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第6話 Past and future(2)

「今度、有志を集めて戦略研究会を立ち上げるんだ。おまえも来いよ、ミハエル」


 仲間に誘われたのだと気づくのに、数秒を要した。あまりに無茶振りだ。


「どうして僕なんか……落ちこぼれだって知ってるでしょう」

「模擬戦で俺を負かしたじゃないか」


「まぐれです。たったの一度ですよ。僕は先輩に相応しくありません」

「相応しいか相応しくないかは、俺が決める」


 僕は距離感を図りかねて戸惑った。レキシアと同じ景色を見てみたい。けれど、その資格がないのは自分がよく知っている。


「あきらめてください。僕と先輩は」

「俺が嫌いなんだ?」

「え……嫌いじゃ。ないです、けど」

「女の子みたいだって言ったの怒ってるのか」

「それは、もう別に」

「じゃあ、なんで」

「先輩こそどうしてそんなに押してくるんですか」


 僕は困り果てた。交友関係が希薄で正解がどんなものかわからない。みんなレキシアみたいに積極的なんだろうか。


「俺は優秀な人材が欲しいんだ」

「僕はほど遠いです。ごめんなさい」

「入会したいって言葉が聞きたいんだよなぁ」


 どう断ってもレキシアが納得しない。あきらめてもらうために事実を話そう。優等生と劣等生は一緒にいちゃだめなんだ。


「母が亡くなってから孤児院に入るまで、ひどい生活を送ってたんです。ひとに言えないこと、たくさんしました」

「へえ……? どんな?」


 レキシアは興味深げに僕を見た。察して欲しかったのに、これじゃ逆効果だ。


「秘密です。話したくありません」


 話したら、軽蔑される。僕はまだレキシアに嫌われる準備ができてない。だから、話す勇気が出ない。


「じゃあ、もっと仲良くなったら教えてくれよ」

「絶対仲良くなりません」と断言すると、レキシアが気を悪くするでもなく「冷たいな」と笑った。


 レキシアの飾らない言動は、僕の気持ちを動かそうとする。トップに立つ器を持っているのに、つまらない足の引っ張り合いに邪魔されて、本来の能力を封じられてしまうなんて馬鹿げてる。


 つまらない嫉妬から、悪意から、レキシアを守ってあげられたらどんなにいいだろうと淡い夢が頭をもたげた。でも……。


「わかった。一旦ペンディングってことで」


 かたくなな僕にあきれたのか、レキシアが話題を切り上げた。僕はほっとした。時間が経てばレキシアの気も変わるだろう。


「まずは明日中に必ずゴールしよう。夜は暖かいベッドで眠れるようにする。今夜は我慢な」


 レキシアが僕の頭をぽんぽんとたたいた。弟にするような優しい仕草だった。子ども扱いされてる。でも嫌じゃなかった。レキシアって、不思議なひとだ。


***


 星を頼りに夜通し歩いた。星座の基本を知らない僕に、レキシアがわかりやすく説明してくれる。


 話はどれも面白く新鮮だった。質問するとすぐに答えをくれる。僕は関心しきりだった。遭難しかけてるのに、不安はいつの間にか消えていた。


 翌日下山した僕たちは、怪我もなくゴールできた。疲れたけど、楽しかった。こんな風に思えたのはいつぶりだろう。


 規定時刻を大幅に超過して教官たちに心配をかけたものの、迷子ロストは毎回想定内のアクシデントでペナルティはなかった。


 罰則が下ったのはレキシアを嵌めた上級生のほうだ。不用意な行動でチームを危険にさらした。当然の結果だった。


 その後、何度か合同演習があったものの、レキシアと同じ隊になることはなかった。


 校舎内ですれ違うとレキシアはいつも仲間に囲まれていた。言葉を交わす機会はなく、研究会へ誘われることもなかった。


 寂しいとか、そんな感情は湧かなかった。これが望んだ日常だ。淡々と授業に参加して、ひとりの時間を過ごす。何にもわずらわされない。 


 以前と変わったのは、勉強してみようという気になったことだ。


 レキシアのいるレベル、その視点から見える世界がどんなものか興味があった。学べば学ぶほど、固定観念が崩されていく。視野が広がっていく。


 面白い。もっと触れたい。知らないことを知りたい。知識欲がどんどん膨らんだ。一年生の時とは大違いだった。


*


 勉強が軌道に乗り始めたある日、思いがけないことが起きた。

 僕の秘密は、この日、秘密でなくなる。

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