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第6話 ストーカーと暗殺者

 学校帰りの午後の空気は、開放感とお日様の暖かさを届けてくれる。

 ポカポカ陽気の帰り道だけなら、何の不満もないんだけど。


 どうやらつけられてる。気がする。


 今日は火曜日。深雪は部活がある日だから、都合がいい事にあたしは1人帰宅中。

 けるかなぁ?

 周辺の地図を頭の中に広げて、めぼしい場所をピックアップする。


 空き地、建設中の住宅、路地。


 いつもは素通りする細い路地を曲がり、一気にダッシュをかけると手近なブロック塀を蹴り上がった。

 そのまま90度方向転換して塀の上を小走りに駆け抜けると、2件先の建設中のお宅の庭先にお邪魔します。


 作業をしていたおじさま達が、突然現れたあたしに不思議な目を向けているけど、手を振りながらニコニコっと笑って通り過ぎ、停まっていた車の陰から元いた道を覗き込む。


 居ないか。


 あたしの気のせいか、路地に入って行った後か。

 あの路地は緩やかなカーブを描きながら奥まで入って行くと、住宅街の終わりから下を通る道路まで続く長い階段になっている。


 さすがにそこにたどり着く前に、あたしがいない事に気づくだろうけど、そこそこの時間稼ぎにはなるはず。


 むぅ。しばらくウロウロしてから寮に入ろう。



 ###


 昨日と同じ様に寮のマンションに入り、同じ様に呼び鈴を鳴らす。

『カエ、お帰りぃ』

 開くドアからあたしを出迎えてくれたのは、ジュニアとダイオウグソクムシのグンちゃん。


「あれ。なんかあったね。カエは顔に出るからすぐにわかるよ。

 まあ、そこが可愛いんだけどね」

 すぅっと目を細めたジュニアに告げられた。




「つけられてた?」

 リビングで学校を出てからの経緯を話し終え、リカコさんの声を聞きながら紅茶に口をつける。


「様な気がする。相手は確認出来なかったし」

 自信が持てずに言葉を出すと、3人がけソファーの隣に座るジュニアがフォローしてくれた。


「カエがつけられてたと思うんなら、つけられてたんだよ。僕とカエはそういうの『わかる』タイプだもん」

 確かに、尾行なんかに気づくのは大抵あたしかジュニア。あたしは首のあたりがピリピリするんだ。


「撒いた後は無くなったんでしょう?」

「うん。適当にウロウロしてきたけど、つけられてる感じは無くなってた」

 ちょっと遠回りして帰ってきたけど明らかに感覚に差があった。

「なら間違い無いよ。カエの気のせいじゃない。

 ただ相手が、カエが気のせいなのかもって思っちゃうほど、気配を消すのが上手いヤツなんだ。ちょっと厄介かもね」


 抱っこしているグンちゃんの頭部にアゴを乗せて、ジュニアがあたしに目を向けた。

「尾行に思い当たる節は無いのか?」

 テーブルを挟んでお向かいのソファーに座る、心配そうなカイリの一言に肩をすくめる。

「考えてたんだけど、思い当たり過ぎて見当も付かないよ」


「最近だと、一昨日おとといの製薬会社」

「あそこでは誰も張り倒してないもん」

 ジュニアとは反対側の、あたしの隣に座るイチに向き直る。


「あぁぁぁ。そうだ、昨日の夕方変なヤツに会ったんだ。

 通りすがりのタクシーの客だったんだけど、すごい感じでにらまれたんだよね。殺気とは違うんだけど、イヤァな感じだったなぁ」

 思い出すだけでトリハダがたっちゃう。

「見覚えは?」

 イチの質問に首を横に振る。


「無し。って言うか、今まで張り倒してきたヤツらの顔なんて一々覚えてないし」

「まぁ、カエちゃんに限らず今までのアレやコレや、みんながいろいろやらかしているもんね。どこで会ったの? タクシー」

 リカコさんの言葉に昨日の記憶をたどる。


「んー。寮の前。丁度ジュニアがバンで帰って来たところで……。ハザードたいたバンを追い抜いて行く、タクシーに乗ってた男……」

