週明けの月曜日。
「ネットニュース見たか?」
宮下が佐藤に訊いた。
「見たよ。立神君のだろ」
と佐藤。
「あいつ、動物園で大暴れしたみたいだな」
「そうみたいだね。写真もあったけど、ライオンの檻の中でメスライオンに囲まれていたよ」
「やっぱ、あいつってメスライオンにモテるのかな?」
「そうなんじゃない」
立神が動物園で騒ぎを起こしたことが、世間ですっかり話題になっていた。
特にネットの中では、いろいろと憶測も飛び交い、立神を神のように扱ってものもあれば、反対に悪魔のように扱っているものもあった。
そこの立神が登校してきた。
「オッス」
立神はそんな世間の騒ぎには無関心なようだ。
「おい、立神。お前、動物園で一悶着起こしたようだな?」
と宮下が言った。
「一悶着って?」
「立神君ってニュースとか見ないの?」
と佐藤。
「見ないよ。そんなの。面白くもないし」
「そうなのかよ。お前、ネットニュースになってるぞ」
と宮下。
「ネットニュース?」
立神は本当になにも知らないようだった。
「これ見てみろよ」
宮下はスマホを取りだして、立神に見せた。
「あ、これ俺だ」
ニュースには写真が載っており、そこにライオンの檻の中にいる立神が写っていた。
「立神君が動物園でライオンと戦ったとか書いてあるけど。ホントなの?」
と佐藤が言った。
「戦ってなんかいないよ。ただ、ちょっと檻の中に入っただけだ」
「そうなのか? でも、SNSにはライオンと戦う男がライオンに瀕死の重傷とかって書いてあるぞ」
宮下はSNSを見ながら言った。
「だから別に戦ってないって。いい加減だな。まったく嘘だよ。そんな話。真希ちゃんに訊いてくれよ」
立神がそう言うと、桐生真希が近づいてきた。
「立神君の言うとおりよ。立神君は別にライオンと戦ってなんかいないの。ただ、飼育員の勘違いで、間違って檻に入れられただけなの」
と真希は説明した。
「間違って檻に?」
(確かにそれはあり得るな)
宮下と佐藤はその話に少し納得してしまった。
「それにしても、この写真だとライオンと同じ檻に入ってるけど、大丈夫だったの?」
と佐藤が訊いた。
「大丈夫もなにも、メスライオンがやたら寄ってきて、なかなか檻から出させてもらえなくて大変だったよ。ガハハハ」
「そうなの。飼育員が立神君を檻から出そうとしたら、メスライオンが飼育員を威嚇してなかなか出させてくれなかったのよ」
と真希も言う。
「そうなんだ。でも、無事で良かったな」
そんな会話をしていると、隣のクラスから伊集院留美が駆け込んできた。
「立神君、大丈夫ー!!」
留美は大げさにわめきながら立神のところへ来た。
「ああ、大丈夫だ」
「ああん、良かった~。心配したのよ」
留美はそう言いながら立神に抱きつくのだった。
「離れろ。鬱陶しい」
立神は留美を引き剥がした。
「どうして動物園になんか行ったの?」
と留美。
「それは真希ちゃんと、なんと言うか、ガハハハ」
立神は言葉を濁した。
「真希ちゃん? ちょっと、一体どういうこと? 真希ちゃんって、ここにいる桐生真希のこと? この子と一緒に行ったの?」
留美は興奮気味だ。
「そうだけど」
「キーッ! 私とはそんなことしたことないのに、どうしてこの女と動物園に行ったのよ。ちょっと、あんた、どういうつもりよ!」
留美は真希に食ってかかった。
「どういうつもりと言われても……」
真希は困ってしまった。
「私も立神君と一緒に動物園行きたい。びえぇぇぇぇぇぇん」
留美は急に泣き出した。
「なんだよ。こいつ」
「立神君、伊集院さんとも行ってあげたら?」
と見かねた佐藤が言うのだった。
「いや、それはマズいだろ。また大騒ぎになるぞ」
と宮下。
「それもそうか」
「びえぇぇぇぇぇぇん。立神君は私とは行ってくれないのね。そのアバズレとは行ったくせに」
留美はカバの顔をくちゃくちゃにして泣き続けた。
「おいおい、どうにかしてくれよ」
立神が言うのだが、宮下も佐藤もどうしたらいいのかわからない。
「ねえ、立神君、伊集院さんとも行ってあげて」
真希が言った。
「え、行くの?」
と立神は嫌そうに言った。
「だって、こんなに泣いているんだもの。かわいそうだわ」
「いや、でもなぁ……」
立神は留美と行きたくはないが、真希の言うことを聞かないというのも、したくはなかった。
「ちょっと、マズいよ。行くにしてももう少し時間がたってからの方がいいと思うよ。だって、いま行ったらまた大騒ぎになるよ」
宮下は言った。
「そうだよね。いま行ったらみんなに写真撮られまくると思うよ。それでSNSにアップされてってなるだろうし」
と佐藤。
「ゲッ、それはマズいよ」
立神がそう言うと、
「びえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」
と留美はますます泣き叫んで、そのまま教室から出て行った。
「なんだよ。あれ?」
と立神はまったく気にしていなかった。
「あーあ、思い切り泣かしちゃったな」
「仕方がないよ。今回のことは放っておこう。別に立神君が悪いわけじゃないし」
と宮下と佐藤も仕方がないという感じであった。
その日の放課後、立神と宮下、それと佐藤が下校しようと校門を出ると、そこにはマスコミの記者やカメラマンがたくさんいた。
「あん? なんだこれ。なにかあったのか?」
と立神。
「あっ! いたぞ。ライオン少年」
記者の一人が叫んだ。
すると、ドッと記者が立神のもとへと集まって来た。
「あの、ライオンとはどういう関係なんですか?」
一人の記者が訊く。
「どういう関係って言われても……」
立神は返答に困った。
「ライオンの檻に入ったのは、なにをするつもりだったんですか?」
別の記者が訊く。
「なにって、俺は別に入りたかったわけじゃないし」
「でも、入ったわけですよね? ライオンに勝つ自信はあったんですか?」
「いや、勝つ自信とかそういうことは考えてなかったけど」
そんな風に答える立神に、遠慮なくテレビカメラも向けられた。
「これって生放送なのかな?」
と佐藤。
「たぶんそうじゃないの? 夕方の情報番組とかの」
宮下は答えた。
「じゃあ、俺たちも映るのかな?」
「たぶんな」
そんな話をすると、宮下も佐藤も急に緊張した。
そこに一人の怪しげな紳士が前に出てきた。
高級スーツに身を固めて白いひげを生やしている。
「いやぁ、君がライオン少年か。初めまして」
その紳士は握手をするのに手を出した。
「は、はぁ」
立神はなんのこっちゃという感じで握手をした。さすがにここでは軽く握った。
「実は君にいい話があってね。ちょっと時間いいかな?」
紳士はそう言うと、名刺を出した。
名刺には「矢羽素具留」と書かれていた。