「私はヤバスグル。芸能プロダクションを経営しているんだが、どうだろう? 君は芸能界には興味ないかね?」
矢羽は勝手に話し出した。
「芸能界? そんなの考えたことねーよ」
立神が言った。
「立神君、スゴイじゃないか。芸能界って」
「そうだよ。立神。これってスカウトってことじゃないのか?」
立神は興味なさそうだが、佐藤と宮下は興味津々だ。
「ホホホ、どうだ? うちに所属してスターにならないか?」
矢羽は立神の肩に手を置いた。
「スターって言われてもなぁ」
立神はあまりよくわかっていないようだ。
「おおっ、矢羽プロダクションの矢羽社長がライオン少年に興味を持ったぞ」
「あの名物社長が目をつけたとなると、これは話題になるぞ」
周りにいたマスコミ関係者がコソコソと話した。
この矢羽素具留という男は業界では有名人なのだ。
これまで矢羽がスカウトした人はたちまちスターになるという目利きだった。それと同時にいかがわしい噂もある男だ。
「君なら絶対にスターになれる。考えてみてくれたまえ」
矢羽はそう言うと、茶封筒を取り出した。
「これでなにかおいしいものでも食べなさい。じゃあ、連絡を待ってるよ」
矢羽は茶封筒を立神に渡すと、そのまま高級車に乗って去っていった。
「こんなもの渡していきやがったな」
立神は茶封筒を開けて中を見た。
すると十万円が入っていた。
「わっ、スゴイな」
宮下は思わず言った。
「でも、こんなの受け取って大丈夫なの?」
と佐藤は心配そうだ。
「大丈夫だろ。だって、あのおっさんが勝手にくれたものだし」
立神はまるで気にしていないようだ。
「でも、立神君って芸能界に興味あるの?」
「いや、別にないけど」
「だろうね。だったら返したほうがいいんじゃない。そうじゃないと断りにくくなるよ」
佐藤はやはり心配そうだ。
「佐藤、そんなに心配しなくても大丈夫なんじゃないか。だって、立神だぜ」
と宮下。
「それもそうか」
佐藤と宮下は笑った。
「とにかくこれだけ金があったら結構食えるな。いまから一緒に焼肉に行こうぜ」
立神はそう言って歩き出した。
「そうだな。行こう、行こう」
宮下と佐藤もそれに続いた。
マスコミ関係者は追いかけてきて、その様子をカメラで撮っていた。
「矢羽プロダクションに入るんですか?」
記者がズケズケと質問をしてくる。
「わからないよ」
立神はぶっきらぼうに答える。
「ご両親には相談するんですか?」
「さあ、わからん」
「芸能界に入ったらどういう仕事がしたいですか?」
「知らんよ」
「学校との両立は大丈夫ですか?」
「どうかな」
「歌とか踊りの経験はあるんですか?」
「やかましー!」
次々に質問をされて立神がキレた。
ガーッとライオンの牙を剥いた。
「ヒイィィィィ!」
その姿に記者たちが震えあがった。
しかし、カメラにその姿をきっちり撮られてしまった。
そこから記者たちはビビって質問はしてこなくなったが、立神らにゾロゾロとついてくるのだった。
「社長、あのライオン少年は話に乗ってきますかね?」
矢羽の秘書である木暮が訊いた。
「フフフ、乗ってくるさ。いや、乗ってくるように仕向けるんだよ。あんな逸材はめったにいないからな。なんとしても手に入れるんだ」
矢羽の乗った高級車は静かに走っていた。
「しかし、社長の目の付け所が私にはわかりかねるんですが……」
木暮は心苦しそうに言った。
「お前はわかっていないな。あのライオン少年のスター性に気が付かないのか?」
「スター性ですか? 私にはただライオンの顔をした粗暴な少年にしか思えないんですが……」
「ホホホ、まぁ、一見それだけに思えるかもしれんが、ああいったタイプはいったん大衆に受け入れられると、熱狂的な支持を得られるんだ」
