「なんのことだかさっぱりわからん」
と豪天はつれない態度だった。
「いや、昨日からテレビで散々取り上げられていますけど、観ていないですか?」
と矢羽
「うちにテレビはない。あんなバカしか観ないものがうちにあるわけないだろ」
そう言うとライオンの目がキラッと光った。
「あ、なるほど。ホホホ。それもそうですね」
矢羽は豪天に恐怖を感じたが、動揺がバレないようになんとか堪えた。
「実は息子さんのことが大変気に入ったので、わたくしどもの会社所属で芸能界にデビューしないかと思いまして」
矢羽はこれまでスカウトに失敗したことはない。
自分が出てきて断られることはないと思っているし、むしろ相手が平身低頭お願いしてくるものぐらいに思っていた。
ただ、ここでは一応自分の方が下に回って対応したほうが得策と考えて、気持ちはともかく態度だけはそういう風にしていた。
「芸能界か。うちの息子がねぇ」
「そうです。あの漂わすオーラはスターのオーラです。わたくしに預けていただいて、息子さんをスターにしませんか? あの息子さんに私は惚れました。このとおりです。何卒お願いします」
矢羽は頭を下げた。
(矢羽社長の得意の手法が出たな。社長が頭を下げることで、むしろ相手に気を遣わせる作戦だ)
横で見ていた木暮も一緒に頭を下げながら思った。
「そんなに俺の息子に惚れたか?」
豪天が訊く。
「はい。そのとおりです。これまで長い間芸能界にいますが、あんな逸材に会ったことがありません」
矢羽は揉み手で答えた。
もう六十代後半の男が取る態度としてはかなり卑屈ではあるが、それぐらいの方が相手が良い気分になるのだ。
とにかく契約をしてしまえばこちらの勝ちだと矢羽は思っている。
そして息子が芸能界で活躍してお金が入ってくるようになれば、今度は反対に親の方からお礼参りに来るようになるのだ。
「あんたの気持ちはわかった。では、それを行動で示してもらおうか」
そう言って豪天が立ち上がった。
「え?」
矢羽と木暮は意味がわからなかった。
「一緒に来い」
豪天は言う。
「は、はぁ」
二人は言われるままに豪天について行った。
芸能界の裏のドンのように言われている矢羽であったが、豪天の迫力に思わず素直に従ってしまうのだった。
「いったいなんだ?」
矢羽が小声で木暮に訊いた。
「さぁ、なんでしょうか? 私にもわかりません」
木暮は答えた。
廊下を歩いていくと道場に着いた。
「あのう、ここでなにを?」
矢羽が訊いた。
「ガハハハ、あんたの気持ちを行動で示してもらうと言っただろう」
豪天が答えた。
「はぁ、それでなにをすればいいのですか?」
「わしと勝負しろ」
豪天は竹刀を一本矢羽に放り投げて渡した。
「え」
「勝負だ。わしと」
豪天も竹刀を持った。
「勝負と言われましても、わたくし、剣道は経験がないのですが……」
「戦場で経験がないなど通用すると思っているのか?」
「いや、ご冗談を。ホホホ」
さすがに矢羽は豪天が冗談を言っていると思ったのだ。
「冗談ではないぞ。うちの息子に惚れたと言ったな。だったら、力ずくでわしから奪うぐらいの態度を示してみよ」
「えっ」
矢羽は豪天が冗談を言っているのではないことに気づいた。
「あ、いや、わたくしは、もう六十代です。とてもじゃないですが、お相手をすることはできません。代わりに秘書の木暮が相手をいたします」
矢羽はそう言って木暮に竹刀を渡した。
「えっ、私ですか?」
木暮は驚いた。
「そうだ。お前がやれ」
「でも、私も剣道の経験はないですけど……」
「そんなの関係ない。業務命令だ」
「ええ、そ、そうなんですか」
これは逃げられないと木暮は思った。
「どっちでもいいぞ。では行くぞ! ドリャー!!」
そう言うと豪天は、竹刀を振りかぶって木暮に向かってきた。
木暮はまったく避けることなく、まともに竹刀を頭に受けた。
バシーンと激しい音が響いた。
木暮は床に倒れた。
「どうした。かかって来い」
豪天が言うので、木暮は叩かれた頭を押さえながら立ち上がり、竹刀を構えた。
「そんな構えでわしに勝てるか!」
豪天は竹刀を思い切り振りぶって叩き込んできた。
木暮はなんとかそれを竹刀で受け止めようとするが、パワーが違い過ぎて受けた竹刀もろとも、思いきり頭に当たった。
「ギャー!」
木暮はまた床にもんどりうって倒れた。
「どうした? お前らの息子に対する気持ちはそんなものか?」
豪天は倒れている木暮に訊いた。
「木暮、頑張るんだ」
矢羽が応援する。
(だったらあんたがやってくれよ)
木暮は思いながらもなんとか立ち上がり、今度は自分の方から竹刀を振っていった。
しかし、豪天は振り下ろされた竹刀を、あっさりと竹刀で弾き、そのまま力強い面を入れた。
バシーンという音とともに木暮は倒れた。
「も、もう無理です」
木暮はぐったりとした。
「なんだ。情けない。この程度のことで伸びてしまうとはな。じゃあ、今度はあんただ」
豪天は矢羽の方に向かってきた。
「ヒッ、ヒッェェェェ」
矢羽は六十代とは思えぬ速さで逃げた。
「待て、これを持て」
豪天が木暮の離した竹刀を矢羽に放り投げた。
矢羽はそれを受け取った。
「さあ、かかって来い」
豪天が言った。
「ぬぬ、仕方ない」
矢羽はここはやるしかないと思い、竹刀を豪天に振り下ろした。
すると豪天はライオンの大きな口を開けて、振り下ろされた竹刀に噛みついた。そして、バリバリと竹刀を噛みちぎるのだった。
「ヒエェェェェェェェェ!」
矢羽はその様子に縮み上がった。
そして豪天は持っていた竹刀で、力いっぱい矢羽の頭を殴った。
バシーンという音とともに、矢羽はその場に倒れた。
「ふん、お前らの思いはそんなものか? さっきは偉そうに言ったくせに」
豪天が吐き捨てるように言った。すると、
「こ、こんな、ことで、あきらめられるか」
と矢羽が老体に鞭むって立ち上がった。
「社長!」
その姿に木暮が思わず叫んだ。
「オリャー!」
矢羽が素手で豪天にかかって行く。
「ほう、年寄りのわりに根性は座っとるな。ガハハハ」
豪天はそう言って、思いきり矢羽の顔面にビンタをした。
バビーン!
豪天の大きな掌が矢羽の頬を捕らえた。
すると、矢羽の身体はクルクルとコマのようにその場で回ったかと思うと、バタリと倒れた。
「ガハハハ、あんたらの気持ちはよくわかった。息子を芸能人とやらにするがいい」
豪天はそう言って道場から出て行った。
「社長、大丈夫ですか?」
木暮が矢羽に駆け寄った。
矢羽は白目を剥いている。
「ああ、ヤバい!」
木暮は矢羽を抱えて、急いで車に戻り病院へと急がせた。
「社長、素晴らしい根性です。感激しました」
気絶している矢羽に木暮は言った。