笑顔に心が満たされ、悩みが消えていく。


「ありがとうございます」


 今世は隣で長く共に生きよう。そのためには、まずローレンス領の物流問題を解決して婿入りをしなくては。





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