(もうちょっと待っててあげたいけど、起き出す前に処理しとかないと)
「カエ。悪いんだけどカイリ呼ぶからスマホ貸してくれる?
僕たち、持って出てなくて」
ジュニアの声に、はっと顔を上げて一度両手で顔を覆った。
大きく深呼吸。
うん。大丈夫。
ポケットからスマホを取り出し、ロックを外すとカイリの番号を発信する。
「借りるね」
スマホを鳴らすジュニアはバンのボンネットに近寄ると、寮の部屋が見える位置に移動した。
「あ。カイリ? うん。僕だけど。
下にいるんだけど、大至急インシュロックを10本くらい持ってきてくれる?
……え? まぁ、ちょっとカエが
その一言に、電話越しにもカイリの殺気が溢れ出す。
「大丈夫っ。カエも頑張ったし、僕たちで片付けたからっ!
インシュロック忘れないでよ!」
それだけ言って電話を切る。
(次は巽さん)
『急ぎか?』
開口一番、落とした声で聞いてくる。
「ごめんね。
犯人の車移動できる人も付けて」
『まぁたぁかぁぁっ!』
こっちは違う殺気が立っている。
「ごめんってばぁ。忙しそうだし、事情は後で話すからっ!」
『全く! しばらく待ってろっ!』
ブツリと通話が切れた。
ジュニアはこそっと息を吐き出す。
明るいエントランスからカイリが姿を見せ、バンの陰から手を振るジュニアに気づいて走ってくる。
「カエは?」
カイリの声に振り返るジュニアが、イチの肩を借りて立ち上がるあたしの方を目で指した。
「怪我しているじゃないかっ!」
バンのボンネットを乗り越え、慌てた様子でカイリが路地に入ってくる。
「コイツらか」
アスファルトに転がる男達に殺気のこもった目を向けた。
「はいはい。巽さんにはお迎えお願いしてあるから、カイリは犯人を車に押し込むの手伝って。その為に呼んだんだから。
イチはそのままカエを上に連れてって、傷の手当てしてあげてよ」
インシュロックを半分カイリから受け取るジュニアが男達の回収作業を始めた。
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「……ふぁ」
エレベーターの中で壁に背中を預けて、大きく深呼吸。
だいぶ身体が落ち着いて来たけど、みぞおちの痛みに声が出しにくい。
「降りるぞ」
エレベーターが停止する小さな振動に、バランスを崩す。
背中に手を当ててきたイチが、ひょいっとあたしの膝裏をすくい上げ、抱き上げた。
世に言うお姫様抱っこ。
「ちょちょちょっ!
ゴホッゴホッ!」
「そんな事で咳き込むなんて、じーさんか。分かってる、俺も恥ずかしいから何にも言うな。カエがちっさいから、肩貸してると俺の腰が痛てぇの」
ちらりと見上げるイチの顔は真っ直ぐに前を見ていて、その表情から何を考えているのかはわからない。
でも、じーさんて。性別超えてるし、せめてばーさん……って事じゃないけど。
エレベーターから顔だけ出して、辺りが無人なのを確認すると、足早に廊下を行き鍵が開いたままの扉に滑り込んだ。
「救急箱出してくる」
玄関で降ろされ、リビングに進むイチを見送って、あたしは洗面所で手を洗う。
あー。口角切れてるなぁ。
鏡に映る頬にも蹴られた裂傷が見て取れる。
ロンTをめくり上げると案の定、みぞおちにもくっきりと
蹴りを受けた両腕もアザになってるし。
ロンTにジーンズだったから擦り傷はすくないけど、しばらく半袖着られないよ。
ローテーブルに救急箱を開いたイチがガサゴソと
「口角。明日青タンになるかもな」
イチに向かい合うようにカーペットに直接腰を下ろした。
「最悪」
イチが薬を少量手の甲に出して指に取ると、頬の傷に付けてくれる。
「ったく。顔に傷負って」
「むぅ。抵抗しないで拉致られてたら褒めてくれたんですか?」
イチの手の甲から、あたしも薬を指に取る。
「イチもくらってるじゃん」
あたしの指がイチの頰に触れた。
「痛って。優しく塗ろうとか、心掛けがねぇの?」
「ゴメンね。ガサツで!
……。動きが速かったな。アイツ。
イチは、反応出来てたね」
痩せ男のスピードに全くついていけなかった悔しさに、心がへこむ。
「一撃だけだったからな。連続で来られてたらわかんねぇよ。
ま、本気出したジュニアの方が全然速い」
ま。
「マジで……。
最近組手もサボってるしなぁ。今度ジュニアに手合わせしてもらお」
パワー不足はしょうがない。なんて言い訳みたいに思ってたけど。
そっか。なんかどんどん実力開いちゃうな。
ぽすっ。
イチの手が優しく頭の上に乗ってくる。
「ちゃんと逃げ切ったんだから。自信持てよ」
逃げ切ったって言うか……。
来てくれなかったらあれ以上は何も出来なかったよ。
イチと交わす視線が落ち込んでたのかも。
優しい眼差しが
するりと降りてきた手が、あたしの頬に触れるとイチと唇が重なった。
っ!
今日はいろんなことが起こりすぎだよ。