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第16話 リカコさん

「追ってっ!」

 走り出した黒スーツを指してあたしが叫ぶ。

 カイリとイチが走り出し、あたしはジュニアを振り返った。押さえた右の腕から出血しているのが見える。


「靴先にナイフ仕込んでる。大丈夫っ。行って」

 意識もしっかりしているし、毒物におかされている様子も無い。

 うなづいてあたしも走り出す。


 トドメの蹴りが甘かったか?


 もう、黒スーツはリカコさんの目前。

 どうしよう。誰も間に合わないっ!


 その瞬間、リカコさんが胸元に抱えていたショルダーバッグを投げ捨てた。

 しっかりと構えたその右手には小型の拳銃|(もどき)。

 黒スーツが目を見張り、地面を蹴って進路を変えた。


 パジュンッッ!


 拳銃よりだいぶ軽い音と共に、銃口から銀糸が2本伸びる。

 1本は黒スーツに擦り、もう1本は空を行く。


 外れた。


 黒スーツもそう思っただろう。

 迷いなく右手から拳銃|(もどき)を手放したリカコさんにリトライしてくる。


『私、左利きなの』

 インカムから聞こえるリカコさんの声。

 当然左手にも同じ獲物。


 パジュンッッ!

 狙いたがわず。

 手の届く距離まで詰まって来ていた黒スーツを、今度こそ2本の銀糸が捉えた。


 バチンッ! と電気のぜる音がして大きく身体を震わせた黒スーツが、今度こそ沈黙した。


 あれはテイザーガン。もちろんジュニアのお手製。

飛ぶスタンガンって言ったらわかりやすいかな?

 難点は連射が出来ない事、金属の糸が届く範囲2メートルでしか使えない事、糸の先の針が2本とも対象に触れていないと威力を発揮しない事。

 でも殺傷能力は無い。


『ああ。怖かった』

 さして気にも留めていない様なリカコさんの口調に、男子組の顔が凍る。


(銃2丁でフェイントかけておいて、サラリとその言葉が出るリカコが一番怖い)

 口には出さないが、目が意思の疎通を確認した。


「ジュニア」

 黒スーツの方は大丈夫だと踏んで、あたしはジュニアの元に駆け寄った。

 グレーのロンTの二の腕あたりに血が染み出ている。


「リカコさん。止血帯持ってる?」

 インカムに話しかけながらリカコさんを振り返ると、小走りに近づいて来たイチがびっくりした顔で立ち止まり、手で目元を覆う。

「カエ。胸元」


 え?

 視線を落とすとTシャツの胸元がパックリ割れて、鎖骨の下あたりから一筋血が滲んでいる。


 黒スーツの最後の一閃だぁっ。

 バッッ! と裂けたシャツを引き寄せ、裂け目から覗いていた胸の膨らみを覆う。

「ジュニアァァッッ! 気づいてたでしょうっ!」

 カアァァッ。と赤面するのがわかり、怒鳴りながら振り返るっ!


「うん。いい眺めだなぁって思ってた」

 悪びれしないいつもの調子に続けざまに上段蹴りを放つけど、ことごとく避けられる。

「もっと巨乳ちゃんだったら傷も深くて大変だったねー。って僕負傷者なんだけど」


 腹立つぅっ! そして蹴りが当たらぁぁんっ。

「落ち着け」

 ぽふぽふとイチに頭を叩かれた。


「何やってるの? ほら止血帯」

 リカコさんがジュニアの腕に触れる。

「結構ザックリいってるわね。ここじゃ応急処置しかできないわ。こっちはカイリと処理しておくから、3人はドクターのところに行って来なさい。イチ……。ちゃんと連れて行ってね」


「ええぇっ。ドクター?」

 あからさまにイヤそうな声が出ちゃった。

「こんな傷、何も聞かずに処理してくれるのはあそこだけよ」

 問答無用なリカコさんの一言。


 まあね。

 ドクターはせりかさんの知り合いの開業医。はっきり言って闇医者感半端ない。


「カエ」

 カイリの横を通り様に声を掛けてられ、革ジャンが飛んでくる。

「着ていけ」

「ありがとう。って、この革ジャン無駄にデカいし」


 そもそも180㎝あるカイリと148㎝しか無いあたしとじゃ差がありすぎる。

「革ジャンじゃない、ライダースジャケットだ」

「……ごめん。違いがまっったくわからない。しかもライダースって。バイクの免許なんて持ってないじゃん」

「ふ。これからだ」

 気取って前髪をかきあげるカイリに冷たい視線が刺さる。

 いつになる事やら。


「服に着られてる」

「ジュニアだってそんなんで歩いてたら職質物だよ」

 袖をまくって、前のファスナーを閉める。

 確かにお父さんの背広を着た子供感はいなめない。


「ああっ! 僕の捕縛機。使わずに終わった」

「まぁいいじゃない。テイザーガンだってジュニアの作品なんだし。後で新しいリール出しておいてね」


 1日中背負ってたカイリの甲斐は無駄になったけどね。

 なんかカイリって、本当にむくわれない。

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