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第20話 小娘の権力

 ジュニアとの電話でいくつかの打ち合わせを終えると、タイミングを合わせたかのようにイチが診察室から出てきた。


「イチ。この後カイリがお迎えに来てくれるって」

 ジュニアからの伝言を伝えると、しっかりとした足取りであたしの座る長イスに向かってくる。


「みんな安心してたよ」

「別に迎えなんて要らないのに」

 あたしの前に立ったままプイとそっぽを向くけど、ちょっと嬉しそうじゃない?


「昨日カイリが、イチを危険な目に合わせちゃった。ってスゴいヘコんでたから、ちゃんとフォローしてハグしてあげてね」

「イヤだよ」


 あたし達の会話に、続けて診察室から出てきたドクターがこちらを振り返る。

「ちょっと待て。海流かいりの馬鹿力でさば折りなんかされてみろ。傷口がまた開くぞ」


「さば折りって。ハグだから」

ヤローのハグなんてお断りだ」

 力いっぱい否定してくるけど、別にドクターに求めてないから。


「あ。そっかぁ」

 思い至ってスマホを出すとLINEを開く。


「イチにハグして傷口が開くと困るので、命の恩人のドクターに力一杯ハグしてあげてね。送信」

「俺を殺す気か?」

 ドクターがあからさまにイヤな顔をみせる。


「いひひっ。あたしこの後リカコさんとデートなんだ。カイリとドクターのハグ攻防戦も見たかったけど、そろそろ出ないと」

 ハグ好きカイリ(みんなに拒否られる)とドクターが、ジリジリ睨み合う図を想像してついにまにましちゃう。


「イチ。葵ちゃんに伝言ある?」

 長イスから立ち上がり、目の前のイチには暗に本庁に行くことを伝えたつもり。

「無いっ。絶っ対に怪我したとか、入院したなんて言うなよ」

 力一杯全力拒否だけどね。


「はーい。じゃねっ」

 軽く返事をして、あたしは出入口に立てておいた傘を取ると雨の降る屋外に飛び出した。



「なんだお前やるなぁ。一途なツラして2股か?」

「もうこの話はマジ勘弁して」

 イチの深いため息が口をつく。



 ###


 2日連続の登庁になっちゃった。日曜日は絶対に〈おじいさま〉はお休み。それが分かっているからこその連続登庁なんだけどね。


「私は鑑識に行くけど、カエちゃんも来る?」

 入り口の自動ドアをくぐりながら、リカコさんと行動確認をする。

「んー。ちょっと一課を覗いてくる。後で鑑識に寄るね」

 広いエントランスには人もまばら。数台並ぶエレベーターの前に立ち、降りてくる階数ランプを確認する。


 開いた扉に乗り込もうとしたあたし達は、降りてきた見覚えのある2人連れに足が止まった。


越智おち警務部長っ。東田ひがしだ副総監も、お久しぶりです」

 にっこり笑って頭を下げるリカコさんに合わせて、あたしも一応・・頭を下げる。


「お前達。今日総監は公休を取られているぞ。ここはお前たちのような者の遊び場じゃ無い。帰れ」

 苛立いらだちをおさえもしない越智警務部長の声は取り付く暇もなし。

 リカコさんの貼り付いた笑顔の口元が、ピクッと引きつった。


「……。先週、製薬会社の爆破された現場に内偵に入っていただろう?」

 あたし達を通り過ぎ際にわざわざ足を止めると、こちらを見もしないで聞いてくる。


「はい。おかげさまで誰も怪我せずに無事帰還いたしましたわ」

 あつ強めの笑顔を貼り付けたリカコさんの、イヤミたっっぷりの言い回しに越智警務部長は鼻で笑う。


「それは何より」

 明らかに思っても無い一言を残して、にこやかに頭を下げてくれる東田副総監と共に去って行った。


「あたし越智警務部長大っ嫌い」

 リカコさんと2人きりのエレベーター内で、思い出すのも腹立たしいタヌキ面を脳裏から叩き出す。


「あら、あの人もあれでなかなか大変なのよ。〈おじいさま〉とは同期なんだけど、先に警務部長に昇進して、同期一の出世頭かと思いきや2年後に〈おじいさま〉は警視総監。立場大逆転。私達のことも相当気にくわないんでしょうね。お可哀想に」

 つまり、リカコさんも嫌いなのね。


 警務部長は、立場で言うと警視総監の次に偉くて、副総監と同等の権力がある。でも2番目は2番目。

 ちなみに副総監しかりあたし達の存在ことを知る数少ない人間の1人でもある。


 ###


 捜査一課のプレートのがある開けっ放しのドアから顔を覗かせると、中はスーツのおじさま達が忙しそうに動いてる。


 あたしのお目当さんは。

 いた。


 辺りのおじさま達が何事かとチラ見してくる間をスススッと移動して、デスクの書類とにらめっこをしてる、その男性の背後に立った。

「たむたむ。忙しそうだね」

「香絵ちゃん、ちょっと後にしてくれる?  ……。香絵ちゃん⁉︎」


 こっちに振り返るたむたむにぴこぴこっと手を振ると、びっくりまなこのままガッとあたしの手を掴んで一課を飛び出して行く。


 さらわれるぅ。

 自販機とベンチのあるスペースまで来て一息つくと、自販機とにらめっこをしていた先客にたむたむが頭を下げた。


「あ。榎本課長。お疲れ様ですっ」

「ああ。お疲れ様……っ! なぜこちらにいらしてるんですか」


 背広もお顔も、ちょっと疲れた感じの榎本課長が発した最後の一言は、驚きとともに明らかにあたしに向けられている。

「こんにちは。社会科見学です」

 にっこりと笑って答えると、「そうですか」と口の中で答えて、何も買わずに榎本課長はそそくさと自販機を離れていった。


「え? 知り合い?」

 プチパニックのたむたむにもにっこりと笑う。

「言ってなかったっけ? あたし警視総監の孫娘なの。だから本庁にも社会科見学によく来るんだ」

「孫?」

 たむたむの動きが止まる。


「え。今の総監は確か櫻井……」

「そ。お母さん側のおじいちゃん。それよりたむたむさぁ、今何の帳場ちょうばに入ってるの? 製薬会社爆破の一件って誰が見てるのかなぁ?」

 帳場って言うのは捜査本部の事ね。


「いやいやいやいやっ。ちょっと待って。ちょっと待って。折角、夢の本庁勤務。所轄しょかつでの小娘のおり業務からやっと解放されたと思っていたのにっ」

 むぅ。ブツブツつぶやき出したたむたむってば、あたしの話を全く聞いてないな。


「孫娘? 孫娘って何だ? 課長が恐れるくらいの権力が有るのかこのぺったん小娘に」

 ぺったんこって?

「なんか本音がダダ漏れしてるけど? ぺったん小娘って何がぺったんこなのかなー? ちゃんと話し合っておく必要がありそうねぇ?」

 ことと次第よっちゃあ、廊下の隅っこの休憩スペースに血の雨降るよー。


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