私は軽く頭を振って、正面から王を見据えた。
普通なら不遜な態度と咎められるだろうが、王の隣に立つ臣下は何も言わない。灰色に近い銀髪を一つにまとめ、灰色の瞳が静かに私を見つめる。
肩にかかる髪を払った私は堂々と訊ねた。
「今回のこと、物流問題以外に関わっていることがあるのでしょうか? 『私の婚約者になる』ということを報酬にしなければならない理由が」
王が困ったように口元を緩める。
「さすが、マルグリットの娘だ。なかなかに鋭い」
母は外見、所作ともに優雅でおっとりしているように見られるが、鋭い観察眼の持ち主でもある。それぐらいの実力がなければローレンス領主の妻は務まらない。
私の視線から逃げるように王が椅子から立ち上がった。ゆっくりと歩き、庭が一望できる窓へと近づく。
窓に反射して映る私に王が訊ねた。
「我が息子、リロイと初めて会ったのは、いつだ?」
胸がドキリと跳ねる。
まさか正直に前世からの繋がりで、なんて言えない。言えるわけないし、信じてもらえないだろう。
「……数日前に王城で開催されました舞踏会で初めてお会いいたしました」
王が悠然と振り返る。リロイより濃い琥珀の瞳が私を射抜いた。
反射的に引きそうになる足を踏ん張って堪える。
(事実だし城内で私がリロイに追いかけられる姿を見た人もいる。嘘は言っていないから問題はない……はず。それでも、相手が王っていうのはやりにくいわ)
前世であれば魔女は国に属さない自由な存在として扱われていた。途中から迫害の対象で、国から追われるようになったけど。
感情を読み取られないように無表情で待っていると、王が半信半疑の口調で呟いた。
「本当に最近、出会ったのか? この短期間に何があった? 何故、そなたに執着するのだ?」
「私の方が聞きたいです」
嘘偽りない私の本心。誰か教えてほしい。
王が眉間にシワを寄せ、窓の外を見つめた。
「ローレンス領の物流問題の解決について、婿入りの報酬も含めてリロイが自ら提案してきた。異性に一切興味を示さず、婚約者を作ることも拒否してきたのに、婿入りしたいと言っているかのよう……というより、婿入りするという念押しが入っていたな」
「……第三王子は頭を強打するようなことがありましたか? 馬に蹴られたか、見張り台から落ちたか、毒でも飲みました?」
無礼千万な言い方だったが王が神妙に首を横に振る。
「私もそれを疑ったが、そういう報告は一切なかった」
(疑ったんかい!)
心の中でツッコミを入れる私に王が話を続ける。
「私が言うのもだが……リロイは我が息子ながら何を考えているのか分からない。いや、先を考えすぎていて追いつけないのだ」
「はぁ……」
なんとなく同意するところもある。先を考えすぎてというより存在が未知すぎるけど。
「二手三手先を読むぐらいなら普通にあるだろう。だが、リロイは最低でも十手先。場合によっては百手先を読む」
「はぁ……」
「そのリロイが今回の話を持ってきた。しかも、自分もローレンス領の物流問題の解決策について提案する、と」
私は即座に王へ進言した。
「提案することは良いかと思います。解決策は一つでも多い方が良いですから。ですが、第三王子が辺境伯への婿入りは問題が多いかと。解決策の提案だけ、というのはいかがでしょう?」
「私もそう考えて説得したのだが……」
歯切れが悪い。嫌な予感がする。
王が振り返って私を見た。
「自分だけ条件を変えるわけにはいかないと聞かなくてな。ここまで執着するリロイは初めて見た」
どこか感動しているような王の声。
(いや、そこは王が止めるところでしょ!)
叫びたいところを我慢して一歩踏み出した。
「条件がどうこうより王子としての身分を考えるべきかと。第三王子ともなれば、他国との婚約話もあるでしょうし、そちらに力を入れるべきでは?」
「そうなのだが……」
王が気まずそうに私から視線をそらす。
私はずっと銅像のように立っている臣下に訴えた。
「辺境伯に婿入りするより、他国と婚約したほうがずっと国益になりますし、他の有力貴族と婚約をして王家の力を確固たるものにした方が良いと思いません?」
臣下が無言のまま灰色の瞳をそらす。
「そこは逃げずに、臣下として王や王子を諫める立場でしょう!?」
「……すまない」
(謝られた!? お父様と同じぐらい年配の人から!?)
衝撃の展開に私の声がうわずる。
「ど、どういうことですか!?」
王が間に入り、私に臣下の紹介をした。
「彼はセドリック・ヘイグ侯爵。宰相だ」
数々の国内問題、外交を解決してきた、かなりやり手の宰相だと聞いている。
(その宰相に謝られたって、どういうこと!?)
宰相が私から視線をそらしたまま重い口を開く。
「ソフィア令嬢には申し訳ないが、生贄……いや、供物……ではなく、人柱に……」
「どんどん言葉が悪くなっていません!?」
申し訳なさそうに宰相が銀色の髪で顔を隠した。
(どういうこと!? リロイが婿入りするなら周囲が反対すると思って提案したのに!)
王と宰相の顔を交互に見るが、二人とも徹底して私から顔を背ける。日差しが差し込む明るい執務室たっだのに、暗く淀んだ空気で沈む。
王が仕切りなおすように咳払いをした。
「と、とにかくリロイが本気になれば物流問題に関しては良き解決策が出ると思う。それを採用するか、どうかはソフィア嬢に任せる」
(最終判断を私に丸投げ!?)
「ちょっ、それは卑怯じゃないですか!?」
さすがに不敬罪になる言葉。
だけど、王は死んだ魚のような目で庭を眺めたまま呟いた。
「儂ではあいつを制御しきれん」
(本音でた!?)
リロイは王家でどういう存在なの!?
「そこは王の力で……」
私の縋るような声を、王が首を振って払う。
今まで髪で表情を隠していた宰相が開き直った笑顔を作って私に言った。
「リロイ王子は有能な方です。ローレンス領を今以上に繁栄へと導くでしょう」
「なんで、婿入りが決定した話し方なんですか!? 他の候補の方もいますよね!?」
王がゆっくりと振り返る。その眼差しには哀れみと同情に満ちていて……
「数日後に王城にて今回のことについて興味を持った者を集めて説明をするが……」
「なら、その中の誰かが!」
光明が差した私を宰相の冷徹な声が潰す。
「他の者がリロイ王子を上回る解決策を出すとは思えません」
私はその場に崩れ落ちた。ふかふかな絨毯が沈んだ私を包み込む。シクシクと声を殺して泣く……真似をしてみる。
(こうなったら、泣き真似でも何でもして同情を……)
悲嘆に暮れる演技をしている私に宰相の冷静な突っ込みが入った。
「綺麗なドレスが汚れますよ」
「どこぞの薄情執事と似たことを言わないでください!」
泣き落としも通じないと悟った私は素早く立ち上がった。
王がやっと私に視線を戻す。
「ディラン辺境伯には私から書面で説明をしておく。ソフィア嬢はリロイと婚約する覚悟を決めてくれ」
「いえ! 他の方の可能性もあります!」
フッと二人から生温かい視線が送られた。失礼すぎる!