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第17話 変態の婿入りは認めません!

 馬に跨った父を先頭に領地内を数台の馬車が走り抜けていく。珍しい光景に農作業や牧畜の仕事をしていた人々が手をとめて眺める。


 私がローレンス領を出発した時は若葉が芽を出し始めた頃だった。それが、今では青葉となり一面が緑に。


「もうすぐ短い夏の始まりね」


 私は馬車の中から堅牢な石造りの城を見上げた。

 正面に座っているリロイも視線を窓の外へむける。


「防御に重点をおいた立派な城ですね」

「国の重要な防衛地点だから、それなりに頑丈に造られているわ」


 それなりどころか難攻不落の名城として有名。国政に関わる者なら誰でも知っている。当然、公爵令嬢であるグレース嬢も把握していなければならなかったこと。まあ、例外はどこにでもいる。

 一人で納得していると、リロイが琥珀の目を輝かせたまま軽く頷いた。


「そうですね。この山脈を抜けるには、必ずここを通らなければならない防衛の要でもありますから。無理をすれば他の道もありますが、かなりの遠回りになりますし」

「そういうこと」


 素っ気なく答える私に対してリロイは嬉しそうに笑ったまま。上機嫌という雰囲気。


「何か良いことでもあった?」

「あなたの故郷。しかも、あなたが生まれ育った城に向かっているんですよ? これでも、かなり感情を抑えています」


 蒸気した頬。ピンと立った犬耳に激しく振れる尻尾の幻影が見える。


「なんで、私が生まれ育った城に興奮しているのよ?」


 私の呆れ声にリロイが何かに気づいたように目を丸くした。


「興奮? 興奮……そうか! これが興奮ですか! 初めて感じました!」


 確認するように何度も頷くリロイ。いや、そういうことじゃないから。


(城に興奮って……もしかしなくても、変態?)


