数日後。
お触れを見て興味を持った人々が詳しい説明を聞くため、王城の広間に集まった。
私と少し下の年代から祖父ぐらいの年齢の人まで様々な人がいる。
(かなり高齢だけど……孫の代わりに話を聞きに来たのよね? 婿入り希望じゃないわよね?)
私が探るように見ていると、老人がこちらを向いた。視線が合った瞬間、真っ白な髭をたたえた口角がニヤリとあがり、シワが刻まれた目が細くなる。好色家のような熱くジットリとした眼差し。
(婿入り希望だ!)
嫌な汗がドッと出た私は速攻で目をそらした。
(で、でも年の功で画期的な策を持っているかも。今日は説明だけだし……)
広間の端で必死に自分に言い聞かせる。
「それにしても、いろんな人が集まったわね」
騎士のような立派な体格の人から、上等な正装に身を包んでいる者、外見に自信がありそうな色男まで。友好的、好意的な視線から、好奇や奇異の目が集まる。その裏にある様々な思惑まで。
(景品……いや、報酬の一部なんだから、注目されるのは必然)
我慢、我慢、と伯爵令嬢の仮面を被り、広げた扇子の下で微笑みを浮かべる。
今日の私はネモフィラのような青のドレス。上半身は白だが、腰から下は水色から青へとグラデーションになっている。
ネモフィラの花言葉は「成功」。カードで占った結果で選んだドレスだけど、ある意味ピッタリ。
(ローレンス領を魅力的に宣伝して、物流問題の解決策を出して婿入りさせたいと思わせる。今日は、それを成功させる!)
奮起する私。そこに数日前に王の執務室で会った宰相が広間に入ってきた。キョロキョロと確認するように全体を見渡す。
(誰か探している?)
首を傾げて様子を見ていると、宰相はそそくさと集まった人々の前に出て、よく通る声を響かせた。
「この度はよく集まってくれた。これより詳しい説明を行う」
ざわついていた広間が一斉に静まり返る。
「知っての通りローレンス領は他国からの侵攻に対して我が国の要塞の要。高き山々によって守られているが、ローレンス領を孤立させているのも、また事実。この度はその問題を解決する案を集める。予算などを踏まえ、数年以内に実現可能であること。案が採用された者はローレンス辺境伯令嬢との婚約と報酬、提出した案を実行する権限を与える」
つまり一大事業を任せるってことね。うまくやれば莫大な雇用と収益が生まれる。
私と同じ考えのようで参加者たちの目がギラつく。そこに宰相が釘を刺した。
「ただし、ローレンス領に婿入りとなれば前線での戦いも視野に入れねばならない。戦術、統率力、そして本人の武力。そこも必要になる」
ひそひそ声とともに私に視線が集まる。
「何か質問はあるか?」
再び静まり返る広間。そこに落ち着いた声があがった。
「はい」
まっすぐに挙げられた手。サラリと流れる茶色の髪に理知的に輝くこげ茶色の瞳。顔立ちはそこそこ。同年代ぐらいで体格は細く、武人というより文人という雰囲気。剣より本が合う。
「そなたは……クレメント侯爵の子息だったな」
「はい。フィンレー・クレメントと申します。質問よろしいでしょうか?」
「許可する」
フィンレーが私を横目で見た後、すぐに視線を宰相に戻して訊ねた。
「提案者が婿入りの条件を満たしていない、もしくは未熟だった場合は、解決策がどんなに良案であろうとも却下されるのでしょうか?」
「それは提出された解決策による。他と群を抜いて優秀であり、それ以外の案がないというのであれば、婿入りの件については検討されるが、努力はしてもらう」
「なぜ、そこまで婿入りにこだわるのでしょうか? 解決策だけで十分だと思いますが」
当然の疑問に私は視線をそらした。
(私だって解決策だけでいいのよ。しつこいリロイから逃げるために咄嗟に言ったことが、こんな
宰相の説明を待っていると、聞き覚えが深い美声が響いた。と、同時に体を引き寄せられる。
「この問題についてはローレンス領が深く関わります。領土の地形、防衛など様々な点でローレンス領主との打ち合わせも必要となるでしょう。その重要な問題に赤の他人が関わるより、婿入りする身内の方が都合が良いことは明白です」
突然のことに硬直してしまった私の隣で悠然と解説するリロイ。
ピッタリと密着させた体。伝わる体温。鼻をくすぐるレモングラスの香り。そして、視界の端で揺れる真っ赤な髪。誰にも渡さないと主張するように私の腰にまわされた手。
逃げるどころか、少しも離れることができない。
宰相に助けを求めて視線をむければ諦めたように顔を左右に振られた。
そこにリロイが笑みを浮かべ、笑っていない目で宰相に問いかける。
「説明会があるなら、私に一声あってもよかったのではありませんか?」
穏やかな口調ながらも、ドス黒い気配が込められた声音。
宰相が無理やり口角をあげて弁解する。
「立案者である第三王子に説明は不要かと思いまして。貴重なお時間をわざわざお使いいただくほどのことでもありませんし」
「そのような気づかいは不要ですよ。私はいつでも暇しておりますから。それに……」
私の腰に添えられていた手に力が入り、より体が密着する。
「ソフィア嬢に関わること以上に重要ことはありません」
断言をするリロイに宰相が固い笑顔のまま黙った。
二人の様子に広間に集まっている人々に戸惑いが広がっていく。
この事態をどうするか悩む私を放置してリロイが広間に視線をむけた。
ザッと全体を確認した後、私が最初に気にした祖父ほどの年齢の男にリロイが微笑む。
「これは、これは、ホイット・カバヴィ伯爵。ここで会えるとは」
声をかけられたのが意外だったのか名前を呼ばれた男が白い髭をピクリと震わした。しかし、すぐに対外的な笑顔でにこやかに言葉を返す。
「第三王子に名を覚えていただけていたとは。恐悦至極でございます」
「えぇ。ホイット・カバヴィ伯爵といえば、二十回ほどの離婚、別離を繰り返し、一年前に四十も年下の令嬢と婚約をされたと有名でしたから」
リロイの発言にホイット伯爵の表情が凍る。同時に宰相の顔が曇った。
広間中の視線が集まる中、リロイが悠然と言葉を続ける。
「ここに出席されているということは、婚約された令嬢とは上手くいかなかったのでしょうか? そういえば、婚約中であるのに手を出して令嬢に怪我をさせ、内密で処理しようとしているとか」
「な、なぜ、それを!?」
ホイット伯爵が叫ぶように声を出したが、周囲からの視線ですぐに姿勢を正した。
「し、失礼。急用を思い出したので」
第三王子が相手では分が悪いと判断したのか、ホイット伯爵が逃げるように広間を後にする。
(え? まさか、一人脱落? でも、問題だらけみたいだったし、ここで退場してもらって良かったかも)
人々が啞然と見送る中、リロイが視線を移した。
「おや、そこにおられるのは、ゲーデット・サイモン侯爵では? 先祖代々受け継がれた資産をお持ちでしたが、振興事業への投資で莫大な損失が出たそうで。ローレンス領の物流問題の解決策を考えられるより先に、ご自身の問題を先に解決されたほうがよろしいのでは?」
上等な服に身を包んだ中年の紳士が顔を引きつらせながら答える。
「第三王子に心配されるまでもなく、我が侯爵家は安泰ですので」
「そうですが。私の杞憂でしたなら、失礼いたしました。ところで……ゲーデット侯爵は既婚者ではありませんか?」
思わぬ衝撃の事実に私は言葉を失った。
(どういうこと!?)