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第17話 闇医者? ヤブ医者?

 時折吹く風がリカコの長い髪を優しくでていく。

 耳にあてていたスマホのコール音が終わると、あからさまに警戒した男の声が電話に出た。

たつみさん? お久しぶりです。リカコです」

 その声に出来うる限りの柔らかい声で答える。


『……。理加子が直接電話をしてくるなんて、よっぽどな事があったな』

 それでも巽の警戒が緩まる訳では無い。

「緊急度合いが分かっていいでしょ?」


 三条橋の下、コンクリートの柱の基礎に腰を下ろしてリカコがにこりと微笑む。

 足元ではカイリが手錠代わりのインシュロックをかけた黒スーツの身体検査をしているのだが。


 まぁ、大小取り揃えたナイフが出てくる事。

「この前はアコニチンのDNA鑑定ありがとう。今日本庁の鑑識で確認したんだけど、やっぱり合致したわね。でね。ちょっと相談があるんだけど、その事がらみで犯人の身柄を引き取りに来てもらえないかしら?」

『例の黒スーツか?』

 身を乗り出すかのような勢いで問いかけてきた巽に、リカコは電話のこちら側で微笑んだ。

「ご明察」


 以前公園で一戦交えた事はカイリ達が巽にも話している。

「しかも高富氏殺害の自供録音付き」

『何⁉︎ あれはプロの仕業じゃないかって、本庁でも噂になってたやつだぞ。……。見返りはなんだ?』

 警戒した口調を崩さずに聞いてくる。


「やだわ。巽さんにはいつもお世話になってるもの。検挙率を上げてもらいたいだけよ」

『今日は香絵と本庁に顔出したろ?』

「親子の会話がなされてるなんて、素敵ね」

『理加子』


 たしなめるような巽の声に誤魔化すのは諦める。

「〈おじいさま〉にこの件からは完全に手を引くように言い渡されたの。なのに舌の根も乾かぬうちにこれじゃあね。逆鱗げきりんに触れて組織解散になったら、学費出なくなっちゃうかしら?」

 これが結構切実だったりするのだ。


『……。お前達が関わってない。なんて誤魔化し切れるとは思わないぞ』

 巽の硬い声に、リカコはゆっくりと瞳を閉じる。真っ向まっこうから否定をしてこない以上、いつも通りこちらの味方をしてくれると取っていいだろう。

「巽さんなら大丈夫よ。ありがとう。陰で動くの得意だから、何かあったらお手伝いするわよ。声かけてね」

『お前達に頼むようじゃ、おしまいだよ』

 巽のついた重いため息が、リカコの耳に残る。


『みんな怪我は無かったのか?』

 話題を変えたい気持ちも分かるし、当然来るとも分かっていた質問だ。


「それはゴメン。下の3人はドクターのところに行かせたの。みんな直ぐにどうって傷じゃないけど……」

 リカコも口調が重い。

『誰が一番重い?』

「んー。イチ。かな」



 ###


「せんせー。なんかヤバそうなの来ましたよぉ~」

 イチがあからさまにすさんだ感じのドアを開くと、場違いなくらい派手目な化粧をしたナースのミーナさんが受付けから奥の診察室に声をかけるのが聞こえた。


 閑古鳥かんこどり鳴きまくりの院内は相変わらず人の気配がない。


「ミーナさんひどぉい」

 イチとジュニアに続いて室内に入ったあたしはつい口をとがらせる。

「香絵ちゃん新手のファッションセンスだね」

「まぁね」

 目を丸くするミーナさんにジト目を返しちゃう。ええ、ええ。ブカブカブカな革ジャン姿。ここへの道すがらも、変な目で見られましたよ。


「うわっ。ジュニア、なんだその腕は」

 奥の診療室から出てきたのは、ボサボサ頭にヨレヨレ白衣を着たドクター。せっかく背が高めで体格もいいのに、相変わらずやぶ……闇医者感半端ない。

「痛い」

「当たり前だ。バカ。ミーナちゃん縫合セット出しといて。香絵は?」

 ジュニアの腕から、血の染みを見せる止血帯を掴むドクターがあたしを振り返る。


「胸元さっくり」

 ミーナさんに連れられて診察室に入りがてらジュニアが余計な一言。


「お。いいとこ切られたな? 見せてみろ」

「殴るよ」

 しっかり前を閉めた革ジャンをさらに両手で覆う。

「医療行為だろぉ? 元気そうだな。まぁ、なんにせよジュニアの後だ。イチは?」


「俺は付き添い」

「……ふーん。請求はいつも通り、たつみにツケとくからな」

 イチの顔をジィッと見た瞳が診察室へと移動していく。


 そんな姿を見送って、あたしは待合室の古ぼけたベンチに腰を下ろし一息ついた。

 隣にイチが座る気配がして。


「イチ。どした?」

 妙な違和感に言葉が口をつく。


「あ?」

 あれ? 気のせい?

「なんか……」


 イチの顔をジィッと見つめる。

 なんだろう? おかしい。探せ。

 グィッと顔をイチに近づける。

 頭で警報が鳴ってる。

 イチの顔。瞳。唇。


「カエ?」

「イチ」

「何見つめあってるの?」

 唐突にジュニアの声。


「うわっ。イヤ、違うよっ。イチ、なんか変じゃない?」

 かぁぁっと赤面するのが分かる。


「えぇ?」

 怪訝けげんな顔で覗き込むジュニアの横から、ドクターがスッと割り込んで来た。

 あたし達が声をかける間もなく、イチに腹パンチ。


「え? なぜ今腹パン?」

 あたしがドクターを見上げる横でイチが苦しそうに身体を2つに折る。

「えっ。何? そんな強烈な感じじゃ無かったよっ? イチっ?」

 事情が分からずおたおたしちゃったあたしなんて知らん顔で、ドクターはうずくまるイチを見下ろしている。

「ほら、腹出せ」

 そんなドクターをイチが凶悪な形相で睨み返した。

「悪い顔だなぁ。お医者様を誤魔化せると思うなよ」

 横からあたしがTシャツをめくる。


 お腹から脇腹にかけてが真っ青になっている。

「うわぁっ、ヒドッ。いつやられたの!」


「ったく、お前らはナイフ持ったムエタイ選手とフォークダンスでも踊ってたのか? ミーナちゃぁん、エコー検査の用意しておいてぇ」

「は~い」

 奥の処置室から返事が返ってくる。


「大丈夫だよ。ちょっとアザになっただけだろう」

 苦しさを抑え込めない声に、イチの額に脂汗が浮く。

「腹部外傷。内臓出血してたら今日は入院だ」


 ぴこぴこっ。

 にらみ合う2人の緊迫した中に、場違いなLINEの着信音が響いた。

「リカコさんだ。イチは大丈夫だった? だって。気づいてたんだ。リカコさん」

 チラリとイチを見る。


「理加子? ああ。もう1人スカしたガキがいたっけなぁ。滅多に病院に顔出さないヤツ。とりあえず検査だ、行くぞ」

 ドクターが、イチの襟を掴んで連行していく。


「カエ」

 空いた席にジュニアが腰を下ろすと、あたしの頭にポンと手を置いた。

「そんな悲しそうな顔しないの。大丈夫だよ」

 引き寄せてくれたあたしの頭が、コツンとジュニアの肩にもたれた。

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