イチの入って行った処置室のドアを見ながら言葉が漏れる。「イチはなんで痛かったり辛かったりを話してくれないんだろ?」
「昔からじゃん。カッコつけぇ」
ジュニアも処置室から目を離さない。
小さい頃はあたしもジュニアも泣き虫で、辛い訓練の後とかイチにはいつも怒られてたっけ。
腰に手を当てる幼いイチが、床に座ってめそめそしているあたしとジュニアに
「泣くのはここだけだぞ。他では泣くなよ」
「うっわっっ。懐かし。そして腹立つ」
口調をまねたあたしは、ジュニアの一言と共に顔を見合わせた。
「あはっ。ホント、ガキが
「僕あるよ」
にまぁっと悪い顔。
「えぇっ。いつ?」
「カエが間宮家に引き取られた日」
っっ。
ジュニアを見上げた鼻の奥がツンとして目が潤む。
「知らなかった」
あたし達が小学生に上がるころだ。
「黙ってるって約束したからね。あ。言っちゃった」
クスリと唇から笑みが漏れる。
そもそもジュニアに黙っておけ。なんて無理難題。
「あの頃はまだ手の届くところ、目の届くところだけが世界の全てだったからね。僕もあそこを出たらみんなには2度と会えないんだと思ってたし」
「そうだね」
共有してた場所と時間。色んなことを思い出す。
「じゃあ共犯。あたしも黙ってる。ジュニアは? 腕大丈夫?」
「僕のは医療用ホチキスでバチンてしただけだよ。半袖にされちゃったけど」
袖を切られた腕には白い包帯がキレイに巻かれている。
「ミーナさん。あんなんでもやっぱりナースなんだねー」
処置室のドアが音を立てて開くと、ミーナさんが顔を出した。
「2人とも入ってぇ」
きっと大丈夫って思っていても、急に胸が苦しくなる。
席を立ち、ジュニアと共に処置室の中に入ると、ベットカーテンの敷かれたこっち側にドクターと白黒のモニターが見えた。
チラチラ動く荒い画像の一部を指したドクターがしっかりとした声で説明してくれる。
「ここ。黒い塊が見えんだろ? 少量だけど出血が見られる。今日はとりあえず入院して、明日また検査だ。出血が収まっていればそれでいいし、拡がっていたらうちじゃ手に負えんから、デカイ病院に行ってくれ」
ギュッと心臓が痛くなる。
「ドクター。気付いてくれてありがとう。大丈夫。だよね?」
あたしの声に困ったようにぽりぽりと頭を掻く。
「まぁ、少量だしな。何にせよ香絵の消毒が終わったら今日は帰れよ」
「イチと話せる?」
「ちょっと待ってろ」
ドクターが中に入り、少ししてカーテンが開いた。
ベッドから身を起こそうとするイチの姿に、安心したような不安なような、隠し事されていた不満とか心配とか、どうしたらいいのか分からない思いがぶわっと溢れてくる。
「何でちゃんと痛いって言わないの」
開口一番つい文句が口をついちゃった。
「まぁ、こっちもいろいろ都合があるんだよ」
「意味わかんないし」
まさに売り言葉に買い言葉。
「とりあえず僕達は帰るね。また明日来るから」
スッと会話の隙間に入ってきたジュニアに背中を押されてドアに向かう。
あ。
振り返ると、閉まる診察室のドア
「ほら、帰ろう」
「……うん」
ジュニアに
気づけなくてゴメン。言いそびれちゃった。
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寮のリビングでは、イチを除く4人が顔を見合わせるている。
議題は今日の出来事の擦り合わせ。
黒スーツは、巽さんのところでカップルA|(カイリとリカコさんね)を襲撃した上の銃刀法違反で検挙。という形になったらしい。
世に言う「別件逮捕」ね。
イチの事は明日の検査待ち。
こういう仕事だし、怪我することも全然珍しくなんてないけど。
みんなが揃わないのはやっぱりイヤ。
「とりあえず黒スーツ、地下室、高富氏。こっち方面はひと段落かしら」
リカコさんがタブレットに情報を打ち込みながら、小さく息を吐いた。
「巽さんが言うには、本庁に身柄を引き渡されてそっから販売ルートなんかの解明にまわるだろうって。会社内でも、重役の何人かは密売に関わっていたし、黒スーツに面識あるのもいるだろうしな」
リカコさんの言葉をカイリが継ぐ。
「全く手付かずの事があるよね?」
ソファーであたしの隣にジュニアから、不満の声が出た。
「爆弾の件ね」
分かってます。とばかりのリカコさん。
「そっちは明日葵ちゃんに当たってみる。ジュニアが言っても聞かないのは今に始まった事じゃないし分かってるけど、〈おじいさま〉の手前もあるんだからホント、ホンットに注意して動いてよ」
念には念を入れたいリカコさんの言葉もなんのその。
「僕しばらく葵ちゃんに顔合わせらんないなぁ。一課のデータベースにハッキングしとこ」
どこまでも通常運転のジュニア。勝手に取り付けた葵ちゃんとイチのデートの約束、守れてないもんね。
「聞いてんのっっ⁉︎」
ポーッと