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第2話 Draw(1)

 僕の属する第一宙域中央政府軍――通称プライマリと、ケルサス星系連邦軍は敵対し、国家は戦争の只中だ。


 戦場は宇宙空間、終わりの見えない戦いが半世紀続いている。


 第十艦隊旗艦、ドレッドノートの格納庫へ着艦した僕とエリックは、フライトスーツのまま艦橋へ向かった。


「ミハって戦闘艇乗ってるとき冷たいよな」

「普通だよ。エリックがしゃべりすぎなの。私語禁止だってわかってる?」


 エリックはアクセサリー多用で見た目が派手な反面、真面目で気さく。エースの称号は僕とエリックの間でいったりきたりしている。


 可動式歩道オートウォークを降り、扉の虹彩認証に瞳をかざした。はねた金色の髪が画面に映った。ヘルメットを脱いだあとはいつもこうだ。


 指先で軽く直し艦橋へ入ると、張りつめた独特の空気に押し包まれた。


 副官のラウルが僕に気づき敬礼する。紺色の長髪をひとつにまとめ、薄緑の瞳はいつも冷静に物事を見ている。エリックとはいとこ同士、ふたりとも年上の部下だ。


「お待ちしておりました、ミハエル殿」

「ラウル、急な作戦変更だね。何があったの」


 小声で問うと、ケルサス軍から緊急通信が入ったとのことだった。艦隊を束ねる総旗艦への入電ならまだしも、旗下のドレッドノートに何の用だろう。


「レキシア殿が通信に応じられます。ミハエル殿もお立合いください」


 穏やかさの中に緊張が垣間見えた。僕は頷き壇上のコマンドフロアに視線を移した。ドレッドノートの指揮官、レキシア・エヴァレット中将と目が合う。


 レキシアは僕よりひとつ上の二十三歳で、一個艦隊の約半分、六千隻を指揮下に置く。黒の軍服と夜空色の髪と瞳、整った容姿もさることながら、惹きつけられるのは内面から溢れる才気ゆえだ。


 いつもは帰艦後すぐ戦果を報告に行くけれど、今日は勝手が違う。落ち着かないままラウルの横に並んだ。


「ヤバげな会見ぽいっすね」

「エリック、静かに。始まるよ」


 正面スクリーンの映像が切り替わり、深紅の軍服を纏った精悍な顔つきの男性が映し出された。


 年の頃は四十歳前後、波打つ赤褐色の髪と同色の瞳は好戦的な光を宿している。


『私はケルサス連邦軍総司令官、マクシミリアン・バルツァー元帥だ。通信に応じていただき感謝する』


 バルツァーが低音の良く響く声で名乗ると、レキシアも礼節ある態度で挨拶を返した。


「第一宙域中央政府軍、第十艦隊司令、レキシア・エヴァレット中将だ」

『ずいぶん若い指揮官だな』


 バルツァーがレキシアを見てひと言感想をもらした。


「指揮を執るのに年齢は関係ないだろう」

『能力ある者が上に立つのはいいことだ。戦死者が減る』

「誉め言葉として受け取っておく。本題は何だ」


 さすがレキシアだ。敵のトップを前に怖気ることなく渡り合っている。 


『先刻プライマリ第一艦隊の大将を捕縛した。早速だが、提案がある。今回の会戦は、引き分けとしないか』


 通常では有り得ない唐突な申し出だった。艦橋がざわめき、レキシアは眉をしかめた。


「引き分けとはどういうことだ」

『このまま戦い続けても、プライマリが勝利する可能性は低い』

「早々に決めつけると痛い目を見るぞ」


『そう怒るな、貴官の活躍は承知している。だが時すでに遅しだ。仕切り直すほうが賢明だろう。お互い貴重な兵力を損なわず、次の戦のために温存できるのだからな』


「……何を企んでいる? 大将を捕縛した件と関係あるのか」


『左様、取引がしたい。捕虜の交換だ。私の実兄がプライマリの首都星デミトリオスの軍用施設に収監されている。解放し引き渡し願う』


 大将とバルツァーの実兄を交換――。捕虜交換の前例はあるけれど、手続きが複雑で引き渡しには相応の時間がかかる。


「交渉相手を間違えている。何故権限のない俺に持ち掛けるんだ」


『貴官の艦にミハエル・リルシュ准将が乗っているな?』

 出し抜けに名前を呼ばれ、僕は身構えた。


『まず此度の会戦で捕虜となった大将とリルシュ准将を交換する。兄の引き渡しの際、リルシュ准将はお返ししよう』


「まわりくどいこと極まりない。そのまま大将を捕虜としておけばいい話だ」


 レキシアのもっともな言い分に、バルツァーは薄く笑った。


『ずいぶん上官を無下に扱うのだな。大将は体調を崩している。プライマリの総司令、ネスラー元帥が代理としてリルシュ殿を指名したのだ』


「ネスラーが?」


 僕の心臓が嫌な音を立てた。戦闘のさなか、いつの間に取り決めたのだろう。


「何故ミハエルなんだ」

『将官以上の者と条件を出した』


 そういうことか……。ネスラー元帥は一番無難な年少の僕を推挙したんだ。


「将官はほかに大勢いるだろう」

『逆に問うが、リルシュ准将では頷けぬ訳があるのか。友人は特別扱いか』


 レキシアが一瞬言葉を失くした。


『部下を一人差し出せば即時停戦、負けずして全員帰還できるのだ。迷う理由はあるまい』


 ネスラー元帥は僕一人の命と、全軍の命を無慈悲な天秤にかけた。命令は絶対だ。替えなどきかず、抗弁も許されない。


『では即時停戦だ。両軍、旗艦をのぞき全艦射程圏外へ下がらせよ。準備でき次第、そちらに迎えの小型艇を向かわせる』


 通信を切ったレキシアが、手の平で指揮卓を叩きつけた。触れたら火傷しそうなくらい、怒りの熱が伝わってくる。


 一方で、僕の体からは血の気が引き、寒気を感じるほどだった。


 肩で大きく息をしたレキシアが、指令台コマンドフロアの下に控えていたラウルを呼んだ。


「交代で食事と休息を。全艦に通達してくれ」

「かしこまりました」


「ミハエル」


 レキシアに呼ばれ顔を上げた。夜空色の澄んだ瞳が憂いをおびている。


「着替えたら指令室へ来てくれ、今後の件を打ち合わせる」


 一方的な命令を押し付けられるのは初めてじゃない。レキシアも僕も何度となく経験がある。その度に揺れ動く気持ちを抑え頑張ってきた。


 苛立ちや憂鬱が次々浮かんでは消えていく。エリックが気遣わしげに僕を見た。


「ミハ、こんなのあり得ないって」

「僕も……どう受け止めたらいいか……」


 でも、思い煩ってる場合じゃない。まずは目の前の任務が優先だ。できるだけ平常心で。僕は頭を振り雑念を追い払った。


「ラウル、被弾した艦はどれくらい? 負傷者が多いようなら、ドレッドノートからも救護を向かわせる。僕が指示しようか」


「ありがとうございます。エリックに任せますのでご心配なく」

「え、おれ」


「飛ばないときは協力してください。ミハエル殿はレキシア殿のところへ。後ほど私も伺います」


「わかった。じゃあ後はよろしくね」


 本当は何かしているほうが気がまぎれるけど、迎えが来るまでに準備を終えなければ。と言っても……何を準備したらいいのか。

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