翌日。
「あ、おはよう。立神君」
登校してきた立神に佐藤があいさつした。
「オッス」
立神はなにやら不服そうな顔をしていた。
「あれ、どうしたんだ? 立神」
宮下が訊いた。
「どうしたもこうしたもないよ。昨日家に帰ったら俺が芸能人になることになってた」
と立神。
「どういうこと?」
「あの矢羽っておっさんが勝手にオヤジと話をつけてたんだ」
「じゃあ、立神は芸能界デビューってことか?」
「そういうことみたいだ」
立神は不満そうに言った。
「まぁ、いいじゃないか。そんなチャンスは滅多にないんだし、せっかくだからやってみたら」
と佐藤は言う。
「でも、あんまり気が乗らないんだよなぁ」
「だけど、あの社長なら金も持ってそうだし、うまいものを腹一杯食わせてくれるんじゃないのか?」
と宮下。
「あ、なるほど。それはそうかも」
立神は少しだけ顔が明るくなった。
「何事もやってみないとわかないよ。頑張って。立神君」
と佐藤。
「まぁな、どっちにしてもオヤジがやれって言う以上は、やるしか選択肢がないんだけどな」
立神は不服はあってもやるしかないのだ。
その日の放課後、立神が帰ろうと校門を出ると、矢羽が秘書の木暮と一緒に来ていた。
「さあ、早速仕事が入ったから現場に行くぞ」
と矢羽が言う。
「ええ、もうやるのか?」
あまりの早さに、さすがに立神も少し驚いていた。
「なににでも旬というものはあるんだ。いまの君はまさにその旬なわけだ。いまなら注目度も高いからな。いまのうちにあちこち出まくって顔を売るんだよ。さあ、行くぞ」
矢羽はかなりやる気である。
昨日豪天に強烈なビンタされたので、首をねん挫してコルセットをしているが。
「立神、頑張れよ」
「頑張ってね」
宮下と佐藤が立神にそう声をかけた。
「さあ、車に乗ってくれ」
矢羽が立神を車に乗せる。
「仕方ない」
立神はオヤジが許可した以上は、とりあえず従うしかなかった。しぶしぶ車に乗った。
「今日の仕事は、雑誌の写真撮影とインタビューです」
車に乗ると秘書の木暮が説明しだした。
「インタビュー?」
「そうです。『メンズドンド』っていうファッション誌です。知っていますよね?」
木暮が訊いた。
「いや、知らねえ。聞いたこともない」
立神がファッション誌を知っているはずがなかった。
「そうですか。まぁいいです。とにかくこの雑誌は人気雑誌で、インタビューが載るのはいま乗りに乗っている人ばかりです。つまりいまの立神君は乗りに乗っているということです」
木暮はタレントをいい気分にさせるのも大事な仕事だった。
「へぇ、俺ってそうなんだ」
立神は少し気分が良さそうに表情を崩した。
「この雑誌でインタビューされて売れなかったタレントはこれまでいないと言われています」
「ほう」
「まぁ、雑誌の方も君のような注目度の高い人を掲載することで売り上げも伸びるってものだ。よく言うウィンウィンっていうやつだな。ホホホ」
矢羽は嬉しそうに話した。
車は雑誌社に到着した。
「さあ、まずは挨拶だ。この世界は挨拶が大事だからね。きちんとするんだよ」
矢羽が忠告した。
「そんなに子供じゃねえぜ。挨拶ぐらいできる」
と立神。
三人は雑誌社に入り、編集長のところへと向かった。
「あ、これはこれは、矢羽社長。自らお越しですか」
編集長はそう言ってペコペコと頭を下げた。
「ホホホ。うちで売り出す大型新人ですからな。よろしく頼みますよ」
矢羽は鷹揚な態度だ。見るからに矢羽の方が立場が上である。
「さあ、立神君。挨拶をして」
「オッス。おっさんきれいに禿げてるな。ガハハハ」
立神はそう言って片手で編集長の頭を撫でた。
「コラコラ、そんなことをするんじゃない」
矢羽が慌てて止めた。
「いや、すまんすまん。ちょっと常識にかけておるが、うちのスター候補だからよろしく頼みます」
矢羽が編集長に謝った。
「いえいえ、お気になさらず。スターはこれぐらいじゃないと」
編集長はそう言いながらも、引きつった笑いを浮かべていた。
「では、まずは写真撮影からしましょう。こちらへどうぞ」
編集長が自ら案内してスタジオへと移動した。
「では、服を着替えましょう。スポンサーからいろんな服が用意されていますので、それを次々に着て行ってください」
編集長がそう言うと、若い女のスタイリストが服を持ってきて、高校の制服姿の立神を着替えさせた。
「こんな服を着るのか?」
立神がこれまで着たことがないような服ばかりが用意されていた。
「ファッション誌ですからね」
スタイリストはそう言いながら、テキパキと立神を着替えさせた。
「あれ、あれ」
スタイリストが困惑した。
「どうしたんだ?」
編集長が訊いた。
「用意されている服が入らないんです」
「なに? サイズは合ってるのか?」
「合ってると思います。ただ、身体がマッチョすぎて無理に着たらパツパツになってしまいます」
とスタイリストは困ってしまった。
「なあに、こんなはいつものことだ。俺に任せろ」
立神はそう言うと、ピチピチの袖に、バカ力で太い腕を無理やり通した。
バリッ!
