動物園の中に入るとお客さんは結構いた。
休日なので家族連れが多い。特に小さな子供の姿をよく見かけた。
なんとものどかな雰囲気である。
真希はやっぱり動物園に来て良かったと思った。
二人はフラミンゴがいるケージに来た。
「フラミンゴってきれいな色してるね」
真希が立神に言った。
「そうだな。なんでこんな色をしてんだろ。絵具でも飲んだのかな。ガハハハ」
立神がつまらない冗談を言った。
「やだ、立神君。面白い」
と真希は笑った。
恋は盲目とはよく言ったものであるが、真希もいまはそういう状態なのかもしれない。
そんなやり取りをしている時、一羽のフラミンゴが立神と目が合った。
その瞬間、身体をビクッとさせて急に激しく鳴きだした。
「うわ、なんだ?」
他の客がその声の驚いた。
すると、他のフラミンゴも一緒になって鳴き出した。
そして、立神と真希がいるところから、一気に逃げ出し、ケージの端に固まった。
「あれ? なにかあったのかな?」
「なんだから怯えているような感じね」
二人はそんな会話をした。
二人はフラミンゴのケージを離れて、次にシマウマのコーナーに来た。
「シマウマってきれいな縞模様ね」
真希がそういうのも束の間、立神が近づくとシマウマは激しく暴れ出した。
二頭いたが、二頭ともが囲いの中を暴れ回った。
「なんだ? さっきもフラミンゴが騒いだけど、シマウマもか?」
立神は不思議そうに言った。
「そうね。なんだかここの動物って落ち着きがないわね」
真希も不思議そうだ。
「なんかわからないけど、次に行こうか」
二人はそのままカバのコーナーに移動した。
カバがのんびりと水に浸かって、のんきそうな顔を水から半分出していた。
「お、カバだ。やっぱり留美にそっくりだな。ガハハハ」
「やだ、立神君。そんなこと言っちゃダメよ。」
真希はそう言いながらも、少し笑っていた。
「カバって見てるとこっちも気持ちが安らぐな」
立神が言うと、真希の心は少し波立った。
(それって伊集院さんといると気持ちが安らぐってこと?)
「でも、カバって見た目と違って凶暴らしいわよ」
真希はどこかで聞いた知識を言った。
「へぇ、そうなんだ。ガハハハ。人は見た目に寄らないってことか。あ、人じゃないか。ガハハハ」
立神はまた面白くないことを言った。
真希は立神の話に笑うことはなかった。
真希は、カバが実は凶暴だということを披露することで、間接的に伊集院留美の悪口を言っている自分の底意地の悪さが、腹立たしかったのだ。
もっとも、立神はまったくそんなことに気づいてもいないし、気にもしていないのだが。
「次、行きましょう」
真希はカバから離れたかったので、そう言った。
「ああ、そうしよう。次はなんだ? あ、ライオンだ」
「わあ、大きいね」
檻の中のライオンはのそりと寝そべっていた。百獣の王にふさわしく悠然としている。
そして、やはりライオンは人気があるのか、多くの人だかりができていた。
二人は人だかりを縫うようにしてライオンの檻の前に立った。
すると周りの他のお客がざわつきだした。
「おい、ライオンじゃねえか?」
「ライオンだよな」
「ギャー、ライオンが檻から出たぞ!」
一部のお客がそう騒ぎ出すと、他のお客も騒ぎ出した。
「逃げろー! ライオンだ」
「喰われるぞ!」
お客が一気に走って逃げだした。
「なんだ! なんだ!」
立神もその状況に慌てるが、原因がなになのかがわかっていない。
「なんだろう?」
真希もわかっていなかった。
慣れとは恐ろしいもので、真希は立神の顔がライオンであるということをあまり意識しなくなっていたのだ。
「ライオンが檻から出たって言ってたけど、出てないよな?」
立神はライオンの檻を見た。
ライオンは相変わらずのそりと寝そべったままだ。
「あっ、ひょっとして立神君を見て勘違いしたのかしら?」
真希がやっと気づいた。
「ええ、そんなはずないだろう。だって、服を着ているし、二足歩行だよ」
そこに、動物園の飼育員が走って来た。
「ああ、ライオンが逃げ出してるぞ!」
飼育員が立神を指さして言った。
