入学後寮生活が始まり、当然ながら意識の高いクラスメイトの熱量についていけなかった。
試験でいい点を取りたいとも思わず、成績はいつも下位の劣等生だった。
レキシアは僕と真逆の優等生だ。試験は大抵首席で、座学のほか射撃や操縦の運動神経も抜きん出ていた。父は政府高官、母は刺繍の先生と、軍人家系ではないのが意外だった。
自費入学の裕福な生徒が大半を占める中、奨学生はごく少数で、二者の間には見えない壁が存在した。
裕福組のレキシアはいつも仲間に囲まれていて、言葉を交わす機会はなかった。わざわざ友人になろうとは思わなかったし、羨ましいとも感じなかった。
人と関わるのは苦手だ。人種が違う。一緒にいたら疲れるだけ。無理して相手に合わせるくらいなら、ひとりでいたほうがマシだ。
レキシアと初めて言葉を交わしたのは、入学から半年以上経った剣戟の授業だった。学年対抗トーナメントの決勝戦で、レキシアと当たった。
剣戟は数少ない得意科目だったけど、レキシアも勝ち上がってきた分、あなどれない。さあ、どうやったら勝てるだろうか。
『女の子みたいに華奢だな』
僕を評するレキシアのなにげないひと言が闘志に火をつけた。
対戦開始のホイッスルが鳴ると同時に斬り込んだ。
二度、三度とお互いの剣が空を切る。
連戦の疲れか、レキシアの動きが一瞬にぶった。
僕はそれを見逃さず、間合いをつめ足払いをかけた。
体勢を崩したレキシアが立ち上がる寸前、僕は喉元に切っ先を突きつけた。
*
「あれは完敗だった」
レキシアがふっと笑い、「それに」とつけ加えた。
「おまえ、しばらく俺のこと避けてただろ。話しかけてもしばらく無視されたもんな」
「避けてたっていうか……どんな風に接したらいいかわからなかったんだよ」
文武両道で人望もあるレキシアと劣等生に共通点はない。気後れした最大の理由は、僕の意識の低さだ。
本気で軍人を目指す覚悟など、僕にはなかった。卒業さえすれば何とかなる。その程度だった。レキシアとの隔たりは、天と地ほどの差があった。
二学年への進級試験で素質ありと判定された僕は、パイロット育成に特化したクラスに振り分けられた。
できれば後方勤務に就いて、目立たず平穏に暮らしたい。そんな僕の意識が突然高まるはずもなく、実技や航空宇宙学以外の成績は相変わらず低調のままだった。
地上演習の訓練で再びレキシアと一緒になった時、僕に転機が訪れる。
視界の悪い大雨の日だった。分隊編成で山越えする際、仲間とはぐれ遭難しかけた。レキシアの活躍をやっかんだ上級生が工作して、僕たちふたりを孤立させたんだ。
手元にあるのは偽ルートのアナログマップだけ。コンパスもなく、引き返すこともままならない。どの道を進めばゴールできるのか、見当もつかなかった。
「バイタルが下がれば、さすがに救助がくる。ミハエルはどうしたい?」
生徒の体調と現在地のデータは、リストバンドからリアルタイムで本部に送られている。SOSを出してすぐ迎えに来てもらいたい。けれど、レキシアの考えは僕みたいに甘くなかった。
「やられっぱなしでギブアップは悔しいだろ。行けるところまで行きたいんだ。もちろんミハエルはここで降りてもいい」
「行きます一緒に」
置いて行かれても困るので即答した。
不安いっぱいの僕とは反対に、レキシアはずっと冷静だった。
夜を待とう。雨が上がれば、星が見える。進むべき方角がわかる、と。
そのとき思ったんだ。このひとは、世界がどんなふうに見えてるんだろう。
目の前に壁があったら僕は諦めてしまうけど、レキシアはものともせず乗り越えるに違いない。
そこからは、どんな景色が見えるのか。
このひとと一緒に上を目指したら、僕のモノクロの世界も鮮やかに彩られるだろうか。
***
木陰で冷たい雨をやり過ごすあいだ、ガスカートリッジでお湯を沸かしてインスタントコーヒーを淹れた。
ステンレスのマグカップから白い湯気が立ちのぼる。味はともかく体が内側から温まっていく。
「……エヴァレット先輩はどうして軍人になりたいんですか」
僕は話の切れ間に訊ねた。祖国や家族、出世のため? 敵を叩き潰したい――?
「戦争を終わらせるためだよ」
それは僕にとって、目から鱗の答えだった。歯車の一部として参戦するんじゃなく、自らの手で終わらせようとしてるんだ。
「すごい……」
「馬鹿な夢だと笑わないのか」
「どうしてですか? 僕には無理だけど、先輩なら可能な気がします」
率直な気持ちを口にすると、何故かレキシアは居心地悪そうに肩をすくめた。
「俺は惑星アウラの出身なんだ」
デミトリオスの南方にある第九惑星だ。三年前、ケルサスとの戦いに巻き込まれた。
「俺が十一歳の時だった。爆撃されて人が住めるような場所じゃなくなって、家族でデミトリオスに移住したんだ」
元をたどればケルサスの侵攻が発端だった。デミトリオスは権益を認めさせるために反旗を翻した。
どちらかが再起不能にならない限り戦争は終わらない、けれど双方の勢力は拮抗したまま半世紀が経つ。隷属に成り下がれば搾取され続ける、それを回避するために。
「何かしらの合意を結んで決着できれば、そこで戦争は終わるはずなんだ。それが長い間実現不可能なのは、なぜだと思う?」
問われて僕は少し考え込んだ。
「憎しみが消えないから? それと……戦争が終わったら困る人達がいるから、ですか。武器や、造艦会社みたいな企業とか」
レキシアは頷き、その他には? と更に問いかける。思いつかず、首を傾げた。
「デミトリオスは第一宙域にあるだろ?」
僕達の星系セレス銀河は四宙域あり、デミトリオスは第一宙域に属している。
「いまは四つの宙域が互いに協力関係にあるけど、ケルサスとの戦争が終われば団結する必要がなくなる。どこかが離反したら均衡が崩れる。そうなれば宙域同士、またはセレス銀河全体で主導権争いが始まるかもしれない。きっと政治家はケルサスと戦ってるほうが健全だと思ってるよ。終戦したら失業者も増えるし、企業の献金もなくなる」
少し乱暴な気がしたけど、政治的思惑や外交が戦争に影響を及ぼしてるであろうことは、僕でも想像がついた。
「軍人より政治家になったほうが改革に携われるんじゃないですか」
「政治家は若いと信用されないんだよ。その点、実力主義の軍人なら目標に早く近づける。どちらにしても、ほかの誰より秀でた力が必要なのは変わらないけどな」
まだ十四歳なのに明確なビジョンを持っていることに驚かされた。自分と差がありすぎて、感心するどころか怖くなる。やっぱり人種が違う。別世界のひとなんだ。