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第21話 情報収集

「こんにちは」

 鑑識室のドアからリカコが顔を覗かせると、室内ではそれぞれ仕事中の鑑識官達がちらりとリカコの姿を確認し、何事も無かったかのように、また仕事に戻っていく。今日は鑑識課にいると言っていたはずの葵の姿を探しながら、リカコが大きく視線を巡らせたところで、ちょうど葵が証拠品の押収倉庫から顔を出してくれた。


「はぁい。理加子ちゃん」

「お疲れ様、葵ちゃん。この前総監に情報が上がっていた件リークしてくれてありがとう。お陰様で心の準備ができて助かったわ。ついでにどこから上がってきたのかって分かるのかしら?」


 狭いカウンターを挟んで葵と額を付き合わせる。ここではリカコが科学捜査研究所所長の養女むすめであることは周知の事実で、所長が警視総監と旧知の中だということもあってか「触らぬ神に祟りなし」な空気がプンプンしている。それ故に鑑識課ここに顔を出すことをとがめられないのが、リカコとしてはありがたい。


 コソコソと笑顔で話を始めたリカコと葵は、はたから見れば気の置けない友人との談話だが、話の内容はだいぶ物騒なこと極まりない。

「聞かれると思って調べておいた。証拠品が上がって来たのは捜査一課そういちでもね、その後警務部から横槍が入ったっぽいんだ」

「警務部?」


 意外な部署名に声がうわずり、先程エレベーター前で鉢合わせた警務部長のタヌキヅラが蘇る。


 まさか越智おちダヌキが自分から〈おじいさま〉に告げ口を?


 想像外な組み合わせにリカコは頭をひねる。あの2人が額を付き合わせて話し合う姿など想像も出来ない。


「全く君たちは、変なガキどもだと思っていたけど、権力争いにまで首突っ込むようになったの?」

 リカコはちょっと肩をすくめると、立てた人差し指を唇にあてた。

「葵ちゃんも首を突っ込み過ぎると、庁内を揺るがす陰謀に巻き込まれちゃうかもよ」



 ###


 肩にかけるカバンの中から、ブルブルと音を立てて細かな振動が自己主張してきた。


 ん。スマホが鳴ってる。

 確認した液晶画面はよく見る名前を映し出している。

「何? ジュニア」

 人気ひとけは少ないけど、通行人の邪魔にならないように通路の端に寄って通話ボタンをスライドした。


『カエ? もう本庁に入った?』

「うん」

 休憩スペースでたむたむと別れて、リカコさんのいる鑑識課に足を向ける所。


『よかった。捜一に行って〈ks1-pc15〉って言うパソコンの電源を入れて来て欲しいんだ』

「ええっ。さっき捜一出たばっかりなのにぃ。ハッキングするとリカコさんに怒られるよ?」

 だいぶ歩いてきちゃった通路を振り返って、電話越しにむぅっと唇をとがらせる。


『僕がそう簡単に足跡残す訳無いじゃん。電源入れるのはあちこち操作するから面倒でさ。1回入っちゃえば、後は勝手に電源まで落として帰るから。よろしくね』

 それだけ言って、一方的に通話が切れた。


 勝手なんだからぁ。


 きびすを返して通路を戻ったあたしは、捜査一課のドアをそろりとくぐる。


 えと。〈ks1-pc15〉だっけ。

 電源の落ちてるパソコンだけ見ればいいよね。

 ふと、顔を上げるとたむたむが榎本課長とデスクの前で何かを話している。


 そう言えば、たむたむの隣のパソコン。落ちてたなぁ。

 手始めに回り込むと、本体横のラベルの数字は〈ks1-pc15〉。


 お。ビンゴっ。


 しれっと電源を入れて捜一を出ると、LINEの着信する。

 すぐに来た返信のスタンプには、ダイオウグソクムシが「ありがとう」の周りをぐるぐる回っていた。

 こんなスタンプどこで手に入れたんだろ。


 ###


 とんだ回り道をさせられて、遠くに見えるのはやっとたどり着いた鑑識課のプレート。


「リカコさん」

 ちょうどそのドアから出て来たリカコさんに声を掛けると、思案顔がパッと笑顔になる。


 なんか隠したぞ。

「カエちゃん。用事は済んだ?」

「うん。大丈夫」


 あたしもひとまず笑顔を返す。リカコさんが言わないってことは、自分の中で納得してないんだろうしなぁ。

 こういう時は無理に聞いてもはぐらかされるし、リカコさんが納得すれば話してくれるだろうから、それまで待つしかないのかな?

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