「ええっ! 違う違う。俺は人間だ」
立神が大声で言った。
「うわっ、吠えてるぞ。ヤバい!」
飼育員はもう言葉が聞き取れないほど興奮しているようだ。
「誰か、麻酔銃を持ってこい」
「ちょっと、待って! この人はライオンじゃないの」
真希が飼育員に駆け寄って言った。
「さあ、危ないからこっちに来て」
真希は飼育員の方へと引っ張られた。
「いや、だから、あの人はライオンじゃ……」
真希の必死の訴えもまったく聞き入れてもらえず、立神はもう完全に逃げたライオン扱いだった。
そこに麻酔銃を持った男が現れた。
そして、バンと立神に向かって撃った。
「ギャッ!」
立神に命中し、立神は一瞬声を発したが、すぐにうとうととして眠ってしまった。
「ああ、立神君!」
真希が撃たれた立神に近づこうとするが、飼育員が羽交い絞めにしていた。
「危ない。まだいつ目を覚ますかわからないから近づかないで!」
「いや、あれはライオンじゃないの。私の友達」
「ダメだ。恐怖で精神に異常をきたしたようだ。誰かこの人を医務室へ連れて行ってあげて」
真希を羽交い絞めにしている飼育員がそう言うと、他の係の者が二人現れて、真希を無理やり医務室へと連れて行った。
「ちょっと、立神君!」
真希の声は虚しく響いた。
「よし、じゃあ、あのライオンが寝ているうちに檻に戻そう」
飼育員は恐る恐る寝ている立神に近づき、少し揺すってみた。
立神が麻酔銃ですっかり眠っていた。
「よし、大丈夫なようだ。運ぼう」
飼育員は四人がかりで、重い立神を持ち上げると、ライオンの檻へと運んだ。そして、他のライオンと一緒の檻へと入れた。
「それにしても、あんなライオン、うちの動物園にいたか?」
一人の飼育員が言った。
「そうだな。服も着てたしなんだかおかしなライオンだよな」
他の飼育員も言った。
ライオンの檻が閉められて、とりあえず一件落着という感じではあった。
飼育員は改めてライオンの檻を見た。
どう見てもいま麻酔銃を使って捕獲したライオンはライオンではないように見える。
いや、頭部は完全にライオンだが、身体はどう見ても人間だ。
「うん? やっぱりあれはライオンじゃないぞ」
「あっ、本当だ! あれは人間じゃないか?」
「うむ、そう言われてみれば、そんな風に見えてきたな。さっきは興奮してたからライオンにしか見えなかったけど」
初めに駆け付けた飼育員が言った。
「いや、あれはやっぱり人間だよ」
一人がそう言うと、
「わああ、大変だ。人間をライオンの檻に入れてしまった!」
と初めに駆け付けた飼育員が慌てだした。
そこに、医務室からなんとか逃げ出してきた真希が来た。
「ああっ、立神君。起きて! そこはライオンの檻よ!」
真希はライオンの入りに入れられている立神に向かって叫んだ。
「うん、ふああああ」
立神は大きく伸びをした。
どうやら真希の声で気が付いたようだ。
「立神君。起きて!」
真希は檻につかまって立神に必死に声をかける。
「あん、なんだ。いったいどうなってるんだ? あれ、真希ちゃんが檻の中に? いや、違う俺が檻の中にいるんだ! どうなってんだ?」
立神は麻酔銃で撃たれて状況がわからなくなっているようだ。
「そこはライオンの檻の中よ! 早く逃げて!」
立神はそう言われて、周りを見た。すると周りにはのっそりと寝そべったライオンがいた。
「あ、ライオン」
立神はまったく怖がっていなかった。
「逃げて! 立神君」
真希は必死に言うのだが、立神は、
「ああ、大丈夫だよ。ライオンもむやみに襲わないし」
と言うのだった。
ライオンが寝ていた身体を起こした。そして、のそりと歩いて立神に近づく。
「ああっ、もうダメ!」
真希が目を伏せた。
「ああ、喰われる!」
それを見ていた飼育員も目を伏せた。
「ああ、よしよし。かわいい奴だな。ガハハハ」
立神の声が聞こえた。
「あれ?」
真希が恐る恐る目を開けると、立神がライオンの頭を撫でていた。
ライオンは猫のようにゴロゴロと言いながら気持ち良さそうな顔をしている。そして、立神に顔をこすりつけてくるのだった。