軽い音がしたと思うと、袖が破れてしまった。
「あれ?」
「ああっ、破れちゃいました。どうしましょう!」
スタイリストはスポンサーから提供されている高級な服が破れたので慌てた。
「ガハハハ、弱い服だな。こんなの着れねえよ」
と立神は笑った。
「仕方がない。服はもっと大きなサイズを用意してもらおう。先にインタビューだ」
編集長はそう言って、スタジオに用意された応接セットに座ってインタビューをする準備をした。
「ホホホ、なかなか豪快だね。スターはこれぐらいじゃないとダメだよ」
矢羽は愉快そうにその状況を見ていた。
「まったく、そうですね」
木暮も同調する。
インタビューの準備ができたので、立神は編集長と向かい合って座った。
そのインタビューの様子も写真を撮るので、カメラマンも同席した。
「それでは、始めますね。まず、あの動物園の一件から訊きたいんですが、動物は好きですか?」
「動物は好きだぜ。かわいいからな。ガハハハ。でも、牛や豚はどっちかって言うと食うものと思ってる。ガハハハ」
「ライオンのことはどう思いますか?」
「ライオンはカッコイイと思うな。やっぱり男は強さに憧れるものだし、ライオンはその象徴と言えるんじゃないのか」
「なるほど。ところでライオンに似てるって言われたことはないですか?」
編集長は似ているどころか、ライオンそのものの頭部の立神に、こんな質問をするのもどうかと思いながらも、やはり誰もが気になることなので訊かないわけにはいかなかった。
「ないね」
「えっ」
「だから、ないって」
と立神は言う。
「あ、ないんですか?」
「ああ、ない」
「そ、そうですか……」
(ホントかなぁ。どう考えてもあると思うんだけど……。それともそのもの過ぎて逆に言われないのか?)
編集長は想像していた答えとあまりに違ったので、次の質問がすぐに出なかった。
「じゃあ、話題を変えて、ライオンの檻に入ったときは怖くはなかったですか?」
「怖くないよ。なんであんなことになったのかわからんけど、別にライオンって言っても、動物はみんな仲間みたいなものだからな」
「そ、そうですね」
(確かにこの男に取ってはライオンは仲間だろうな)
編集長はこの答えは妙に納得できた。
「あの時、檻の中でメスライオンにかなりなついてきたみたいですね?」
「そうなんだよ。ゴロゴロって喉ならしてな。まるで猫みたいでかわいかったぜ。ガハハハ」
立神は愉しそうに笑った。
そういった立神の姿をカメラマンは次々と写真に収めていった。
「オスライオンのような風格があるからメスライオンにモテたのかもしれないですね。ハハハ」
編集長は半分冗談で言った。
「そうなんだよ。俺って普通の人よりもちょっと豪快なところがあるらな。そういうワイルドなところがいいのかも」
「じゃあ、ちょっとそのワイルドさをカメラに向かって表現してもらえますか?」
「オッケー」
立神はそう言うと、
「ガオーッ!」
と吠えて、大きなライオンの口を開けて、カメラマンの頭部に噛みついた。
「ギャァァァァァァァ!」
カメラマンが断末魔の悲鳴を上げた。
「うわ、待って待って」
編集長と木暮が慌てて止めた。
「ああ、すまんすまん。本気で噛みついてないから大丈夫だ」
立神はカメラマンを口から出して言った。
しかし、カメラマンは恐怖のあまりに気絶していた。