「なぁジュニア。朝から太一が石化してない?」
机1つ挟んで隣の席に座る亮太が目の前に立つジュニアに声をかけた。
「悩み事だってさぁ。
亮太も学食行く? イチ、お昼だよー」
「昼? もう昼か」
うわ言のように呟く声に亮太が二マリと笑う。
「面白そうだからついてくべ」
外の柔らかい日差しにつられ、購買で買った昼食を手に外通路の木陰に入る。
「今年は空梅雨だよなぁ」
空を見上げて亮太が独り言ちた。
「そういえばさぁ、ジュニア先々週辺りデートに行くって言ってたけど、その後どうなった?」
「ああ。あれねー」
テリヤキチキンサンドを手に亮太に向き直る。
視界の隅に、パックのオレンジジュースにストローを挿すイチを捉えつつ、心持ち大きな声を張った。
「結局振られちゃったかなぁ。ヘコんで弱ってるのにつけ込んで、チューしようとしたら避けられちゃった」
「ブウゥゥッッ!」
ジュニアの不意打ち的な一言に、イチの口からオレンジジュースが勢いよく吹き出す。
「ゴホゴホッ」
「僕的に結構真面目に迫ったんだけどなぁ」
「お前。いつもニコニコ笑ってるくせに何気に黒いな」
亮太の冷たい声を聞きながら、乾いた地面にオレンジジュースがしみ込んでいく。
「ごはっ」
「ノンノン。亮太はまだ僕をわかってない。
オレンジって器官に入るとイガイガするよねー」
「まだ、付き合い2カ月だし。
引っ叩かれた? コップの水をかけられた?」
おかしな期待を込めて、亮太が続きを
「それ、古いドラマの見すぎだから。
僕は無傷だったよ。
避けようとしたカエが後頭部強打したくらいで」
(カエちゃん。ね)
亮太の頭に名前がインプットされた。
「こほっ。
いつの話だよ」
ようやく復活したイチがチラリとジュニアに視線を向けた。
「昨日。言わなかったっけ?」
(聞いてねぇわ)
「てか、ジュニアぶっちゃけ過ぎじゃない?」
薄いハムカツサンドにぱくつきながら、亮太が心配そうな顔をする。
「んー。まぁ、終わったことだし。黙っておくのもイチに悪いかなぁって」
「あれ。なにその発言」
乾き始めたオレンジジュースのシミ。イチの悩み事。
「あー。なんか分かったかも。
たいっちゃん。動かないと始まんないっスよ。いいねぇ。青春だぁねぇ」
ムスッとそっぽを向くイチの横顔に、亮太がいたずらっ子の視線を向けた。
「しかしジュニアの立ち直りの速さは尊敬するね」
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「イチ。放課後買い物付き合ってよ。駅向こうのモール」
結局放課後。ジュニアが声をかけてきたのに、いつものように亮太からのサッカー部への誘いを断り、なんやかんやとしていたら、教室はもぬけの殻。
「居ねぇし」
カバンに入れっぱなしのスマホにLINEの着信を知らせるライトが光る。
「『遅いから先に行くね』? ……まぁ、ジュニアだし」
歩くのが面倒だから自転車をアテにしたのかと思っていたのに。
モールの駐輪場に自転車を停めたイチは、スマホからジュニアに発信した。
「ジュニア? モール着いたんだけど、どこにいんだよ」
思い当たるのは電器屋か薬局か。
『お。やっぱりチャリは早いねぇ。中央広場のでっかい噴水ん所で待ってて。こっちも着くから』
通話を切って、現在地を確認する。
確か噴水はあっちか。
「そして居ねぇし」
6月も後半。暑いほどではないが、噴水の周りは水遊びを楽しむ幼児たちで賑わっている。
流石に制服のジュニアが居れば目に入るはず。
スマホを制服のポケットから取り出し、聞き覚えのある声にイチの手が止まった。
「着いたよ。え? 誰かって……。
あれ。イチがいる」
『じゃあねー』
「え? ちょっとっ。ジュニアの買い物じゃないの?」
あー。やられた。亮太もグルだな。
ちょっと気まずそうなカエと目が合い、同時に鳴ったLINEの着信音に画面に目を落とした。
「あたしたちのグループLINEだ。『インカム強制立ち上げしちゃったから、各自でおとしておいてね。よろしく』」
「なんでインカム?」
ポケットから出したインカムは、確かに持ち主を示す色を放っている。
『! GPSっ』
2人の目が合って声が重なった。
「電話で誘導しといてなんでGPSまで」
「リビングのパソで見てんだろっ!
