高校を卒業してすぐに地元の役所に就職した私は、入職してまもなく、心が折れかけていた。
役所という職場は、私が思っていたよりも特殊な場所だった。
それぞれ新採用職員に割り振られる仕事はべつべつで、同じ課だろうとそれぞれ仕事は違う。そのため、新人だろうと仕事を教えてくれるひとはいない。
基本的に前任者の引き継ぎを受け、マニュアルに沿って仕事を覚えていくが、前任者によっては、マニュアルがないこともある。
仕事が始まって一ヶ月が過ぎた頃、私は大きな失敗をしてしまって、落ち込んでいた。
深夜、最終のバスに乗ってようやく家路に着く。
しばらくして最寄りの停留所に停車するが、家に帰る気にならなかった私は、そのまま終点までバスに揺られていた。
『
アナウンスを聞きながら、とぼとぼとバスを降りる。
停留所にはうすぼんやりとした街灯ひとつのほかに明かりはなく、辺りは真っ暗闇。
――意味もなくこんなところまで来ちゃったけれど……これからどうしよう。
もうバスはないし、タクシーに乗るお金もない。
周囲を見るが、近くに宿らしきものも見当たらない。
ほかの乗客たちはどこに行くんだろう……。
バスには、私の他に女性が三人乗っていた。
明るい茶色の髪をハーフツインテールにした同世代くらいの女性と、黒髪の物静かそうな女性、それからキリッとした顔のメガネをかけた女性だ。
「あの」
私は思いきって、一番話しかけやすそうだったハーフツインテールの女性に声をかけた。
「ん? なに?」
女性が振り向く。女性はまだあどけない顔立ちをしていた。もしかしたら歳下かもしれない。
一瞬怖気付くも、勇気を振り絞る。
「私、このへんあまり詳しくなくて……近くに宿とかってあったりしますか? できれば、安めの」
恥を忍んで訊ねると、女性は眉間に皺を寄せて唸った。
「宿ねぇ……あ、もしかしてあんた、傷心旅行かなんか? えーなになに! 失恋!? もしかして失恋なの?」
女性はパッと瞳を輝かせて、私に詰め寄ってくる。私は慌ててぶんぶんと首を横に振って、否定した。
「ちちち、違います!」
「なぁんだ。違うの。じゃ、どしたの? ここ、海以外なにもない町だよ?」
「えっと、その……実はうっかり乗り過ごしてしまって……。でもタクシーに乗る余裕もないし、とりあえず今日はどこか、安い宿にでも泊まろうかなって」
「そうだったんだ。んーでも
「アクアリウム……?」
「うん。私、これからそこに行くんだけど、よかったら一緒に来る?」
女性の話に、私は「えっ」と思わず驚いた声を上げた。
「こんな夜中に、水族館がやってるんですか?」
「そう! あの森を抜けた先にあるんだよ。夜が明けるまでの暇つぶしにはなると思うけど、どうする?」
宿に泊まるより安いよ、入場料ワンコインだから。と、女性は言う。
すると、「なら、私もいいだろうか」と一緒のバス停で降りたメガネの女性が私たちの話に入ってきた。
「もちろん!」
すかさず女性が笑顔で頷く。
「それなら、私も……」
すぐ近くにいた黒髪の女性もおずおずと手を上げる。
その場にいた女性がみんな行くということなので、私も混ざることにした。
ナイトアクアリウムなんて行ったことないし、ちょっとした気分転換にはいいかもしれない。
「じゃっ、しゅっぱ〜つ!」
まんまるの月が浮かぶ夜空に、女性のハツラツとした声が響く。
こうして私たちは、月明かりだけを頼りに海を目指して歩き出した。