「ホホホ、豪快に食べているな。この姿を見ろ。なんてスター性に溢れているんだ」
矢羽は事務所に戻りテレビを観ていた。
テレビには立神がバクバクと焼肉を食べている姿が映っている。
「それにしても、なんてすごい食べ方なんだ。こんなのをマネできる奴はいまの芸能界にはいないだろう」
矢羽は満足げだ。
「まったくそうですね」
秘書の木暮はそう相槌を打った。
(半分ライオンなんだから、そもそもこんな奴が芸能界にいるわけがないと思うけど)
木暮は矢羽の忠実な秘書ではあるが、たまに矢羽の調子について行けない時があった。
「いやぁ、こんな奴をうちのタレントにすると大儲けできるぞ。観てみなさい。このオーラを。テレビ画面から溢れそうじゃないか」
矢羽は上機嫌だった。
「確かにそうですね」
(頭部がライオンだからなぁ。これってオーラなのか? それに画面からはみ出しそうなのは単に顔がでかいのと身体がでかいせいだと思うけど)
木暮は同意しながらも首をかしげていた。
とにかく矢羽の言うことは絶対なのだ。
矢羽が黒と言えば黒であり、カラスは白いと言えば白いのだ。
木暮はこれまでそうすることで、矢羽の寵愛を受けてきたのだ。
「ところで、社長。このライオン少年は私たちの話に乗ってきますかね?」
木暮が訊いた。
「ホホホ、乗って来るよ。誰だってスターになれるって言えば尻尾を振ってついてくるもの。頭がライオンでも有名になれるってなれば、そこら辺のミーハーな連中と一緒だよ」
「そうですね」
(そうなのかなぁ、なんかこの少年は違う気がするけど……)
木暮はそんなことを思っても、絶対に口に出すことはない。
「よし、明日にでもこの少年の家に行って両親に挨拶に行くぞ」
「はい」
「住所とかはもう調べがついているんだろな?」
「もちろんです。お抱えの興信所に頼んでもう調査済みです」
「ホホホ、明日は一千万ほどの現金を用意しておけ。どんと金を積めばどんな親だってすぐに首を縦に振る」
「わかりました。手配しておきます」
木暮は言った。
そして翌日。
立神が学校に来ると、校門周辺にはまた多くのマスコミ関係者がいた。
「もう決めたんですか?」
一人の記者が訊いてくる。
「なにを?」
立神はぶっきらぼうに答えた。
「なにって、わかってるでしょう。矢羽プロに入るかどうかですよ」
「そんなの決めてねえよ」
「そうなんですか? でも矢羽社長はもうその気のようですよ」
「社長がその気でも、俺には関係ねえし」
立神はそう言って校門を通過した。
校門を入ると、記者はもうなにもできなかった。
「立神、昨日は焼肉うまかったな」
宮下が言った。
「そうだな。あの焼き肉屋のオヤジ、もう肉がないって言ってたぜ。ガハハハ」
立神と宮下と佐藤は腹いっぱい食べたのだ。
もちろん九割は立神が食べたのだが、在庫の肉をすべて食べ尽くしていた。
「昨日家に帰ったら、俺たちもテレビに映ってたって言ってたよ」
と佐藤。
「へぇ、そうなんだ」
「へぇ、そうなんだって、立神君のお父さんとお母さんはテレビは観ないの?」
「観ねえよ。家にテレビなんてないし」
「そうなんだ」
「それにしても、あれだけ食べるシーンが放送されたのなら、だいぶ宣伝になっただろうな」
と宮下。
「そうだね。焼き肉屋の店長も喜んでいたし」
と佐藤も言った。
「ねえ、立神君。テレビで観たけどあのプロダクションに入るの?」
桐生真希が来て立神に訊いた。
「え、そんなつもりはないよ。だって、別に興味ないし」
立神が答えた。
「そう。良かった」
真希はホッとした表情をした。そして、
「立神君がさらし者みたいになっているの見てたら、私なんだかつらくて」
と言った。
「さらし者か、確かにそうだよな」
宮下も同調した。
「立神君のことを面白がってテレビで流しているんだもんな」
と佐藤も言った。
「そうだとすると、確かにあんなプロダクションに入らないほうがいいよ」
「そうだな。入ったら余計にさらし者になるわけだしな」
「まぁ、俺も有名になって顔が指すようになったら生活しにくいしな。ガハハハ」
立神は笑った。
(いや、そういうことじゃなくても顔は十分指してるけどね)
真希も宮下も佐藤も同じことを思った。
その頃、矢羽と木暮は立神家を訪れていた。
「ここのようですね」
木暮が言った。
黒塗りの高級車を立神家の前につけて、二人は車を降りた。
「ほう、なかなか立派な家だな」
矢羽は立神家の外観を見て少し意外に感じた。
立神はきっと貧しい暮らしをしているものだと思っていたのだ。
「いったいライオン少年の両親は何者なんだ?」
「それが、調べたんですがよくわからないのです」
木暮が恐縮して答えた。
「よくわからない? どういうことだ?」
「興信所にいったいなんの仕事をしているのかとか、収入はどれぐらいだとか、いろいろ調べさせたんですが、どこを調べてもわからないというのです」
「ほう、そんなことがあるのか。それはますます興味深いな」
「では、私がインターホンを」
木暮はそう言ってインターホンを押した。
軽い呼び出し音がして女性の声が聞こえてきた。
「あの、矢羽プロダクションと言います。ちょっとお話したいことがあるのですがよろしいですか?」
木暮がそう言うと、
「そうですか、どうぞお入りください」
と女性の声は対応した。
「ホホホ、いまのはライオン少年の母親かな。なかなか上品そうじゃないか」
矢羽はいやらしい目をした。
「それでは」
木暮が先に門をくぐって玄関の戸を開けた。すると、
「ドリャー!!!」
という声とともに、ライオンの顔をした着物姿の男が手に竹刀を持って飛び掛かって来た。
「ギャアァァァァ!」
木暮は思わず悲鳴を上げた。
しかし、竹刀は木暮に当たることなく、寸止めされた。
「あわわわ」
木暮はあまりのことに腰を抜かした。
「お前らはいったい何者だ?」
豪天が訊いた。
「ホホホ、わたくしは矢羽プロダクションの矢羽といいます」
矢羽もあまりのことに驚いてはいたが、ここで怯んでは舐められると、なんとか気持ちを切り替えて余裕のある態度をとった。
「ほう、そうか」
と豪天は二人のことをジロッと見ると、
「入れ」
と二人を中へと通した。
「どうも初めまして。わたくし、こういう者です」
矢羽は豪天と美子の前に名刺を出した。
大きなお膳を挟んで豪天、美子と矢羽、木暮は対面していた。
「これはなんの会社かな?」
豪天が言った。
「芸能プロダクションでございます」
矢羽が言った。
「芸能プロダクション? そんな会社がいったいうちになんの用だね?」
「もうすでにテレビでご覧になったかもしれませんが、息子さんをわたくしどもに預けてもらえないかと思いまして」
矢羽は丁寧に言った。
(こういう奴は下手に出た方が気分を良くするのだ)
矢羽はこれまでの経験則でわかっていた。