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第33話 襲撃

 鑑識に顔を出すというたむたむと、エレベーターのドアで別れてあたしは寮を目指し歩き出した。


 ズボンのポケットからスマホを取り出す。

「せりかさん? ちょっと気になることがあって、寮に顔だしてから帰るね。

 ……うん。気をつける」

 次はジュニア。

『カエ?』

 電話口に出た声に、安堵あんどする間もなく、首筋にトゲが刺さるような感覚に襲われた。


 なん、だろう。

 見られて……た?


 住宅街だけど、街灯も少ない通り。気配に振り返るけど人気ひとけは無い。

 立ち止まり、神経を張り巡らす。


『カ~エ~?』

「あ。ごめん、榎本課長のパソコンに入ってたデータなんだけど、まだ残ってるかな?

 6月4日に発生した強盗殺人のファイルが見たいんだ。

 今から行くから出しておいてくれない?」


『今からぁ?

 データは消去してないから大丈夫だけど。気をつけて来てね』

「うん。後で」


 通話を切ってポケットにスマホを押し込む。

 反応なし。

 いいや、とりあえず寮に向かおっ。




 路地の突き当たりにマンションの灯りが見えて、つい小走りになる。


 キキイィィッッ!

 路地を出る直前。細い通りを塞ぐように大型のバンが目の前に音を立てて急停止した!


 ガッッ。

 勢いよく開いた後部のスライドドアから、暗めの服を着た大柄な男。顔には目出し帽。


 ザッ!

 小走りの足に急ブレーキをかけて重心を低く構える。


「おっとぉっ。

 怪しさ大爆発だね」


 やっぱり見られてたんだ。後方に他の気配はなし。


 大男の背後にもう1人。

 運転手は別かな? 計3人。


 大男があたしの胸ぐらに手を伸ばして来たっ。

 後方に飛び、胸を反らして大きな手を避ける。


 なおも追いすがる手を下がりながら避け、3度目で左足を軸に身体を反転させサイドに避ける!


 小柄なあたしを追って、重心の低くなった大男。

 動きの切り替えに対応が間に合わず顔の側面ガラ空き!


 肌を叩く音に、上段蹴りがまともに男の首に入る。

 そのまま足を蹴り抜きたいところだけど、膝のスナップを効かせて、あたしは蹴り足を戻した。


 一瞬遅れて大男の手が、あたしの足を掴もうと空を切るっ。


 やっぱり。この男だいぶ鍛えてる。

 分厚い筋肉に阻まれてあたしの軽い蹴りなんかじゃビクともしない。カイリみたいだ。


 大きくバク転をして距離を取る。

 捕まったら逃げられない。


 ……。捕まんないけど。

 筋肉って何気に重い。

 もちろんある程度は無いとスピードは上がらないけど、付きすぎた筋肉はスピードをにぶらせる。


「小娘っ!」

 ちょろちょろと動き回るあたしがよっぽど気にくわないらしく、イライラとした視線が刺さる。


 みぞおちも硬いな。

 やるなら側頭部を狙って脳震盪のうしんとうか。のど

 裏路地とは言えそこそこの住宅街。

 目の前にはマンション。

 人通りだって全く無いわけじゃない。

 時間を稼げば不利になるのは犯人だ。


 っっ!


 視界の隅に映る人影っ!

 大男の陰から飛び出してきたそいつが一瞬であたしとの間合いを詰めてきた。


 速いっ!

 両腕をクロスして顔と胸部をカバー。


 ガッッ!


 衝撃に、男の上段蹴りに吹き飛ばされた身体が民家のブロック塀に激突げきとつする。


「くうぅっ」

 一瞬息が詰まった。


 開いた目に映る目出し帽の痩せ男。その感情の無い目っ。

 2発目来るっ!


 ブロック塀に背中を預けたまま、腰を落とし尻餅しりもちをついた。

 今まであたしの頭のあった場所を、正確に男の足の裏がえぐっていくっ!


 ブロック塀と痩せ男の足の隙間から、大男のいる方へ飛び込み前転。


 こっちならかわせるっ。

 これ以上寮から遠ざかるのは避けたい。

 腕の痺れ、呼吸が上がる。


 ガンッ!

 背中にかかる衝撃に身体がアスファルトを転がった。


「あぐっ!」

 蹴られたっ!

 体勢を戻そうと四つん這いになった顔面を狙いローキックが跳んでくる。


 くっ! 完全判断ミスっ!

