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第14話 これが普通の反応ですよね!

 王家の遠い親族にもあたるシュルーダー公爵家。城は歴史を感じる古さがありながらも、流行りを取り入れた装飾。

 そんな城のエントランスでグレース嬢から熱烈な歓迎を受けるリロイ。嫌がっている様子はないが、仮面のような笑顔で業務のように挨拶をしている。


「お久しぶりです、グレース令嬢」

「まぁ、そんな他人行儀な呼び方をなさらないで。グレースとお呼びください」

「他人ですから」


 リロイが人受けの良い笑顔でスパッと切る。でも、グレース嬢に効いた様子はなく。


「王都からの移動でお疲れでしょう? ぜひ、ゆっくりされてください。あ、お食事が先のほうがよろしいでしょうか?」


 満面の笑みのままリロイの腕に自身の腕を絡めるグレース嬢。


(あんなに密着されたら動けないだろうし、拒否すればいいのに……なんか、面白くない)


 もやもやとした感情を誤魔化すように扇子を広げて顔を隠す。そこに新たな声が飛んできた。


「リロイ殿下! よくぞ、いらっしゃいました!」


 白髪交じりの栗色の髪を撫でつけ、細い目でにっこりと出迎える中年男性。その隣には暗い金髪に柳色の瞳をした中年女性。二人とも恰幅が良く、似た者夫婦という雰囲気。


(たぶんシュルーダー公爵夫妻ね)


 自分の娘が第三王子に馴れ馴れしくしていても注意する様子はない。


(普通なら身分をわきまえろと注意するところなのに……何か目的があるのかしら?)


 黙って様子を見ているとリロイがグレース嬢の腕からすり抜けて公爵夫婦の前に歩み出た。


「本日は突然、招いてくださり礼を申し上げる。明日は早朝に出発する予定なので、早く食事をして休みたいのだが、よろしいだろうか?」


 笑顔のまま光がない目で淡々と話すリロイ。

 しかし、シュルーダー公爵は気づいていないのか嬉しそうに顔を綻ばせたまま話を続ける。


「そんな急がれなくても。お疲れでしょうから、まずはこちらで休憩をされてください。娘もリロイ殿下が来訪されることを、心待ちに……ウッ!」


 正面から鋭い殺気を放たれたシュルーダー公爵が顔を引きつらせた。シェルーダー婦人も顔を青くして隣に立つ夫にしがみつく。

 リロイが感情のない笑顔のまま釘を刺した。


「私の言葉を理解できないのであれば時間の無駄です。予定通り、宿へ向かいましょう」


 踵を返したリロイをグレース嬢が慌てて止める。


「お、お待ちになりまして! すぐ食事にいたしましょう! 早急に準備なさい!」


 グレース嬢の命令で使用人たちが一気に慌ただしい気配となる。

 その様子に私は扇子の下で思わず苦笑した。


(リロイが「おまえが突然、呼んだから予定が崩れた。さっさと出発したいから早く休ませろ」って言ってるのに、シュルーダー公爵はそれを読み取れなかったのかしら? それとも、ワザと?)