 思い出しながら声に出して確認していくんだけど。

 あれ。何だろう。何かを見落としてる。


「しばらくはカエちゃんに護衛付けましょうか」

「リカコさん。何日かでいいから、あたしが一緒に登下校してる深雪にも護衛付けて。あたしと一緒にいるの見られてたら狙われるかも」

 リカコさんが唇に指を当てて、少し考える。


「うん。そうね。じゃあ、イチが深雪ちゃん。かな」

「僕カエ当番」

「じゃあ俺がリカコだな。アンダスタン?」

 ジュニアがピシッと手を挙げて、カイリがリカコさんを指ピストルで撃つ。


「なんで私まで護衛が付くのよ」

 カイリのピストルに向けて、隣の1人がけソファーに座ったリカコさんが冷たい視線を返す。

「今日付けられたのがたまたまカエだったってだけで、全員が標的の可能性だってあるだろう? だったらリカコにも当然付けた方がいい。1番戦闘に不向きだし」

 カイリの正論にリカコさんが感心した顔になる。


「カイリもいろいろ考えているのね。さてと。他に確認事項が無ければ昨日の本庁の報告に入るけど?」

 グルリとみんなを見回すリカコさんに一同が頷く。


「まず、みんなに収集してもらったデータと証拠品だけど、いつも通り全てのコピーを取って〈おじいさま〉に送っておいたわ。昨日1日かけても、警察と消防では地下室の発見には至らなかったみたい。データと写真を元に今朝から実況見分をして、昼前には地下室の発見、開錠に至った連絡があったわ。

 お金かけてただけあって、中は無傷だったみたいよ」

 最後の一言はイチに向けて語られる。


「ジュニア。鑑識で確認した爆弾について、何か気になる事があった?」

 話を振られたジュニアが、軽く肩をすくめた。


「スッゴイ雑な爆弾だった。あれだけの破壊をかましてくれたんだから、どんだけ高性能な物が見られるかって楽しみにして行ったのにさ。素人がネットを見ながら作った程度の安物だったよ。

 ただし、数が尋常じゃなかった。相当前から準備して作り貯めしてたんだとしたら、恨みつらみがいっぱい溜まってたかもね」


 暗〜い部屋の隅っこでネチネチ爆弾作りに励む犯人(想像)の姿が脳裏によぎり、背筋が寒くなる。


「最後に、今日の朝正式に情報が解禁になったんだけど、製薬会社の取締役社長が昨日、月曜日の朝に自宅で刺殺体で発見されたわ」

 リカコさんがタブレットの情報を読み上げる。


「死亡推定時刻は日曜の午後11時から翌月曜の午前2時頃まで。丁度私達が製薬会社に忍び込んでたあたりね。

 ここからは非公開情報よ。死因は鋭利な刃物で肺を刺された事による窒息死。肺に空気が溜まらなくなっちゃったのね」


「エグイッ。爆弾の量と言いなんか、陰湿な感じしかしないんだけど」

 寒くなって、自分の腕を抱きしめた。


「さらに悪い事に検死官の先生の見立てだと、一撃必殺の上に容赦ようしゃがない。プロの犯行だろうって」

「プロって、暗殺者アサシンって事か?」

 カイリが身を乗り出して来る。


「その線で行くと、俺達は単純に爆破に巻き込まれただけなのかな。犯人逮捕と爆破の理由は所轄の刑事の仕事だろうし」

 イチが結論付けるけど

「ちょっと待って」

 ジュニアが口を挟む。


「僕、暗殺のプロがあんな雑な爆弾を仕事に持ち込むなんて、ちょっと納得いかないや。

 しかも、この手の連中って自分の武器エモノにプライド持ってるじゃない? ライフルだったり、ナイフだったり。もちろん爆弾だったり。別口の2件って可能性も捨て切れないと思う」


「そうね。一旦別口で情報集めて、共有していくやり方がいいかもね。〈おじいさま〉から次の指示があったわけじゃないから、あんまり表立って動かないでね」

 顔を上げたリカコさんが一同を見渡した。

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