そう言えば鍵を持って出なかった
寮の玄関ドアに手を掛けると、ジュニアはそんなことを思いつつも、とりあえず力を込めて引いてみた。すると、開くのを嫌がるかと思っていたドアは、あっさりとその場を明け渡す。
「ただいま」
そのまま短い廊下を抜けリビングに顔を覗かせると、イライラした空気を撒き散らしながらイチがソファに足を投げ出して座っていた。
「うわぁ。機嫌悪ぅ。
カイリは?」
「……。リカコさん送ってくるって」
例え相手の機嫌がどうであれ、ジュニアは声を掛けるのをためらうタイプではない。
カイリ。イチにあたられるから逃げたな
「ま。ちょうどいいや」
ぽすっとイチの向かいに腰掛けると、追って来たイチの視線を睨み返す。
チリッとした戦闘態勢の目にイチが投げ出していた足を床につけた。
「あんまりカエの事放って置くなら、僕貰っちゃうよ」
「っ。貰うとかやるとかっていうもんじゃないだろ」
その声にイチの目もおのずと光が強くなる。
「カエがどこ向いてようと関係ないね。手に入れようと思ったら、合法非合法問わず手なんていくらでもあるし」
「ジュニア……っ!」
部屋の空気が張り詰める。
「なんてねー」
一瞬にしてジュニアのチリついた空気が
「ジュニア」
「なぁに?」
多少の威圧を含んでジュニアが返事をする。
そこそこ長い付き合いのイチも、ジュニアの本心は未だに測りかねる。
「ジュニアはっ………………………」
「長いよ」
ジュニアのツッコミにも、次の言葉が出てこない。
一度頭を抱えて息を吸う。
「ここで聞かなかったら、一生聞かないよな」
「僕もそう思うよ」
自分に言い聞かせるように言ったイチの言葉に、ジュニアが返事をした。
顔を上げ、視線がぶつかる。
「ジュニアは、カエの事どう思ってる?」
「大好きだよ。元気だし、可愛いし」
さも当然。と返事を返すジュニアに、
「そうか」
それだけ言うと、イチの方から視線をそらした。
「あれ。それだけ? 僕、イチもカイリもリカコも、同じくらい大好きだよ。あ。変な趣味は無いからね」
「……。あー。一応聞くけど、
「バカにしてんの?」
「俺が聞きたいわっ!」
ふぅー。
一度深呼吸。
(なんか間違った聞き方したか? イヤ。合ってるよな)
「んー。でもやっぱりカエは特別かな」
カエの笑顔を思い出すようにジュニアの瞳が宙を見つめた。
「いつも笑ってて欲しいって思うし、カエを悲しませるヤツは許せない。
例えイチでもね」
向けた視線に一瞬殺気がこもる。
「しかも困ったことに、それが僕自身でも僕は僕を許せないし、僕がカエを幸せにしてやろうって気は無い」
「……」
本心だろう。
「ただ幸せにはなって欲しい。ずっと一緒に育ってきたし。
自分の持っている感情が一体何なのか。
自分でも持て余す。
「結局、恋愛不適合者なのかもね」
ちょいっと肩をすくめる。
「で、イチは?」
「……え?」
ジュニアの声に、思いもしなかった返事をする。
「僕だけ話しさせて自分は無し。とか無いよね?」
(しまったっ! そう、だよなぁ)
聞いてしまった手前避けては通れない。
「俺は」
「あ。やっぱいいや」
意を決して口を開いたイチに、すぐさまジュニアがストップかけた。
「イチがカエの事好きなのは見てて分かるし。変にのろけられたら腹立つし。
気づいてないのは、当のカエとカイリくらいじゃないの? あの2人、鈍そうだし」
「ぐっ」
ソファの背にそって、グイッと伸びをしたジュニアの的をいた一言に、イチも言葉を飲む。
(まぁ、言わなくて済むならそれに越したことはないけど)
そしてこっそりと緊張の息を吐く。
「カエとちゃんと仲直りしなよ。あんなカエの顔を見ていたくない」
伏し目がちに呟くジュニアに、言葉のかけ方が分からなかった。