「そうなんですか?」
「まあ、見てなさい。あのライオン少年をまずはアイドルとして売り出す。アイドルといってもいまの時代、歌と踊りというよりもバラエティー番組で活躍することが大事だからな。あの見た目だから一発で覚えてもらえるし、すぐにお茶の間の人気者になるさ。それからある程度の年齢になってくると俳優として活動させるようにして行けば、息の長いタレントになれる」
「なるほど、さすがです」
「それで万が一、まったく売れなかったら、外国の富豪にああいったゲテモノ好きがいるからな。その連中に売ればいいってことだ。ホホホ」
「は、はぁ」
木暮は矢羽の最後の言葉に、矢羽の怖さを感じるのだった。
「それにしても、立神君ってすごいな。ついに芸能界デビューか」
と佐藤。
「まだわかんねえよ。俺、別にそんなのに興味ないし」
立神はあくまで興味はなさそうだ。
「でも、芸能人になったらモテるようになるんじゃないのか?」
と宮下は言った。
「そうか? でも、モテすぎても鬱陶しいだけだしなぁ」
立神はモテるかどうかもあまり興味がないようだ。
「ところでどこの焼肉に行くの?」
佐藤が訊いた。
「ああ、前に鬼塚が連れて行ってくれた焼き肉屋があるんだよ。高級な店でさ、うまかったんだよ。ここに十万あるし、こんな時に行くしかないだろ。ガハハハ」
「鬼塚の連れて行ってくれた焼き肉屋なら絶対うまいよな。楽しみだ」
と宮下。
「ああ、かなりうまかったぜ」
そんな話をしながら、立神らは以前鬼塚が連れて行った焼き肉屋に行った。
「ここだよ」
「おお、見るからに高級焼肉だな」
「さあ、入ろう」
扉を開けて店内に入った。
「いらっしゃ……」
店員が立神の顔を見た瞬間言葉に詰まった。
「わっ、て、て、店長!」
店員が走って奥へと行く。
「なんだ?」
「なにかあったのか?」
「なんだろうね?」
立神らはポカンとしてそれを見ていた。
すると奥から店長が出てきた。
「お、お前はあの時の!」
店長が立神を指さして言った。
「あ、覚えてくれてるんだ。うまかったからまた来たよ」
立神がそう言うと、
「帰ってくれ。あんたに食べさせるものなんてない」
店長は手を振り振りして、野良犬を追っ払うような仕草をした。
「なんだよ。いったい俺がなにをしたって言うんだ?」
「なにをって、あんた覚えていないのか? 店をめちゃめちゃにしやがったくせに」
「そんなの知らんよ」
立神が覚えているわけがないのだ。
そんなやり取りをしていると、マスコミ関係者もゾロゾロと店に入ってきた。そして、
「いまから焼肉食べるんですか?」
と訊く。記者たちは遠慮がない。
「そうなんだけど、店の方が出て行けって言うんだよな」
立神がそう言うと、店長はそのマスコミの多さに態度を急変させた。
「あ、いや、そんなことはない。思う存分食べて行ってくれ」
店長は態度を急変させて、立神らをテーブルに案内した。
「なんだ?」
「マスコミの人がいるから、宣伝になるって思ったんじゃない?」
「ああ、そうだな」
なんにしても焼肉が食べられることになったので、三人は納得して席に着いた。
「今日はお代はいいから、思い切りうまそうに食べてくれよ」
店長が小声で言う。
「おっ、ただで食わせてくれるのか。やったぜ」
立神ははしゃいだ。
「やったね。いっぱい食べよう」
「食おう、喰おう」
店長は肉の乗った皿を次々に持ってきた。
それをどんどん鉄板で焼いていく。
三人は遠慮なく食べた。特に立神の勢いはすごかった。焼けるかどうかなど関係がない。生でも気にすることなく口に入れていった。
「ガハハハ、やっぱりうまいな」
立神はテレビカメラの前で嬉しそうに言った。
それを見ていた店長は、
「いい宣伝になるぞ」
と店員に話していた。