ったく」
イチはブチっとインカムの電源を落とした。
「……っと。イチ。あのね……」
「カエっ」
ギュッと拳を握って、言葉を探すようなカエの仕草につい口が出た。
1日中考えてたけど、気の利く言葉なんて見つかんねぇ。
「カッとなって言い過ぎた。ゴメン」
イチの言葉に、カエの顔がホッとほころぶのがわかる。
「ううん。イチの言う通り、怪我じゃ済まなかったかも知れないもん。あたしもゴメン」
どちらからともなく笑みが浮かぶ。
「じゃあ、仲直り」
カエの出す拳にコツッと拳を合わせた。
「ジュニアになんか言われた?」
昨日の事を聞きたい気もしつつ、話を振ってみる。
「えっ? ああ。うん。ちゃんと仲直りしろって……」
「そか。まぁお互い見事に引っかけられたしな」
噴水の出力が上がり風に煽られた
「もう夏だね。来年はカイリもリカコさんも受験だし、今年はみんなで海とか行きたいなぁ」
海か。
男のサガと言うか、ついカエの水着姿が頭に浮かんだ。
「リカコさんは嫌がりそうだな。日焼けとか」
心の中が読まれたら。なんて焦りに視線を逸らす。
その目に入る、徐々に小さくなる噴水の中に妙な違和感。
「イチっ!」
声と共にカエが走り出す!
微動だにしない小さな子供がうつ伏せに倒れていた。
「キャアアァァァァッッ!」
母親らしい女性の悲鳴。
再び水柱が上がり、カエの姿を隠す。
「くっ!」
遅れて飛び込む噴水の勢いに痛みを感じた。
カエらしき腕から子供を受け取ると、そのまま腕を引き噴水を飛び出す!
子供の身体をうつ伏せに膝に乗せ、背中を叩きながら声を掛けた。
「聞こえるかっ!」
「イチ、頭」
スポバから出したカーディガンをタイル張りの地面に敷いてカエが声を掛ける。
「呼吸してない。唇にチアノーゼっ」
カエの足元に頭を置いて、自分の耳を子供の胸にあてた。
「心肺停止。シンマ(心臓マッサージ)しよう」
「誰かAED持ってきて!」
カエが声だけ掛けて、人工呼吸の為に大きく息を吸う。
「あっ! カエっ。シンマ代わって!」
「ええっ?」
頭側に回り込みカエを押し出す。
「いいから代われ!」
気道を確保し空気を送り込んだ。
カエが肺が膨らみ胸が動くのを確認して、利き手の甲に左手を重ねて心臓マッサージを始める。
「1っ2っ3っ4っ5っ6っ7っ8っ9っ10っ!」
30まで数えて、また人工呼吸。
「起きてっ!」
小さな心臓を強く押し続ける!
「こはっ。おええぇっ」
小さな口から水が溢れて大きな泣き声が響きわたった。
「よかったあぁぁ」
カエがぺたんと座り込んで天を仰ぐ。
「ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」
子供を、涙ぐむ母親の腕に帰しカエを振り返ると、安堵からかその瞳からぽろりと涙がこぼれ落ちた。
綺麗だ。
青い空、日の光にカエを包む水滴が光って見える。
全身ずぶ濡れ。夏服の白いブラウスは肌に張り付き淡いブルーの下着が透けて見えている。
相っ変わらず無防備だけどなっ!
イチは子供の下に敷いていたカーディガンを拾うと、カエの肩にかけた。
騒ぎに野次馬も集まり出している。
「カエ、上着の前、合わせろ。ブラウス透けてるぞっ。
人も集まってきたし
2人分のカバンを持ってカエの腕を引き上げる。
今になってAEDを持った従業員らしい男が走り寄って来た。