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第3話 Draw(2)

「一段落したらミハエル殿の好きなお茶をお淹れしますよ」


 ラウルなりの気づかいだった。親しいからといってずかずかと入り込んできたりせず、かといって傍観者を決め込んで冷たいわけでもない。


 必要なときに必要な配慮をしてくれる。甘えたがりなのかもと反省しつつ、やっぱり今日もラウルの優しさに甘えることにした。


「ありがとう。本当はお酒が飲みたい気分だけど」

「私もです。代わりにブランデーケーキをご用意しましょう」

「ラウル、おれにもひと切れ」

「エリックの分はありません」

「なーんでおれは塩対応なんすかぁ」


 ぼやくエリックを連れ、ラウルが残務の片づけに向かった。いつも通り接してくれるのがありがたい。


 不完全燃焼の収束でも、今後を思えば仕切り直しはプライマリにとって好都合かもしれなかった。


 あくまで全体の話で、個人的には納得がいかない。上官の代理で捕虜になるとは、夢にも思わなかった。


 指令室に向かいながら自分の胸の内を見つめてみる。

 心の抵抗が強い。軍人ならどんな命令であれ従うのが当たり前なのに。


 いつの間にか怠惰になってしまったのかな。レキシア以外の命令は聞きたくないなんて、良くない傾向だ。


 レキシアが首都星デミトリオス作戦本部に一連の流れを報告すると、バルツァーの申告通り実兄エルンストが収監されている事実が確認された。


 議会による承認手続きが済み次第、送還準備に入るらしい。思いのほか早い対応だったのは、ネスラーと大将が政治家と強い繋がりを持っていたからだ。


 戦いぶりはどうあれ、軍の上層部までのぼりつめたのだ。政治的に優遇するのが得策との思惑もあるだろう。


 戦場となったラクリマ星域は、プライマリの首都星デミトリオスとケルサスの首都星レガリアの中間地点にある。両軍ともワープ航法で五日の距離だ。


 すみやかに手続きがなされたとして一週間、エルンストを乗せた艦が出発するまでさらに一週間、首都星デミトリオスからここまではワープ航法で五日かかる。


 数万の兵を抱えたまま待機とはいかず、大将と僕が交代した後、各々の首都星に一旦帰還する段取りが組まれた。


 出発予定時刻まであと数時間。僕はレキシアたちと艦橋ブリッジ奥の司令室にこもり、ラウルが淹れてくれたハーブティーを飲んでいた。


 指令台コマンドフロアからさらに上の、中二階にあるこぢんまりとした部屋は、レキシアの執務室と休憩室を兼ねていて、片側に星々を見渡せる大きな窓と仮眠ベッド、ミーティング用の円卓が置いてある。


「ミハに白羽の矢が立つのは、どう考えてもおかしいっすよ!」


 エリックが文句を言いながら、ブランデーケーキを二切れ平らげた。


「騒ぎ立てても状況は変わりません。おつらいのはあなたではなく、ミハエル殿なのですよ」


「老害の嫌がらせっすよ? なんでみんな冷静なんすか!」

「大声を出すな、エリック」


 レキシアの抑制のきいた声に、エリックが続く言葉を飲み込んだ。表に出さないだけで、誰よりも怒っているのはレキシアだった。


 自分にもっと権力があれば理不尽な命令に従わずに済んだ――ふたりきりのとき悔しさをにじませたレキシアの胸の内は、わずかでも傷ついていたに違いない。


 バルツァーに将官以上の者を代理とするよう条件がつけられ、ネスラーは僕を選んだ。


 何十人といる将官の中で一番若い僕が代理なら、不平不満は出ないとの考えなのだろう。


「決まったものは仕方ないし、この際、動ける範囲で偵察してこようと思ってるんだ。考えようによっては得るものが多いかも」


 みんなの負担になりたくなくて、わざと自分を奮い立たせるようなことを言ってみる。実際は敵地で過ごす自分の姿なんて、まったく想像できなかった。


「ミハ前向きだなぁ、健気過ぎ」

「エリック、公の場でミハエル殿を呼び捨てにしたりしてないでしょうね」

「えーたぶん」


 階級が違えば敬語は必須だ。ただ、パイロット仲間の気安さもあって、エリックには敬語を求めていない。


「これじゃ食欲がなくなるってもんすよ」


 僕もエリックと一緒に愚痴りたい心境だったけれど、ストレートに感情表現するのは立場上はばかられる。


 胸の内にしまって格好だけは前向きにしておきたい。一時的とはいえみんなと離れるのが寂しいなんて、子供じみた弱音は吐けないんだ。


「レキ殿、護衛をつけるんでしょう? その役、おれが引き受ける」

「却下だ」

「どうしてっすか」


「おまえは戦闘に欠かせないパイロットだ。本分を守れ」

「停戦中でしょうよ」


「この会戦においては、だ。バルツァー艦隊以外の残存兵力まで大人しくしてる保証はない」


「だからって……おれたちの大事なミハエルが敵方に渡っちまうんですよ! 守ってやらなきゃ」


「わかってるんだよ、そんなことは!」


 たまりかねたようにレキシアが声を荒げた。一瞬場が静まり返り、僕は固唾をのんだ。


 エリックが納得のいかない顔で、ラウルは沈黙を守り成り行きを見守っている。


「やめようよ、僕のことで言い争わないで。エリックの気持ちはありがたく受け取っておくよ。ラウルとドレッドノートに残って、レキを補佐してもらわなきゃ困る。ね?」


 レキシアには上官としての立場が、エリックには友人としての言い分があるのは痛いほどわかる。僕のせいでふたりの和が乱れてしまうのは、とても悲しいことだった。


「エリック、我々は軍人です。従うしかないのです。命令なのですから」


 ラウルに諭され、エリックは悔しそうに両手で髪をぐしゃぐしゃかきまぜた。


「ああもう……かしこまり」

 投げやりに答え、エリックが不機嫌な足取りで指令室を出て行く。


「待ってよ、エリック」

「ミハエル、放っておけ」

 立ち上がった僕をレキシアが制した。


「でも……ちょっとだけ、話してくる」

 どうしても放っておけなくて、僕は駆け足でエリックを追った。

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