 首を捻り、ローキックの足先が頬をかすめていく。

 腕を掴まれ大男に引きづり上げられた。

 正面に回った痩せ男の掌底が、あたしのみぞおちに刺さり視界が揺らぐ。

「がっはぁっ!」

 これっ。ヤバいっ!



 ###


 キキイィィッッ!


(急ブレーキの音……?)

 食事を終えたテーブルを拭きながらベランダに目を移す。


 気候が暖かくなってきたのもあって、今日はベランダの窓が半分開いていた。

 目の前の通りは車が頻繁ひんぱんに通るわけでもない。ざわざわとなんとなく気になってベランダに顔を出す。


「どうした?」

 食器をキッチンに下げてきたイチがジュニアに声を掛けた。

「急ブレーキの音が……」


 手摺てすりから下を覗き込むジュニアの隣に、イチが顔を出した。

 目の前の薄暗い細い路地で、バタバタとせわしなく人影が動いているのがわかる。

 路地を塞ぐバン。


「バク転……した?」

 ジュニアの呟きにイチが身を乗り出す。

「カエだっ!」


 すぐさま踵を返すと玄関へ走りだした。


「なんだっ?」

 飛び出すイチに、洗い物をしていたカイリがキッチンから身を乗り出してくる。


「すぐ戻るからっ!」

 一言残してジュニアも後を追う。

 エレベーターを待つ時間も惜しい。

 非常階段の手摺を飛び越え飛び越え下の階に降りて行くっ!



 ###


「積み込め」

 痩せ男の一言に大男の肩にかつがれる。


「こほっ」

 身体に空気が入ってこない。

 男の肩に手を突っ張るけどうまく力が入らない。


 痩せ男が先にバンの後部座席に入り、あたしを担いだ大男が続く。


 ふぅー。

 頭がクラクラする。

 すぅー。

 全身痛い。


 まだ動く?

 いやいや。こんな楽しくないドライブに付き合う義理はないでしょう?


 大男の足元。

 車のスライドドア。


 ここがラストかな。

 大男が車に乗り込もうと片足を上げた。


 せーのっ!

 大男が片足立ちになった瞬間。あたしは 足を振り上げスライドドアの上のレールに足を突っ張っる。


「行けぇっっ!」

 左手は男の肩を押し、右手のひらを力の限り喉仏に叩きつけたっ!


「ごはっっ!」

 身体が後ろに傾くタイミングでスライドドアのレールを蹴り上げ、男の喉仏を潰す手を支点にあたしの足が大きく宙に弧を描くっ!


 ズダアァァァンッッ!

「があっ!」

 強制立ちブリッジをさせられ背中を打ち付ける男の横で、あたしも受け身が取れずにアスファルトに投げ出される!


「くはっ!」

 音に反応して痩せ男が振り返った。

「やってくれるな! 小娘がっ」


 ダムッ!

 唐突に、鉄板を踏み抜くような音がして、耳馴染みのいい声がした。


「てめぇこそ、やってくれたなぁっ」

 視線を上げるとバンの屋根に見慣れたシルエット。


 イチ……っ!


 屋根を叩く音に顔を上げた運転手が、開かれたドアから飛び込むジュニアの双脚そうきゃく蹴りに助手席の内ドアに叩きつけられる。

 追いやられるように飛び出す痩せ男を追ってジュニアがバンから出てきた。


「粘り勝ちだね。お疲れ様!」

 助かったぁ……。

 あたしに向かって来る痩せ男に、バンから飛び降りたイチが迫るっ!

 振り返る痩せ男の正拳突きがイチの頬をかすめていくっ。


 隙間を縫う、イチの強烈な上段蹴りに吹き飛んだ痩せ男が音を立ててブロック塀に激突した。


「っっ!」

 追うイチの膝がみぞおちに突き刺さり、折れる相手の身体の首を掴み壁に押し戻すっ。


「あー。キレすぎて訳わかんなくなってるなぁ」

 あたしの身体を助け起こしてくれたジュニアが「ちょっと待ってて」とイチに向かって歩き出す。


「イチ。もう落ちてるよ。それ以上やると殺人犯になっちゃうからね」

 冷静なジュニアの声に、イチの手がゆるんだ。


 ドサッと音を立てて、痩せ男が崩れ落ちる。

 イチの身体が、大きく一度深呼吸をした。


(とりあえず生きてるな。イチが先にキレてなかったら、僕が殺しヤってた可能性も十分あるし)


 立ち上がれずに手をついて座り込むあたしを、イチが覗き込む。


「カエ」

 その声に涙があふれそうになり、イチの胸に額を当てた。

 抱きしめてくれる温かさに、痛みや疲れが和らいでいく。

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