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第12話 もしかして私、男運が悪い!?

 まさかの既婚者という事実。ゲーデット侯爵に非難の目が集まる。と、いうか誰も知らなかったの?


「い、いや、妻とは離婚をする予定でして」


 その弁明に周囲からヒソヒソと囁き声があがる。


「そういえば別居していたな」

「社交界でも揃って出席しないから離婚しているのだと思っていたが」

「夫婦仲が悪いのは有名だったからな」

「まだ離婚していなかったのか」


 つまり、ほぼ独り身状態らしい。それなら、なぜ離婚していないのか。

 私の疑問にリロイが答える。


「莫大な慰謝料が払えず、離婚できないそうですね」

「そ、そのようなことは……その、まだ、協定中でして」


 あたふたと答えるゲーデット侯爵。リロイが言ったように、本当に侯爵家の財政が赤字なら……

 私はふと浮かんだことを呟いた。


「もしかして、今回の報酬で慰謝料を払って離婚しようとしている、ということでしょうか?」

「イッ!?」


 ゲーデット侯爵の肩が盛大に跳ねる。そして、慌てたように懐から時計を出して蓋を開けた。


「もう、こんな時間だ! 次の約束がありますので!」


 転がるように広間から走り去るゲーデット侯爵。


「まさかの図星……?」


 呆然としている私の隣でリロイが広間に視線を戻す。

 その瞬間、全員がバッと目をそらした。次は我が身という恐怖にも似た緊迫感。

 そこにリロイの容赦ない名指し攻撃が放たれた。


「おや。そこにいるのは、ナヴァ・エラント子爵ではありませんか」

「は、はい!」


 二十代前半の青年が反射的に踵を合わせ、ビシッと直立する。まるで新米騎士が上官に呼び止められたような雰囲気。

 太陽のように輝く金髪に、海のような藍色の瞳。甘い顔立ちだけど、立派な体は鍛えられているのが分かる。正装より鎧姿が似合いそう。

 これなら、武力も期待できるかも、と観察しているとリロイが私の腰をグイッと引いた。


(な、なにっ!?)


 突然のことに驚いて隣を見るとニッコリと微笑まれた。けど、琥珀の瞳は笑ってない。まるで、他の人を見ることを許さないというかのように。


 ゾクリと寒気を感じたところでリロイがナヴァ子爵に視線を戻した。私に体を密着させたまま。


(逞しい胸筋を押し付けられても困るんですが!? 筋肉があるって無言のアピール!?)


 困惑している私を置いてリロイが平然と話しを進める。


「騎士としての実力もあり、将来を期待されていると耳にしました」

「ハッ! ありがたきお言葉!」


 突然の褒め。今までと違う流れに広間の空気が緩みかけた……が。


「その名声と人気を利用して下町で平民の婦女子との浮名が絶えないとお聞きしました」

「なっ!?」


 直立のまま顔を青くしているナヴァ子爵にリロイがにっこりと微笑む。


「王都に私生児を残してローレンス家に婿入りというのも、どうかと思いますが」


 私生児とは貴族と平民との間にできた子の呼び名。身分の違いから自分の子と認められないため金銭の援助だけするという、貴族社会では珍しくない話。

 そして、そこから後継者問題に発展することも。


 念のために私は忠告した。


「私生児がいる方の婿入りは遠慮していただきます。ローレンス家は一族の繋がりが強く、その結束力で領地を守っております。それを乱すような者は婿入りにふさわしくありません」


 契約結婚でも最低限の節度は守っていただきたい……のに、男たちが顔を見合わせて戸惑っている。


(え? どうして? まさか、みんな……)


 嫌な予感にのまれかけているとリロイの鋭い声が走った。


「ちなみに隠そうとしても無駄ですよ。徹底的に調べますから」


 そう断言すると、リロイは次の標的に声をかけた。


「あぁ、そちらにおられるジャーマン・ハトリック男爵は、斬新な事業を立ち上げ、男爵位を授与されるほどの活躍をされておりますね」


 クセがある茶色の髪に垂れた茶色の目をした男前な三十歳前後の男性が顔を引きつらせた。渋みと色香を漂わせた姿はかなりモテそう。

 というか斬新な事業をして成功させているなんて、貴重な頭脳じゃない! 物流問題に関しても今までにない解決策が出るかも!


