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第2話

 高校を卒業してすぐに地元の役所に就職した私は、入職してまもなく、心が折れかけていた。

 役所という職場は、私が思っていたよりも特殊な場所だった。

 辞令じれいをもらい、各課挨拶を済ませたら、さっそく仕事が始まる。

 それぞれ新採用職員に割り振られる仕事はべつべつで、同じ課だろうとそれぞれ仕事は違う。そのため、新人だろうと仕事を教えてくれるひとはいない。

 基本的に前任者の引き継ぎを受け、マニュアルに沿って仕事を覚えていくが、前任者によっては、マニュアルがないこともある。

 仕事が始まって一ヶ月が過ぎた頃、私は大きな失敗をしてしまって、落ち込んでいた。


 深夜、最終のバスに乗ってようやく家路に着く。

 しばらくして最寄りの停留所に停車するが、家に帰る気にならなかった私は、そのまま終点までバスに揺られていた。

満月洞まんげつどう、満月洞。終点です。忘れ物のないようにお気を付けください。本日はご利用ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております』

 アナウンスを聞きながら、とぼとぼとバスを降りる。

 停留所にはうすぼんやりとした街灯ひとつのほかに明かりはなく、辺りは真っ暗闇。

 ――意味もなくこんなところまで来ちゃったけれど……これからどうしよう。

 もうバスはないし、タクシーに乗るお金もない。

 周囲を見るが、近くに宿らしきものも見当たらない。

 ほかの乗客たちはどこに行くんだろう……。

 バスには、私の他に女性が三人乗っていた。

 明るい茶色の髪をハーフツインテールにした同世代くらいの女性と、黒髪の物静かそうな女性、それからキリッとした顔のメガネをかけた女性だ。

「あの」

 私は思いきって、一番話しかけやすそうだったハーフツインテールの女性に声をかけた。

「ん? なに?」

 女性が振り向く。女性はまだあどけない顔立ちをしていた。もしかしたら歳下かもしれない。

 一瞬怖気付くも、勇気を振り絞る。

「私、このへんあまり詳しくなくて……近くに宿とかってあったりしますか? できれば、安めの」

 恥を忍んで訊ねると、女性は眉間に皺を寄せて唸った。

「宿ねぇ……あ、もしかしてあんた、傷心旅行かなんか? えーなになに! 失恋!? もしかして失恋なの?」

 女性はパッと瞳を輝かせて、私に詰め寄ってくる。私は慌ててぶんぶんと首を横に振って、否定した。

「ちちち、違います!」

「なぁんだ。違うの。じゃ、どしたの? ここ、海以外なにもない町だよ?」

「えっと、その……実はうっかり乗り過ごしてしまって……。でもタクシーに乗る余裕もないし、とりあえず今日はどこか、安い宿にでも泊まろうかなって」

「そうだったんだ。んーでも生憎あいにく、近くに宿はないんだよねぇ。でも、この森を抜けた先に夜だけやってる秘密のアクアリウムならあるよ」

「アクアリウム……?」

「うん。私、これからそこに行くんだけど、よかったら一緒に来る?」

 女性の話に、私は「えっ」と思わず驚いた声を上げた。

「こんな夜中に、水族館がやってるんですか?」

「そう! あの森を抜けた先にあるんだよ。夜が明けるまでの暇つぶしにはなると思うけど、どうする?」

 宿に泊まるより安いよ、入場料ワンコインだから。と、女性は言う。

 すると、「なら、私もいいだろうか」と一緒のバス停で降りたメガネの女性が私たちの話に入ってきた。

「もちろん!」

 すかさず女性が笑顔で頷く。

「それなら、私も……」

 すぐ近くにいた黒髪の女性もおずおずと手を上げる。

 その場にいた女性がみんな行くということなので、私も混ざることにした。

 ナイトアクアリウムなんて行ったことないし、ちょっとした気分転換にはいいかもしれない。

「じゃっ、しゅっぱ〜つ!」

 まんまるの月が浮かぶ夜空に、女性のハツラツとした声が響く。

 こうして私たちは、月明かりだけを頼りに海を目指して歩き出した。


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