 私は思わず声に出していた。


「第三王子が変態って、この国は大丈夫かしら……」

「そこは心配しなくてもいいですよ」

「どういうこと?」


 満面の笑みでリロイが断言する。


「あなたに婿入りしますから、第三王子ではなくなります」

「変態の婿入りは認めません!」


 反射的に叫んでしまったけど、これは不敬罪にならないと思います。




 こうして変態もといリロイと共に馬車で跳ね橋を渡り、堅牢な城門をくぐって城内へ。三重にそびえ立つ迷路のような高い城壁の途中で馬車が停まる。


「ここからは徒歩でしか入れませんので」

「敵軍の侵入を困難にするため、城の前まで馬車や馬で近づけないように造られているのですね」

「はい」


 馬車から降り、いくつかの狭い門をくぐった先に重厚なドアが現れた。ローレンス城の入り口は敵の侵入を防ぐため、頑丈だが大きくない。

 久しぶりの我がを見上げていると、鈴を転がすような澄んだ声に出迎えられた。


「ソフィア! おかえりなさい!」


 ふわりと私を包むカモミールの香り。私と同じ淡い金髪が目の前を染め、その隙間から丸い灰色の瞳が優しく私を覗き込む。

 私は仮面を外した笑顔で答えた。


「ただいま帰りました」

「王都はどうでした? 変な人はいませんでした?」


 そこに私の故郷に興奮する変態がいます、とは言えず曖昧に微笑む。すると、リロイがすかさず声を挟んだ。


「初めまして。リロイ・ランシングと申します」


 リロイの自己紹介に女性が私から少し離れ、あらあらと微笑む。


「まあ、第三王子が自らこのような辺境まで足を運ぶなんて、よっぽど時間に余裕がおありなのね。私はソフィアの母、マルグリット・ローレンスですわ」


 敬いの欠片もないどころか、無礼な言葉と態度の塊。それも、ほのぼのとした雰囲気がすべてをけむに巻く。

 リロイもそのことに気づいているが、にっこりと微笑んで会話を続けた。


「まさかソフィア嬢の母君とは。お若いですね」


 これはお世辞ではなく本当のこと。

 もうすぐ四十歳になる母だが、おっとりとした話し方と若く見える外見から私の姉と間違われることも。父と並べば『美女と野獣』そのもの。


 ただ、若い=誉め言葉、とは限らない。若い=未熟、稚拙という意味合いもある。もちろんリロイは笑顔と王族の雰囲気で煙に巻いたが。

 そのことに気づいている母が楽しそうに声を出して笑う。


「ふふふ。レティから聞いていた通りの子のようですわね」

「レティ?」


 聞き慣れない名に首を傾げているとリロイが説明をした。


「私の母の愛称です。ごく一部の親しい方々しか呼びませんが」


 リロイの母。つまり現国王の妻。名前はスカーレット・ランシング。リロイと同じ真っ赤な髪で別名、紅の王妃。


 その王妃を愛称で呼ぶなんて……


「お母様は王妃とどのようなご関係でしょうか?」

「昔からのお友達よ。今も手紙でやりとりをしているわ」


 おっとりと答える母。そういえば母の実家は王都の近くにある有力な侯爵家。王家との関わりがあってもおかしくない。


(今も文通を続けているってことは、貴族同士の表面的な付き合いではなく本当に親しい友人ということかしら)


 考えこむ私に威勢のよい声が降る。


「まだ、こんなところにいたのか。話なら中ですればいいだろ」


 先に城に戻っていた父が歩いてきた。

 母がすかさず父の隣に並ぶ。筋肉質で屈強な体の父に対して、しなやかで華奢な体の母。正反対の印象だが、不思議と夫婦仲は良い。

 父に体を寄せながら母がリロイに声をかける。


「そうですね。城の中へどうぞ。精一杯、おもてなしをさせていただきますわ」

「ありがとうございます」


 軽く頭をさげたリロイが先導する二人に続いてローレンス城に足を踏み入れた。


 入口は狭いが中は広い。絨毯が敷かれた薄暗い廊下を進む。


(敵からの攻撃を防ぐために窓が小さくて高い位置にあるから、どうしても暗くなるのよね。王城の廊下はとても明るかったけど)


 王城は室内に太陽の光をふんだんに取り入れため大きな窓が多かった。部屋を照らすため光を反射する白い壁。防御は最低限で、豪華絢爛に飾られた廊下と城内。


 ただし、これは必要なこと。


 諸外国の王族や有力貴族を招いた時、自国の豊かさ、経済力を宣伝するため王城を華美に飾る。隙をみせれば侵攻の対象となるため、気は抜けない。

 王城での戦いは武力ではなく知力。腹黒い連中が集まる頭脳戦。そのため第一印象となる王城の見た目も重要。


「適材適所の造り。比べても仕方ないことよね」


 私の漏れた呟きに、目だけで城内を凝視しまくっていたリロイの動きが止まる。そのまま私に視線を向ける。

 外見上は落ち着いているが、琥珀の瞳は好奇心に溢れ、キラキラと輝く。頬は微かに蒸気していて……


(……まさか、本当に城に興奮してる?)


 ドン引きしている私に気づいていないのか、リロイが声だけは平然とさせて訊ねてきた。


「どうかされました?」


 家族の前とはいえリロイは自国の王子。それなりの対応をしないと怪しまれる。

 私は伯爵令嬢の仮面を被り、持っていた扇子を広げて顔を半分隠す。


「……いえ、その、王城と比べて質素ですので、お気に召すかどうかと思いまして」

「これは守りに重点を置いた結果ですから。ですが、正直なところ王城よりローレンス城の方が落ち着きます」


 リロイの言葉が聞こえたのか父がガハハと声に出して笑った。


「王子より騎士の方が性にあっているような感じだな」

「否定はしません」


 顔は微笑んでいるが琥珀の瞳は鋭くなる。

 その様子に父が目を細めた。


「ならば、滞在中に実力を見させてもらおう」

「ローレンス辺境伯爵のお眼鏡にかなうといいのですが」


 父は当然、王からの手紙で物流問題の解決と婿入りの話は知っている……はず。だからこその挑発。そして、それを正面から受けるリロイ。


 一見すると、にこやかに笑いあっているだけの二人。


 しかし、発せられている空気はとても鋭利で、ピリピリと肌に痛みを感じるほど。父の威圧に慣れている使用人たちでさえ自然と距離をとっていた。




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