 視線をずらして考えていると、いつの間にかリロイが私の前に立っていた。


「いきましょう」


 微笑みとともに差し出された手。先程までの仮面的な笑みとは違う、リロイの本当の笑顔。

 心の奥底でチリッと芽生えた感情が小さくなっていく。


「……えぇ」


 私が手を置くと琥珀の瞳が丸くなった。てっきり、いつもの犬のような喜び方をすると思っていたのに。

 思わぬ反応に私は首を傾げて訊ねた。


「どうかされました?」


 周囲の目もあるため伯爵令嬢の仮面を被ったままの私にリロイが照れたように答える。


「いえ。まさか、すんなり手をとっていただけるとは思わなくて」

「……手を離したほうがよろしいでしょうか?」

「まさか」


 言葉とともに手を強く握られる。痛みはないけど、逃がさないという意思が絡みつく。

 そこにグレース嬢の怒りを含んだ声が響いた。


「リロイ様。ここは私の屋敷。私がリロイ様をエスコートいたしますわ」


 ここでようやく私の存在に気が付いたのかシェルーダー公爵がリロイに訊ねた。


「そちらのご令嬢は……王城でお見かけしたことがないように思いますが」


 訝し気に私を観察する細い目。私のことを使用人の一人と思っていたのか……まあ、平民より少し上等な服を着た旅行者のフリをしているから、そう勘違いしたのも分かるけど。


 私は名乗るために一歩踏みだそうとしてリロイに止められた。体を引き寄せられタイミングを外される。


「彼女はディラン・ローレンス辺境伯爵のご令嬢で、ともにローレンス領へ向かっている途中です」


 スラスラと説明するリロイ。私に一言もしゃべらせる気はないらしい。


「あぁ、ローレンス辺境伯のご令嬢……なっ!? ローレンス辺境伯の!? まさか……」


 驚くシェルーダー公爵。どうやら、ローレンス領に関するお触れは耳に入っているらしい。

 リロイが当然のように笑顔で続きを話す。


「ローレンス領の問題は我が国の長年の懸念でしたから。直接ローレンス領へ赴き、解決したいと思っておりました」

「で、ですが、その報酬は……」


 細い目が私を頭から足先まで見つめる。その視線から私を隠すように体を引き寄せた。


「もちろん、いただきます」


 自信満々に答えるリロイ。その様子にシェルーダー公爵が言葉が出ない口をパクパクさせる。


(第三王子が辺境伯に婿入りしようとするなんて考えられないわよね。これが普通の反応よね)


 うんうん、と心の中で頷いていると、話が見えていないグレース嬢が割って入った。


「辺境伯ごときの娘がリロイ様と釣り合うわけありませんでしょう! さっさと離れなさい!」


 離れたくても逞しい腕が私の体をガッシリと固定しているため動けない。どうするか下からリロイを覗き見ると、眉目秀麗な顔が笑みを浮かべたままブリザードを巻き起こしていた。

 氷よりも冷えた琥珀の瞳がグレース嬢に刺さる。


「辺境伯ごとき、とは、どういうことでしょう? まさか、辺境伯の重要性を知らないとでも?」

「え? じゅ、重要性……ですか?」


 助けを求めるようにグレース嬢が己の父を見る。

 リロイも追うようにシェルーダー公爵に視線を移した。


「辺境伯の重要性も知らない者が公爵家の令嬢をしているのですか? 教育はどうなっているのです?」

「そ、それは、その……」

「公爵家は時に王の代行として外交をおこない、内政にも深く関わる、重要な爵位。その娘が辺境伯の重要性さえも知らないとは、どういうことです?」

「いや、あの……」


 リロイの気迫に圧され、シュルーダー公爵は夫婦そろって顔を青くしている。一方のグレース嬢はいまいち状況が理解できていないらしい。

 可愛らしい笑顔でリロイに軽く声をかけた。


「お父様が無礼をしたようで、失礼いたしましたわ。まずはお食事をなさって、それからお話をいたしませんか?」


 この会話の流れでその言葉が出ることに私は唖然としてしまった。


(え? いや、原因はあなたの発言でしょ? どういう思考回路しているの?)


 ポカンとしている周囲を置いてグレース嬢が私とリロイの間に割り込もうと近づく。しかし、リロイが手でグレース嬢を払った。


「まず、最低限の知識と教養を学んでから私の前に現れてください」


 明確な拒否。これもどこまで伝わったのか不明だけど、響くものはあったらしい。グレース嬢が不思議そうに首を傾げてリロイを見上げる。


「それは……どういうことでしょう?」


 グレース嬢の質問にリロイが具体的に答えた。


「王家専用の教養本と歴史書全巻、すべて暗記するまで私に顔を見せないでください」


 辞書並みに分厚く小難しい言葉が羅列しており、読破するだけでも一年はかかる。それをすべて暗記となると……


(一生、顔を見せるなということね)


 哀れみに近い目がグレース嬢に集まる。

 だが、当の本人は何故か満面の笑みで頷いた。


「わかりましたわ。リロイ様に嫁ぐには、それぐらいの知識は必……んぐっ!?」


 青ざめたシュルーダー公爵が両手でグレース令嬢の口を塞ぐ。


「し、失礼いたしました。先にお食事をどうぞ。誰か! リロイ殿下を食堂へご案内しろ!」

「こちらへ、どうぞ」


 何事もなかったように老齢の執事が私たちを案内する。城の奥へと進んでいると、背後でシュルーダー公爵の怒鳴り声が聞こえた。


「だから、あれだけ勉強しろと言っただろ! おまえの頭で覚えられる量ではないのだぞ!」

「やってみなければ分かりませんわ」

「勉強嫌いで、どの家庭教師からも匙を投げられたのを忘れたのか!?」


 遠くなっていく親子喧嘩の声。


(これで大人しくなればいいけど……あの令嬢、しつこそうよね。それにしても、よりにもよって教養本と歴史書を指定するなんて)


 私はなんとなく嫌な予感を残したまま食堂へ移動した。




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