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第27話 ガナッシュベルで

「香絵が机と同化してる。どうしたの?」

「なんか、事態が悪化したみたいよ」

 ざわめく休み時間の教室で、あたしの真上ではヒソリともせず愛梨と深雪の声がする。


 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。

 もうやだ。

 自己嫌悪。

 最悪。

 うううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう。


「鳥羽のやつ。男なんだからしっかりしなさいよね」

 腰に両手を当てて、夏美の憤慨ふんがいの視線が壁を越えて1組を目指した。



 ###


「はっくしゅっっ」

「何? くしゃみなんかして、風邪?」

 イチの前の席で後ろ向きに椅子に座り、背もたれに添えた腕にあごを乗せたジュニアが冷たく言い放つ。


「イヤ。で、何で俺が責められなきゃなんないわけ」

 口元に当てていた二の腕を下ろしたイチが、憮然とした顔で答えた。

「別にぃ。責めてるわけじゃないよ。今回は気を抜いたカエも悪かったし」

 ジィッと視線がぶつかる。


(まったく。無駄にイライラしてないで、普通にカエが心配だからって言ってやればいいのにさ。めんどくさ)


 ###


 ぴこぴこっ。

 6月20日月曜日

 リカコ:ちょっと用事ができたから、今日の定例会は17時からにして。

 14:00


 窓から入る陽の光も柔らかさを増す放課後の教室。視線を落としたリカコさんのグループLINEの後、すぐに個別LINEがぴこぴこと音を立てる。


 カイリ:時間空いちゃったからおやつ付き合って。

 おごるよ。

 14:02

 カエ:ガナッシュベルでいいなら行く。

 14:05

 カイリ:オフコース!

 14:05


 ガナッシュベルはあたしのお気に入りのカフェ。

 チョコレートケーキが美味しい。

 そうだ昨日のフォローの件、カイリにちゃんとお礼出来てない。


 スマホの画面をオフにしてブレザーのポケットに滑り込ませると、あたしは席を立った。


  ###


 深雪には用事が出来た事を伝えて、先に学校を出た。

 そうでなくてもデカくて目立つのに、ガナッシュベルに入ると窓際の席に座っていたカイリが手を上げてあたしを迎えてくれた。


「お疲れ」

「お疲れぇ」

 あたし個人的な意見として、ちょっと引け目。

 にこやかな、いつものカイリの向かいに座ると、柔らかな音楽が流れる木造の店内はゆっくりと時間が流れいるみたいに感じて、大きく息を吸うとコーヒーのいい香りがした。


「昨日は、ゴメンね」

 伏し目がちになっちゃったけど、言いにくい事は早目に済ませる。これ、あたしの鉄則。


「誰かのミスは、他の誰かがカバーすればいいんだから。気にすんなよ」

「……うん」

 オーダーを取りに来たウェイトレスにチョコレートケーキと紅茶のセットをお願いする。


 でもね。あたしが気になってるのは。

「イチだろ?」

 ゆっくりと上げた視線の先のカイリは、困ったような悲しいような顔をあたしに向けていた。

「うん。怒っちゃってて、全然口聞いてくれない」


 カイリの小さなため息。

「でも、イチとジュニアがうちの末っ娘を1番心配してるの。わかってるだろう?」

「うん……。あたし、ジュニアよりはお姉さんのつもりなんだけど」

 視線の先で、なんとも言えないような微妙な顔をするカイリ。


 そんな中、優しく響いてきた窓ガラスを叩く音に外を振り向くと、長い髪を耳にかけたリカコさんが小さく手を振っていた。

「あれ。リカコさん今日は用事が出来たって……」

 って。

 バッッとカイリを見ると、あからさまに視線を逸らされた。


 やられた。用事ってこれ・・かぁ。



「お疲れ様」

 店内に入ってきたリカコさんは、ちょっと端に移ったあたしの隣に腰を下ろすとスポバを足元の籠に入れた。

「食べホ飲みホで、完全カイリのおごりだって」

 メニューをリカコさんに差し出す。

「あら、ごちそうさま」

「良識の範囲内でっ!」


 ぷち復讐。

 カイリが悪いわけじゃないんだけど。

「こんな呼び出し方してゴメンね。寮じゃ話しにくい雰囲気かなっ、と思ったから」

「うん」


 あたしのケーキセットと、カイリにコーラを運んで来たウェイトレスに、リカコさんはショートケーキとコーヒーをオーダーする。


「カエちゃんの気持ち、しっかり確認しておきたくて。

 これからもっとイヤで、キツイ事増えるわよ?」

 リカコさんがしっかりとあたしに向き直った。

 真っ直ぐな眼差し。


「やる? やめる?」

 シンプル。

 大丈夫、答えはちゃんと決まってる。

「決着着いてないのに途中退場なんて出来ないよ。

 やる」



 ###


「……。は?」

 リカコさんの説明に、脳ミソがついていかなかった。


 空っぽのケーキ皿をテーブルの端に寄せて、リカコさんが自分の皿を重ねる。


「定例会で話そうと思ってたんだけど、昨日の事もあるし、カエちゃんには先に話しておこうと思って」


 リカコさんがコーヒーに口をつけて、一息ついた。

 ちらりとカイリを見ると、こっちも茫然ぼうぜんとした顔。


「ジュニアが捜一で潜ってきたネタだから、正確なヤツよ。あの子のことだからウラも取っただろうし。

 ただね、車を運転していた人物は未確定なの。帽子にメガネにマスク。防犯カメラの画像は顔認識システムにかけたらしいんだけどダメだったみたい。

 そこが唯一希望のぞみかな。」

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