 期待に心を膨らませかけた私に鋭い視線が刺さる。ソッと隣を見ると、リロイが冷めた笑みを浮かべていた。腰にある手に力が入る。


(これは、期待しただけで潰される! 私の腰が!)


 本能で腰の危機を察した私は反射的に愛想笑いで誤魔化した。

 そんな私の腰の危機など知るはずもないジャーマン男爵が口ごもりながら話す。


「いや、私なんて、そんな……」


 リロイが冷めた笑みを私からジャーマン男爵に移した。


「遊びも派手だそうで、あなたを巡って複数の女性が刃物を持ち出して刃傷沙汰になったとか。人気がある方は大変ですね」

「それは、その……」

「しかも、まだ未解決で女性たちがお互いに脅迫文を送りあっているとか。そのような状態で婿入りなどと噂が流れたら、女性たちの刃先がどこに向かうか……分かりますよね?」


 光がない琥珀の瞳がジャーマン男爵を刺す。


私の・・ソフィアに危害が及ぶようなことがありましたら……」


 感情がない笑顔のまま背後から漆黒よりも暗いナニかが這い出す。

 ザリザリと目に見えないナニかが広間を侵食していく。底が見えない深淵。引きずりこまれたら最後、出るところか光さえ見えない闇。

 異様な気配に人々が後ずさる。


「徹底的に潰しますよ。それこそ髪の毛一本、残さずに」


 耐えきれない重圧にジャーマン男爵がその場に尻もちをついた。青を通り越して真っ白になった顔で何度も頷く。

 リロイが笑っていない目で微笑み、少しだけ気配が緩む。

 その瞬間を逃さず、ジャーマン男爵は立ち上がった。もつれる足で何度も転びそうになりながら、悲鳴に近い叫び声をあげて逃げだす。気がつけばナヴァ子爵の姿もない。


 ここでようやく私は宰相が警戒しながら広間に入った理由が分かった。


(リロイがいたら全てをぶち壊されるから、いないことを確認して広間に入ったのね)


 もし、最初からリロイが広間にいたら、物流問題の解決策や婿入り条件の詳しい説明もできなかっただろう。最低限の説明ができたのは良かった。


 横目で宰相を確認したら死んだ魚の微笑んでいる。達観したような、こうなることを予想していたような顔。


 リロイによる暴露大会は続行中。けど、要領がいい人はこっそり逃走している。

 宰相に質問をした強心臓の持ち主のフィンレーもいつの間にか姿を消しており、被害は集まった人数の半分ほどに。


(それにしても、私って男運がないのかしら……)


 私は宰相と同じように死んだ魚の目で成り行きを見守った。




 こうして数刻が経過。

 太陽が真上に登った頃、広間からすべての人が消え、リロイがスッキリした顔で言った。


「さて、こんなものですかね」

「これだけの情報をよくご存じで」


 げっそりとした私とは対照的に、活き活きとしたリロイが話す。


「人の弱みはいくら握っていても多すぎることはありませんから。弱みが必要な人がいましたら教えてください。いつでもお教えしますよ」

「……遠慮しておくわ」


 何も言えない私にとどめの一撃が降る。


「では、一緒にローレンス領へ行きましょう」

「何故です!?」

「もちろん、物流問題の解決策を探るために」

「ですが、第三王子が自らローレンス領に行かれなくても……」


 無骨な指が私のこめかみから流れる淡い金髪を絡めとる。リロイの唇が私の耳に近づき、微かに触れた。


「ロイ」

「え?」


 甘く心をくすぐる囁きで、私にだけ聞こえる声で請う。


「ロイ、と名を呼んでください。前世と同じように」


 王子の命では断れない。でも、その名は呼べない。その名は――――――


 考えた私は第三王子の名前を口にした。


「……リロイ殿下」


 その瞬間、綺麗な眉間に不満気なシワが寄る。予想通りの反応。


「ちゃんとお呼びしましたよ」


 平然と切り返した私にリロイが眉尻をさげた。


「……今はそれで我慢しましょう。では、一緒にローレンス領へ。明日の早朝に出発します」

「早い! 早い! 早いです! そんなにすぐ準備できません!」

「大丈夫ですよ。こちらで準備は済ませておりますから」

「どういうことですか!?」

「言葉の通りです」


 にこやかな宣言通り、翌日にはリロイと共にローレンス領への里帰りが実行された。





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