「ただいまぁ。せりかさぁぁんっっ!」
玄関で靴を脱ぐのももどかしく、リビングに駆け込んだ。
「いろんな事があった!」
乾ききっていない髪。
見たことないスウェット。
せりかさんの目も大きく見開かれる。
「……。そうみたいねぇ。LINEもらったからお風呂用意しておいたわよ」
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「ただいま」
いつものように寮の玄関を開けると、夕飯の支度をするいい匂いが
食事当番はほぼカイリ。
イチはもちろんジュニアも、インスタントラーメンすら作れるか怪しい。
ショッピングモールからはタクシーで、間宮家を経由してここまで送ってもらった。
まぁ、多少なりスーツ(総合マネージャーとか言ってたか?)を脅したが。
「おっ帰りぃ。いいい?
えっと。とりあえず、そのクソダサいジャージにツッコミ入れといた方がいい?」
リビングのローテーブルに怪しげな部品を拡げたまま、ジュニアがかなり引いた目を向けてくる。
「おかげさまでいろいろありすぎて。噴水で水浴びまでしてきたよ。
風呂入れる?」
「今沸かすよ」
キッチンの中でカイリが動く音がして、湯はりのメッセージが流れた。
「シャワーでいいや。
……ジュニア。タイミング作ってくれて助かった。ちゃんと和解してきたから」
リビングを抜けざまに声を掛ける。
「ふーん」
浴室に抜けるイチを見送って、カイリがキッチンから出てきた。
「和解ってカエか?」
「でしょ。お。サーモンマリネっ!」
大きな身体に不釣り合いな、可愛らしい青いチェックのエプロンをしたカイリが腕に
「んー。玉ねぎ辛ぁいっ。鼻がっ」
「そうか?」
うっすらと目をうるませたジュニアが、瞳を押さえた。
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お風呂から出てくるとご飯を作るいい匂いと、せりかさんの話し声。
電話を切ったせりかさんがエプロンを外しながら振り返った。
「今日は巽くん帰れないんだって。お泊りセット届けてくるからちょっと待ってて」
「あっ。あたし行くよ。せりかさん。ご飯の用意あるでしょう?」
濡れた髪にかけたタオルを外す。
「んー。
じゃあお願いしちゃおうかな」
せりかさんが巽さんの着替えを用意をしている間に、あたしも部屋着からロンTとジーンズに着替えて、髪を乾かす。
手提げ袋を受け取り、玄関から暗くなった空を見上げた。
1番星と、高く上がる細い月が輝いて見える。
うん。ロンT1枚でもそんなに寒くないなぁ。
森稜署まではゆっくり歩いても30分かからない。明るい大通りをお散歩気分で進んで行く。
見慣れた署の入り口。
エレベーターに乗り刑事課のある3階のボタンをポチリ。
「香絵ちゃん?」
エレベーターを降りると、たむたむと鉢合わせた。
「あれ。出戻り?」
「やめてくれ」
そんな心底嫌そうな顔しないでよ。
「移動になる前に解決しなかったヤマに決着がついたって、前に間宮課長から連絡もらってたんだけど、なかなか調書を見にこれなくて。
気になる1件だったからスッキリしておきたくてさ」
ちょっと肩の荷が降りたようなたむたむの顔が、フッと思案する。
「そうだ、香絵ちゃんさ。友達にパソコンにすごく詳しい男の子いたよね?」
心なしかたむたむは声を潜めた。
機械に強いと言えば。
「ジュニア?」
「その。パスワードのわからないパソコンを開いたりとか、データ引っ張り出したりする事出来るのかなぁ。なんて」
多分1分もかからないでやっちゃうけど。
「なんか挙動不審。理由を述べよ」
ビシッとたむたむを指差す。
「いや。捜一の榎本課長なんだけど、今病欠しててさ。課長も帳場に参加してたから、課長のパソコンに捜査資料が入てて。どうにもならなくて、本当参ってるんだよ」
あの一件が頭をよぎる。
榎本課長。〈おじいさま〉のところで拘束されてるんだろうな。
病欠あつかいにしてるんだ……。
「……あれ。たむたむ今何の帳場に入ってるの?製薬会社の爆破事件には絡んでないって言ってたじゃない」
「ああ。住宅街でおばあちゃんが強盗殺人にあっちゃってね。その捜査」
え……。
「ただの強盗殺人?取られた額が超高額とか?」
「いや。下手したら30万にも満たない。事件を大きい小さいに分類するのは良くないと思うけど。
香絵ちゃんもおかしいと思う?」
ひそめていた声をさらにひそめてくる。
捜一の課長クラスが下町の、正直こんな小さいヤマに参加するなんて。なんか変。
「いつの話し?」
「発生? 6月4日だよ。土曜日の朝」
6月4日? 製薬会社に爆弾が運び込まれた日だ。
「榎本課長って最初から現場に出てたの?」
ちょっと食いつきのいいあたしの様子に不思議な顔を向ける。
「うん。一報が入ってからずっと」
「当日途中で抜けたりしなかった? えと。午後3時前後くらい」
「いや。ずっと俺と組んで聞き込みしてたから。1日中一緒だったよ」
なんだ? すごい引っかかる。
課長が関わるようなクラスでない現場。
しかもそれが爆弾の運び込まれた日。
わざと現場に出た?
なんで?
アリバイ。
たむたむとずっと一緒だった。
爆弾。
捨て駒なのは分かってたんだ。
榎本課長の最後の言葉。
爆弾の運び入れをしたくなかったから、タイミングよく一報が入った現場に食いついて、自分の身動きを取れなくしたんじゃ……!
「たむたむ。ありがとう! データどうにかなるかも。近いうちに捜一に電話するからっ!」
今降りたばかりのエレベーターの下ボタンを押す。
「ああ。って香絵ちゃん。間宮課長に用事があって来たんじゃないの? 今会議に入ってるけど」
「あっ。お泊まりセット。エレベーター止めておいてっ。すぐ置いてくるから」
上がってくるエレベーターをお願いして、あたしは刑事課に向かって走り出した。