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第14話 第2ラウンド

 あの後鑑識に顔を出したら、やっぱり葵ちゃんはお休みで、一課にも寄ったのに、ひらちゃんの前任者で本庁にご栄転したたむたむも残念ながら出払っていた。


 〈おじいさま〉のお小言を神妙な顔をして右から左へ聞き流しての本庁からの帰り道。途中立ち寄ったファミレスで散々悪態ついて、みんなで軽くお昼を食べて、スイーツやけ食いして、心もお腹も程よく満足。


 リカコさんと並んで歩く食後の帰りさんぽ道。おしゃべりの合間に見上げた空は青く澄み渡り雲ひとつない。

 このままのんびりお散歩しながら、まったり過ごせたら最高なんだけど。


 んんんー。

 首の辺りがピリピリする。


 くるりと振り返り、あたし達の後方を歩いていたジュニアと目を合わせると、彼はニコリと笑って手を振ってきた。


 いや。そんな事求めてないから。

 ツッコミを入れようと口を開けると

「僕もそう思うよ」

 そう言ったジュニアの瞳からスゥッと笑みが消えた。


「あ。やっぱり?」

「何。その会話」

 イヤそうな顔をしたリカコさんが振り返る。

「えー。僕とカエだけの秘密~」

「いやいや。首の辺りがピリピリする」


 あたしの一言にカイリ、イチ、リカコさんの間に緊張が走った。

「アレ?」

「アレ」

 尾行が付いているのか? のイチの問いかけに頷くと、カイリがドラムバックを背負い直す。


「1日中持ち歩いた甲斐があるといいけどな。ここからなら、三条橋の下が人気も少ないし足場もいい」

 前を向いて歩きながら終着点を確認し

「橋の下でケンカとか、定番過ぎで恥ずかしくないの?」

 ジュニアのツッコミをうける。

「でも、一般人を巻き込まないのが1番だろう?」


「はぁ。私外仕事苦手」

 カイリの一言に憂鬱ゆううつなため息をつくリカコさん。その姿にジュニアがニマッと笑う。

「リカコ運動が苦手だもんねー」

「あなた達と一緒にしないで。私は一般的なの」



 ###


 頭上に、道路を渡る車の音を聞きながら屈伸くっしんをして肘を伸ばす。三条橋の下はむき出しの土を見せていて、地面に落ちる橋が作り出す日陰に肌がひんやりとした。

 今日は裾をロールアップした緩めのダメージジーンズに、7分袖のTシャツで完全動きやすさ重視。


「どもっ。この前ハデに顔面ダイブしたから鼻骨骨折でもしたんじゃ無いかと心配してたのよ」

 どうやってたどり着いたのか、橋を支えるコンクリートの巨大な柱から姿を現した黒スーツに声をかける。


 前衛にあたしとジュニア。

 後衛にイチ。

 さらに下がった辺りにカイリとリカコさん。


 黒スーツを確認して、カイリがリカコさんを下がらせた。


 一回戦の時の、誰なのか。何故狙われているのか。の分からなかった状態に比べて、情報の入った頭。加えて今日はフルメンバー。精神的な安定感がまるで違う。


 出来ればコンクリート柱を背にしたいところだったけど、そう上手くもいかないか。


 黒スーツの視線が明らかにリカコさんを追い、カイリが2人の直線上に身体を移す。


「あららぁん。実は無類の女好きとか?」

「振られちゃったね」

 あたしの軽口にジュニアが反応してくれた。


 その手には伸縮性の特殊警棒が握られてる。長さにして60センチくらいかな。そういうあたしも腰に、伸ばす前の特殊警棒を隠してる。


 イチとジュニアは警棒派。カイリとあたしは素手派。

『落としやすいところから狙いたいんだろ』

 耳につけたインカムからボソリと聞こえるイチの声。


「浮気者っ」

 そのタイミングであたしとジュニアが黒スーツめがけて飛び出す!

 一瞬遅れて殺気の塊の様な黒スーツが向かって来た。


 黒スーツの直前であたしとジュニアが入れ替わる。

 簡単なフェイントだけど、黒スーツの目は迷うことなくあたしを追ってきた。


 ジュニアの警棒が唸りを上げて、地面を蹴り飛び上がったあたしの膝が黒スーツの側頭部を狙う。

 後ろに倒れる様に避ける黒スーツを、追って来たイチの一撃が打った。


 金属の擦れるイヤな音が響く。

 二刀のナイフがイチの警棒を受け、青い火花が散った。


「俺たちを狙う理由は何だ?」

 地面を蹴る音に、刃を交えていたイチが後方に飛び、真横から走りこんで来たカイリの脚が黒スーツの手元を蹴り上げる。


 ナイフが宙を飛び、返す脚で黒スーツの首元にカイリのかかとが勢いよく振り下ろされる。

 身長があるからこそのかかと落とし。

 身長の低いあたしには羨ましい限りっ。


 元々逃げられる事前提の連携。

 身体を反らし脚を避ける黒スーツに、空振った右脚を軸に据えたカイリが回し蹴りを叩き込んだ。


 腰を落とし蹴りを受ける体制に入った黒スーツが、ほんの一瞬背後に傾いた様に感じ、背中があたしに向かって飛んでくる!


 ザザザァァッッ。


 黒スーツは猫の様にしなり、地面に両手足をついて止まった。

 傾いた様に見えたのは、おそらくカイリの回し蹴りを受けきれないと踏んで自ら後方に飛んだんだろう。


 これで、黒スーツを中心にあたし達4人が周りを取り囲む陣形になる。


 正面のリカコさんを狙うには、直線上にカイリ。

 後方のあたしを狙うには左右にイチとジュニア。


「これで全員か?」

 初めて聞く男の声。

 あたしからは見えないけど、カイリの表情から見るにシリアスな場面らしい。


 口ついてたんだぁ。

 なんて軽口を叩きたくなるのをググッと我慢する。


「そうだ。お前がうちの連中を襲う理由は何だ? 高富氏を襲ったのはおまえだろう。調べは付いている」


「高富氏って誰?」

 インカムにぽそりと呟くと、

『殺害された製薬会社の社長さん。調べは付いてないけど、カマかけに引っかかるかしらね』

 リカコさんの声。

 その声ににかぶる様に低い笑い声が聞こえてくる。

 声は徐々に大きくなり、怒りの感情が爆発した。


「はははははっ。ガキばかりじゃないかっ! ふざけるなっっ。

 貴様らがつまらん爆発物で弾け飛ばしたドラックや毒物が、一体いくらの値をつけたと思うっ! 金を出し惜しんだ高富のジジイを消して、全てが俺の物になるはずだったのにっ」


 爆弾魔じゃなかったっ。


 チラリとジュニアを見ると、嬉しそうなドヤ顔。

 いやいや。それよりもあたし達が狙われていたのは、爆弾魔に間違われてたからって事?


『自白の録音頂きました』

『お。録音機能役に立ったね』

 リカコさんの冷静な声に、ジュニアの嬉しそうな声がインカムを通して聞こえてくる。


「残念だけど、あの日の爆発は俺たちも巻き込まれてた側なんだ」

 カイリが一応釈明するけど

「ふざけるなガキどもがっ!」

 火に油。とはこの事だよね。

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