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第46話 懇願

「なんのことだかさっぱりわからん」

 と豪天はつれない態度だった。

「いや、昨日からテレビで散々取り上げられていますけど、観ていないですか?」

 と矢羽

「うちにテレビはない。あんなバカしか観ないものがうちにあるわけないだろ」

 そう言うとライオンの目がキラッと光った。

「あ、なるほど。ホホホ。それもそうですね」

 矢羽は豪天に恐怖を感じたが、動揺がバレないようになんとか堪えた。

「実は息子さんのことが大変気に入ったので、わたくしどもの会社所属で芸能界にデビューしないかと思いまして」

 矢羽はこれまでスカウトに失敗したことはない。

 自分が出てきて断られることはないと思っているし、むしろ相手が平身低頭お願いしてくるものぐらいに思っていた。

 ただ、ここでは一応自分の方が下に回って対応したほうが得策と考えて、気持ちはともかく態度だけはそういう風にしていた。

「芸能界か。うちの息子がねぇ」

「そうです。あの漂わすオーラはスターのオーラです。わたくしに預けていただいて、息子さんをスターにしませんか? あの息子さんに私は惚れました。このとおりです。何卒お願いします」

 矢羽は頭を下げた。

(矢羽社長の得意の手法が出たな。社長が頭を下げることで、むしろ相手に気を遣わせる作戦だ)

 横で見ていた木暮も一緒に頭を下げながら思った。

「そんなに俺の息子に惚れたか?」

 豪天が訊く。

「はい。そのとおりです。これまで長い間芸能界にいますが、あんな逸材に会ったことがありません」

 矢羽は揉み手で答えた。

 もう六十代後半の男が取る態度としてはかなり卑屈ではあるが、それぐらいの方が相手が良い気分になるのだ。

 とにかく契約をしてしまえばこちらの勝ちだと矢羽は思っている。

 そして息子が芸能界で活躍してお金が入ってくるようになれば、今度は反対に親の方からお礼参りに来るようになるのだ。

「あんたの気持ちはわかった。では、それを行動で示してもらおうか」

 そう言って豪天が立ち上がった。

「え?」

 矢羽と木暮は意味がわからなかった。

「一緒に来い」

 豪天は言う。

「は、はぁ」

 二人は言われるままに豪天について行った。

 芸能界の裏のドンのように言われている矢羽であったが、豪天の迫力に思わず素直に従ってしまうのだった。

「いったいなんだ?」

 矢羽が小声で木暮に訊いた。

「さぁ、なんでしょうか? 私にもわかりません」

 木暮は答えた。

 廊下を歩いていくと道場に着いた。

「あのう、ここでなにを?」

 矢羽が訊いた。

「ガハハハ、あんたの気持ちを行動で示してもらうと言っただろう」

 豪天が答えた。

「はぁ、それでなにをすればいいのですか?」

「わしと勝負しろ」

 豪天は竹刀を一本矢羽に放り投げて渡した。

「え」

「勝負だ。わしと」

 豪天も竹刀を持った。

「勝負と言われましても、わたくし、剣道は経験がないのですが……」

「戦場で経験がないなど通用すると思っているのか?」

「いや、ご冗談を。ホホホ」

 さすがに矢羽は豪天が冗談を言っていると思ったのだ。

「冗談ではないぞ。うちの息子に惚れたと言ったな。だったら、力ずくでわしから奪うぐらいの態度を示してみよ」

「えっ」

 矢羽は豪天が冗談を言っているのではないことに気づいた。

「あ、いや、わたくしは、もう六十代です。とてもじゃないですが、お相手をすることはできません。代わりに秘書の木暮が相手をいたします」

 矢羽はそう言って木暮に竹刀を渡した。

「えっ、私ですか?」

 木暮は驚いた。

「そうだ。お前がやれ」

「でも、私も剣道の経験はないですけど……」

「そんなの関係ない。業務命令だ」

「ええ、そ、そうなんですか」

 これは逃げられないと木暮は思った。

「どっちでもいいぞ。では行くぞ! ドリャー!!」

 そう言うと豪天は、竹刀を振りかぶって木暮に向かってきた。

 木暮はまったく避けることなく、まともに竹刀を頭に受けた。

 バシーンと激しい音が響いた。

 木暮は床に倒れた。

「どうした。かかって来い」

 豪天が言うので、木暮は叩かれた頭を押さえながら立ち上がり、竹刀を構えた。

「そんな構えでわしに勝てるか!」

 豪天は竹刀を思い切り振りぶって叩き込んできた。

 木暮はなんとかそれを竹刀で受け止めようとするが、パワーが違い過ぎて受けた竹刀もろとも、思いきり頭に当たった。

「ギャー!」

 木暮はまた床にもんどりうって倒れた。

「どうした? お前らの息子に対する気持ちはそんなものか?」

 豪天は倒れている木暮に訊いた。

「木暮、頑張るんだ」

 矢羽が応援する。

(だったらあんたがやってくれよ)

 木暮は思いながらもなんとか立ち上がり、今度は自分の方から竹刀を振っていった。

 しかし、豪天は振り下ろされた竹刀を、あっさりと竹刀で弾き、そのまま力強い面を入れた。

 バシーンという音とともに木暮は倒れた。

「も、もう無理です」

 木暮はぐったりとした。

「なんだ。情けない。この程度のことで伸びてしまうとはな。じゃあ、今度はあんただ」

 豪天は矢羽の方に向かってきた。

「ヒッ、ヒッェェェェ」

 矢羽は六十代とは思えぬ速さで逃げた。

「待て、これを持て」

 豪天が木暮の離した竹刀を矢羽に放り投げた。

 矢羽はそれを受け取った。

「さあ、かかって来い」

 豪天が言った。

「ぬぬ、仕方ない」

 矢羽はここはやるしかないと思い、竹刀を豪天に振り下ろした。

 すると豪天はライオンの大きな口を開けて、振り下ろされた竹刀に噛みついた。そして、バリバリと竹刀を噛みちぎるのだった。

「ヒエェェェェェェェェ!」

 矢羽はその様子に縮み上がった。

 そして豪天は持っていた竹刀で、力いっぱい矢羽の頭を殴った。

 バシーンという音とともに、矢羽はその場に倒れた。

「ふん、お前らの思いはそんなものか? さっきは偉そうに言ったくせに」

 豪天が吐き捨てるように言った。すると、

「こ、こんな、ことで、あきらめられるか」

 と矢羽が老体に鞭むって立ち上がった。

「社長!」

 その姿に木暮が思わず叫んだ。

「オリャー!」

 矢羽が素手で豪天にかかって行く。

「ほう、年寄りのわりに根性は座っとるな。ガハハハ」

 豪天はそう言って、思いきり矢羽の顔面にビンタをした。

 バビーン!

 豪天の大きな掌が矢羽の頬を捕らえた。

 すると、矢羽の身体はクルクルとコマのようにその場で回ったかと思うと、バタリと倒れた。

「ガハハハ、あんたらの気持ちはよくわかった。息子を芸能人とやらにするがいい」

 豪天はそう言って道場から出て行った。

「社長、大丈夫ですか?」

 木暮が矢羽に駆け寄った。

 矢羽は白目を剥いている。

「ああ、ヤバい!」

 木暮は矢羽を抱えて、急いで車に戻り病院へと急がせた。

「社長、素晴らしい根性です。感激しました」

 気絶している矢羽に木暮は言った。

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