寮に上がると、南向きの部屋の1番奥になる窓近くに設置されたデスクの前で、カイリとリカコさんがパソコンとにらめっこしていた。
ベランダに出られるように大きく作られたその窓からは、気持ちよさげな午後の日差しと、柔らかな風がレースのカーテンを踊らせる。
「おう、お帰り。ジュニアは?」
「ドクターのところで抜糸してから来るって」
パソコンデスクに座るリカコさんの背後に立っていたカイリに答えて、イチは自室にカバンを投げ込んだ。
「全く。マイペースなんだから。まぁいいわ、ジュニアとは打ち合わせ済みだし」
そう言うと、リカコさんはパソコンデスクのイスをこちら側に向けて、長い髪を耳にかける。
すでにソファに座ってキッチンに入っていくカイリの後ろ姿を見送っていたあたしの隣に、イチが腰を下ろしたのを確認してリカコさんが口を開いた。
「まず、榎本課長の事なんだけど、警察庁へのリークメールが榎本課長のパソコンから発信されていたことが分かったの」
「えっ。なんか無防備過ぎない?」
ついびっくりの声が漏れちゃう。
だって、職場のパソコンなんて個人を特定でき過ぎて逆に怪しい。
「そうね。ジュニアの話だと、海外のサーバーを経由して分からないように
いずれにせよ私たちの
やっぱりリカコさんもちょっとおかしいって感じてるんだね。
あたしもその意見に大きくうなずいちゃう。
「警察庁に送られたメールが残ってたの?」
イチの問いかけにリカコさんが軽く左右に首を振った。
「まさか。ハッキングしてさかのぼってジュニアが引っ張り出してきたのよ。メールなんかのデータはデスクトップから削除されても、ゴミ箱から削除されても結構しつこ~く残ってるのよ。
方法さえ知っていれば復元するのは簡単だわ」
カイリがキッチンからお盆に飲み物を乗せて出てくると、コーヒーや紅茶のいい香りがふんわりと辺りに広がっていく。
リカコさんの座るパソコンデスクにカップを置いたカイリを見上げて、リカコさんが微笑んだ。
「ありがとう。
データなんかは本来ならオフラインにしてUSBメモリーなんかに落とすんだけど、本庁まで出向く訳にもいかないし、かなり強引に引っ張り出して一切合切メールに乗せて取り寄せたから、課長のパソコン本体のデータが一部イッちゃってね。それに関しては、証拠隠滅も兼ねてジュニアの特製ウィルス爆弾投下してもらったわ」
「カエちゃん、榎本課長って気の弱い感じって言ってたけど」
掛かる声に、あたしは紅茶にガポガポお砂糖を入れながら顔を上げた。
「んー。確かキャリア組みなんだけど、メラメラ出世に燃えるってよりは、いかに今の地位をキープするか。を考えてるタイプかな。あたしにも敬語使ってくるし」
「越智ダヌキと繋がってるってこと、ないかしら?」
そう言ってブラックコーヒーの入ったカップを持ち上げたリカコさんは、ゆっくりと口をつけた。
見てるだけで苦い。
「越智とぉ? 絶対無いとは言わないけど、出世に命かけてる越智からしたら、イライラするタイプなんじゃないかなぁ。でも、なんで?」
「やっぱり榎本課長の単独犯の可能性は低いし、この前の日曜に葵ちゃんにアコニチンのナイフの情報がどこから〈おじいさま〉に渡ったのか確認したら、捜一に話しが行った後警務部が首突っ込んで来たらしいのよ。捜一の情報が警務部に入るなんてあり得ない。誰かが意図的にリークしたのよ。
この2人、2年違いで警察官になってるんだけど、警務部と捜査一課で接点ないし。警察学校や、寮なんかで一緒になったかも知れないけど、古くてそこまでは探れなかった。
短絡的かも知れないけど、ここが繋がればいろいろ分かる気がするわ」
###
「リカコ、進路希望調査票書いた?」
カイリの声に、コーヒーカップを両手で包んで口元に運ぶリカコさんの手が止まる。
「イヤな質問するわねぇ」
とりあえずジュニアが戻るまで一旦休憩。
あたしはおやつのチョコレートを
「むうぅ。3ヵ月前にやっと受験から解放されたのに、もう次の進路の話なんてしたくない」
「まぁ、そう言うなって。今回のは来年のクラス編成の準備用みたいなもんらしいから」
カイリが笑顔を向けてくれる。
「私は奨学金で大学行こうかと思っているけど、一応〈おじいさま〉と長谷川の両親に話してからかなぁ。
カイリは?」
「俺は公務員試験を受けてみようと思って」
「え。正面から入庁するつもり?」
「裏口入庁なんてあるのかよ?」
リカコさんの驚いた声にイチが反応する。
「〈おじいさま〉の口利きなんかで入ったら何させられるかわかったもんじゃないよ。俺は地域の愛を守る。交番のお巡りさんでいいの」
うん。似合うかも。
ちっちゃい子に
リカコさんと目が合ってお互いクスリとしちゃう。
リカコさんは進学かぁ。
そう言えばせりかさんとドクターも大学のサークルで知り合ったって言ってたなぁ。
大学かぁ……。
「ねぇ。榎本課長と越智ダヌキ、どこの大学出てるんだろう?
サークルとかって、大学違くても合同で活動したりするんでしょ?」
「そうね。調べてみようか」
リカコさんがパソコンに向き直りマウスを操作する。
警察学校の制服を着た写真と経歴書のコピーが画面を占拠した。
「うん。大学は違うけど、経歴書の趣味が同じ。糸口になるかもしれないわね。後でジュニアに詳しく潜ってもらいましょうか」
んー。