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第9話 公園脱出

 さっきあたし達が入ってきた入り口に、パトランプを回したシルバーの覆面パトカーがゆっくりと停車する。


 あたしはスライディングした背中の汚れを払いながらスポバを拾い上げ、地面に刺さったナイフの位置まで戻った。


 身体を起こしたイチが、後転した途中のような体勢で止まっているジュニアをひっくり返して歩いてくる。


「そこ。ナイフ刺さってるから気をつけて」

 暗くなってきた公園内は、所々に立つ街灯の光に照らされてはいるものの、黒いナイフを浮き立たせる程の光量には程遠い。

「置き土産?」

「ん。指紋残すような事はしてないだろうけど、鑑識さんに見てもらおうと思って」

 スポバからポーチを出して、中から木綿の白い手袋とジップロックの袋を出す。


「何持ち歩いてんの?」

 背後からかかる声はイチでも、ジュニアでもなく。

「乙女の必須アイテムだよ。ひらちゃん」

 覆面パトカーを運転して来た所轄の刑事に、振り返らずに返事をする。

 証拠品に極力触れないようにつまみ上げ袋に投入。


 刃の部分が濡れてる?

 街灯に照らされるやいばがぬらりとした光を反射させ、内側のビニールに張り付いている。


「あれ? 新しい人だね」

 ジュニアの声にあたしは顔を上げて男子3人を見回した。

「ん。初お目見えだっけ?」


 所轄の刑事に向かい

「こちら、イチくんとジュニアくん。あたしの同級生」

 今度は2人に向き直り

「こちら、4月から父の所に配属になった平野さん。28才独身彼女無し。たぶん」


「よろしくお願いしますっ!」

 小学生の見本みたいな挨拶をするジュニアと

「おなーしゃーっす」

 思春期の中学生みたいな返事をするイチ。


「どうも」

 まぁ、ひらちゃんの挨拶もだいぶ「またガキのお守りか」感が出てるけど。

「ひらちゃん。あそこの植え込みに引っかかってるのと、ベンチの所にぶつかってとまってるの。もう1人いたんだけど逃しちゃって、そいつら事情聴取して炙り出して確保してね」

 最大限に、にっこり笑ってお願いする。


「え。誰が暴行犯?」

 うん。確かにぱっと見暴行されてる犯だよね。

 辺りを見回すひらちゃんが、いぶかしげに眉を寄せた。


「カエ、前の人はどうしたの?」

 ひらちゃんが歩いて行く後ろ姿を見ながらジュニアが声をかけてくる。

「本庁にご栄転。捜査1課にパイプが出来ちゃった」

「うちの情報で解決した事件手柄がいくつかあったもんな。所轄ではカエにこき使われ、本庁に異動してもあてにされる。人生喰い物にされたな」


「いひひひひっ」

 イチの一言にヨダレを拭うマネをする。


「間宮課長に君達を使っていいって言われているんだけど、ちょっと運ぶの手伝ってくれるかな」

 大の男2人、ひらちゃんだけじゃどうにもならないらしく、イチとジュニアに声がかかった。



「さて、君達からも調書を取らないとならないな」

 男達を積み込み終わり、振り返るひらちゃんの一言に、あたし達は顔を見合わせる。


「僕たち被害者」

「あたし正当防衛」

「……。あれ、俺何もしてないや」

「はっ! 一番悪役みたいな位置にいたのに、確かに何もしてない」

 イチの発言にジュニアが突っ込んだ。


 むしろ恐喝犯だよね。

「逃げも隠れもしないし、お父さんに早く帰るように言われてるから、事情聴取はまた明日」

 公私混同、パワハラ発言満載で押し切っちゃう。


「それよりさぁ。暴行犯検挙おめでとう」

「やった。お手柄だね」

「あと1人よろしく」

 あたし、ジュニア、イチの順番でポンポンポンと肩を叩いて通り過ぎる。

「えっ。ちょちょちょっ」

 上司を引き合いに出され、車に押し込んだだけの逮捕を担がれてプチパニックのひらちゃんを置いて、あたし達は足速に公園を後にした。



 ###


 もうだいぶ真っ暗な帰り道を進み、家の手前の角を曲がった所で街灯の下の大柄な人影にぶつかりそうになった。

「おわっ! あ……。カイリ?」


 その正体に途端にきびすを返し、逃げに走ろうとしたイチとジュニアの背中を間一髪引っ掴む。

「離せカエ」

「無理無理。あたし1人だけ説教なんてホンキ勘弁して」

 怒るカイリににらまれながらも手は離さない。


「全く。何で先に寮を出たお前達より、巽さんに呼び出された俺の方が早く間宮邸に着いているんだっ! どこで遊んでた!」


 普段、ちょっとズレた感覚のあるカイリだけど、実は怒るとめちゃめちゃ怖い。

 まぁあたし達を心配してくれてるからこそ。なんだろうけど。


「後で話すけど、ちょっと色々あって。えっと、リカコさんは?」

 わざと会話を変えた事は分かっているだろうけど、カイリも大きく深呼吸して気持ちを落ち着けているのが感じられる。


「リカコは電車に乗せた後だったから、そのまま帰した。ちゃんと説明聞いて、リカコには明日報告する」

 あたし達を睨み付けるとゆっくりと口を開く。


「さぁ、もっとご立腹の人がいるぞ。覚悟してドアをくぐれ」

 巽さんかぁ。


 最後尾をカイリに守られて、明かりの灯る間宮家の玄関をくぐる。

「ただいまぁ……」

 案の定、玄関を上がったフローリングにはグレーのスーツ姿で仁王立ちの巽さんが立ちはだかっていた。

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