「こんにちは」
鑑識室のドアからリカコが顔を覗かせると、室内ではそれぞれ仕事中の鑑識官達がちらりとリカコの姿を確認し、何事も無かったかのように、また仕事に戻っていく。今日は鑑識課にいると言っていたはずの葵の姿を探しながら、リカコが大きく視線を巡らせたところで、ちょうど葵が証拠品の押収倉庫から顔を出してくれた。
「はぁい。理加子ちゃん」
「お疲れ様、葵ちゃん。この前総監に情報が上がっていた件リークしてくれてありがとう。お陰様で心の準備ができて助かったわ。ついでにどこから上がってきたのかって分かるのかしら?」
狭いカウンターを挟んで葵と額を付き合わせる。ここではリカコが科学捜査研究所所長の
コソコソと笑顔で話を始めたリカコと葵は、
「聞かれると思って調べておいた。証拠品が上がって来たのは
「警務部?」
意外な部署名に声がうわずり、先程エレベーター前で鉢合わせた警務部長のタヌキヅラが蘇る。
まさか
想像外な組み合わせにリカコは頭をひねる。あの2人が額を付き合わせて話し合う姿など想像も出来ない。
「全く君たちは、変なガキどもだと思っていたけど、権力争いにまで首突っ込むようになったの?」
リカコはちょっと肩をすくめると、立てた人差し指を唇にあてた。
「葵ちゃんも首を突っ込み過ぎると、庁内を揺るがす陰謀に巻き込まれちゃうかもよ」
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肩にかけるカバンの中から、ブルブルと音を立てて細かな振動が自己主張してきた。
ん。スマホが鳴ってる。
確認した液晶画面はよく見る名前を映し出している。
「何? ジュニア」
『カエ? もう本庁に入った?』
「うん」
休憩スペースでたむたむと別れて、リカコさんのいる鑑識課に足を向ける所。
『よかった。捜一に行って〈ks1-pc15〉って言うパソコンの電源を入れて来て欲しいんだ』
「ええっ。さっき捜一出たばっかりなのにぃ。ハッキングするとリカコさんに怒られるよ?」
だいぶ歩いてきちゃった通路を振り返って、電話越しにむぅっと唇をとがらせる。
『僕がそう簡単に足跡残す訳無いじゃん。電源入れるのはあちこち操作するから面倒でさ。1回入っちゃえば、後は勝手に電源まで落として帰るから。よろしくね』
それだけ言って、一方的に通話が切れた。
勝手なんだからぁ。
えと。〈ks1-pc15〉だっけ。
電源の落ちてるパソコンだけ見ればいいよね。
ふと、顔を上げるとたむたむが榎本課長とデスクの前で何かを話している。
そう言えば、たむたむの隣のパソコン。落ちてたなぁ。
手始めに回り込むと、本体横のラベルの数字は〈ks1-pc15〉。
お。ビンゴっ。
しれっと電源を入れて捜一を出ると、LINEの着信する。
すぐに来た返信のスタンプには、ダイオウグソクムシが「ありがとう」の周りをぐるぐる回っていた。
こんなスタンプどこで手に入れたんだろ。
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とんだ回り道をさせられて、遠くに見えるのはやっとたどり着いた鑑識課のプレート。
「リカコさん」
ちょうどそのドアから出て来たリカコさんに声を掛けると、思案顔がパッと笑顔になる。
なんか隠したぞ。
「カエちゃん。用事は済んだ?」
「うん。大丈夫」
あたしもひとまず笑顔を返す。リカコさんが言わないってことは、自分の中で納得してないんだろうしなぁ。
こういう時は無理に聞いてもはぐらかされるし、リカコさんが納得すれば話してくれるだろうから、それまで待つしかないのかな?