「あったけど。うーん」

　ジュニアがパソコンの画面を見ながらなんとも言えない顔をする。

「越智たちが大学生だった頃って今から30年くらい前でしょう？　今みたいにブログ書いたり、SNSあげたりしないし、そもそもネットも全然普及してなかったし。榎本課長の大学が主催してたサークルも、今でこそホームページがあるけど当時の部員までは把握はあくできないなぁ」

「ダメかぁ」

　いい線だと思ったんだけどな。

「うーん……。ちょっと、危ないんだけど。直接榎本課長を攻めてみようか。

　警察庁に送ったメールと、越智と繋がっているであろうここのサークルのことを載せて、呼び出してみる？」

「心当たりが有れば反応するか」

　ジュニアの提案にカイリがうなづき、みんなの視線がリカコさんに集中する。

　最終決定を下すのはリカコさんだ。

「……。確かにちょっと危険な橋ね。榎本課長がホントに絡んでいたらどんな手に出てくるかわからないし。

　行くなら、インパクト考えてカエちゃん、護衛でカイリとイチ。ジュニアと私は後方援護かな」

　リカコさんの視線にカイリがうなづく。

「よし。行きましょう！　ジュニア日曜日の午前指定でメールの手配。防弾チョッキ出しておくから各自確認しておいて。総員怪我のないようにね」

『了解』

　###

　6月17日金曜日

　ジュニア:榎本課長から反応があったよ。

　日曜日の8:00に会う事になった。

　23:10

　###

　いよいよ。

　場所は警視庁の地下駐車場。

　中でも人気ひとけの少ない来客用の隅の方を、ジュニアが指定しておいた。

「課長のパソコン破壊こわしちゃったんでしょう？　どうやって連絡とったの？」

　駐車場に停めた黒バンの中でTシャツの上に防弾チョッキを着けて、上から黒いツナギを着る。

　それぞれが必要な準備をしながら、あたしの疑問にジュニアはいつもの笑顔で答えてくれた。

「いろいろさかのぼって課長のスマホのアドレスを探して送ったんだ。ガラケーじゃなくて助かったよ」

　スマホ乗っ取り。なんて言葉がたまにニュースにのぼりますなぁ。

　怖いから詳しく聞くのやめておこ。

「さてと。今回のメインは榎本課長の確保になるかな。メールに反応して、正体不明の私たちに会おうって思ったって事は、それなりにやましい事が有るんでしょうしね。越智ダヌキとどこまで連絡とってるかはわからないけど、榎本課長も抵抗してくるだろうからカエちゃんは特に気をつけてね」

　長い髪をおだんごにまとめて、リカコさんも珍しくお揃いの黒いツナギに袖を通している。狭い車内でリカコさんの伸ばした右手の拳こぶしを中心に、みんなの視線が集まった。スラリと細い左先に、握るスマホの画面が光を放つ。

「インカム確認。5分前よ。出ましょう」

　5人の拳がコツンと合わさった。

　###

　バンから少し離れたところ。駐車場の空いたスペースに、壁を背にしてあたしを真ん中にカイリとイチが1歩下がって立つ。

　コツコツと革靴の足音が遠慮がちに聞こえた。

　来た。

　全身に緊張が走る。

　ただ犯人を叩きのめすのとは違った緊張感にノドが鳴る。

「来たぞ。そこに居るのか？」

　ちょっとした雰囲気作りにあたしの立つ真上の蛍光灯は切ってある。

　ここまで来なければあたし達の顔を確認する事は出来ない。

　近づく気配。

「どうも榎本課長」

　いつもより幾分抑えたトーンで、あたしから声をかけた。

「！　ま、さか。総監の……」

　薄明かりに照らされる榎本課長の驚愕きょうがくの顔。

「そ。実は孫娘じゃないんだな。メールに心当たりがあるから、来たんでしょう？　 特殊部隊あたし達の事。何処から情報仕入れたのか聞きたいなぁ」

　カイリとイチが1歩前に出る。

「ま。待て、待ってくれ。あの件は頼まれてっ！　メールの内容までは知らされてなかったんだ」

　威圧感と緊張の空気に、わたわたとパニックを起こす。

「誰に頼まれたの？」

「はぁっはぁっ。い、イヤだ。

　今年、今年は子供が大学受験なんだっ。

　今、失職するわけにはっ！」

　あちゃー。

　だいたいどの犯人もそうだけど、うわ言を言い出したらまともな答えは返ってこない。

「ダメだリカコさん。回収してから仕切り直そう」

　インカムに小声で話しかける。

「あー、あー、家が、家族。ローンのっ。家庭、かっ。

　うわああぁぁぁっっ！」

　家……。

　脳裏に、巽さんせりかさん。

　イチ

　ジュニア

　カイリ

　リカコさん

　みんなの顔がパパパッとよぎる。

「カエっ！」

　あっ。

　イチに肩を引かれて我にかえる。

　目の前にハサミの先端。

　その腕を抑おさえる大きなカイリの手。

「ふっっ！」

　気合いの息を吐いて、足払いをかけた榎本課長の身体がカイリの掴む手を支点に反転し、コンクリートの床に叩きつけられた。

「があぁっっ！」

「榎本課長。残念ですけど、俺たちも同じ様な物を守る為に負けらんないんです」

　大きなカイリに押さえつけられる榎本課長の身体が、余計に小さく弱々しく感じられる。

「捨て駒なのはわかってたんだ……」

　バンのスライドドアの開く音が聞こえ、リカコさんとジュニアが飛び出してきた。

　あたしの肩を掴むイチの手に力が入る。

「カエっ。今自分が何を……」

「イチ。今は」

　強い力であたしの肩を掴むイチの手を、リカコさんの細い手が制した。

「カイリ、回収。

　ジュニア、録音のバックアップとコピー

　イチ、総監に終了報告。お迎えお願いして」

　キビキビと指示を出すリカコさんが、〈おじいさま〉との連絡専用の携帯電話をイチに放るとあたしを振り返った。

「カエ、来なさい」

　バンから離れた柱の陰で、リカコさんがあたしの手をとる。

「しっかりしなさい。〈ここ〉を守る為に頑張るって決めたんでしょう？」

「ごめん、なさい」

　うつむいて、優しく握ってくれるリカコさんの細い指先を見つめた。

「とりあえず、怪我が無くて良かった。榎本の身柄を引渡したら撤退しましょう」

（こんな仕事をするには、この子は優しすぎる）

　リカコさんの小さなため息が耳に重くのしかかり、胸にずっしりと応えた。