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第41話 デート

 その日の放課後、真希は親友の高梨千沙と一緒に帰っていた。

「私、自分がこんなに嫉妬深いなんて思わなかったわ」

 真希が言った。

「あら、どうしたの?」

「実は、今日の昼休みに伊集院さんが立神君と……」

 真希は立神に留美が抱き着いたことやキスをしたことを話した。

「そんなことがあったんだ。それで、真希は嫉妬をしたと?」

「うん。そんな感情を持つなんて、私、自分が恥ずかしい」

「もう真希ったら、真面目過ぎよ。嫉妬なんて誰でもするんだから」

「でも……」

「それに、真希は立神君とダブルデートもしたんでしょう? だったら、伊集院さんよりも関係が進んでるじゃない」

「そうかもしれないけど、ダブルデートしたって言っても、立神君はなにも変わっていないし、私に興味もなさそうだし」

 真希はうじうじとしていた。

 真希は美人ではあるが、真面目な性格が災いして、そもそも恋愛なんてこれまでまともにしたことがないのだ。

「だったら、今度立神君をデートに誘ったらいいじゃない」

 千沙が提案した。

「え、私が。そんなことできるかしら?」

「真希ってホントよくわからないわね。立神君に自分からキスしたこともあるぐらいなのに、デートぐらい誘えるでしょう」

「キスしたって言っても、あの時はその場の勢いというか、それにキスしたのは鼻だし」

「鼻でもどこでもキスしたのには変わりないわよ。思い切って誘ってみなさいよ」

「う、うん。ちょっと考えてみる」

 真希はハッキリとした返答は避けた。


 翌日、真希は二時間目と三時間目の間の休み時間に立神に声をかけた。

「あの、立神君」

 立神は弁当を出して食べていた。

「なに?」

 ご飯粒がライオンの口の周りについている。

「いまからお弁当食べてたら、放課後まで持たないよ」

(ああ、私、なにを言ってるのかしら。立神君の早弁なっていつものことじゃない)

 真希はデートに誘おうと思ったが、ためらわれて関係のないことを言ってしまった。

「昼になったら、また留美が弁当持ってくるだろうしな。大丈夫だよ。ガハハハ」

 立神は無邪気に言った。

「そ、そうね」

(立神君はやっぱり伊集院さんのお弁当を楽しみにしてるんだわ)

 真希も一時立神に弁当を作って来ていたが、留美が激しく嫉妬したのでやめていたのだ。

「あの、立神君は、休みの日とかなにやってるの?」


「なにって、だいたいはオヤジに鍛えられてるかな。出かけない時は。だからなにか用事があった方が俺としては助かるんだけどな」

 立神は家にいると豪天からの攻撃がいつあるかわからないので、常に気を張っていないとダメだった。

「そうなんだ」

(じゃあ、私が誘った方が立神君としてはいいんだ)

 真希は一気に誘う勇気が湧いた。

「あの、立神君。今度の土曜日なんだけど、二人でどこか行かない?」

「え、二人で……」

 立神の弁当を食べる手が止まった。

「う、うん。前に岸田君とかと一緒にデートしたけど、今度は二人でどうかしら? ダメかな?」

 真希は緊張で顔が紅潮していた。

「あ、あ、そ、それは、う、うん。いいよ。行くよ。ニョハハハ、ニョハハハ」

 立神は顔がニヤけていた。

「良かった。じゃあ、今度の土曜日、楽しみにしてるね」

 真希はうまく約束ができてホッとした。

 立神は弁当を食べるのをやめて、蓋をした。


 そして放課後。

 立神と宮下と佐藤は一緒に帰っていた。

「なぁ、デートってどんなところに行くんだ?」

 立神が唐突に言った。

「はぁ? なにそれ?」

 と宮下。

「いや、そのう、なんて言うか、今度真希ちゃんと……」

 立神は恥ずかしそうにして、言葉を濁した。

「あれ、立神君。桐生さんとデートするの?」

 と佐藤が言った。

「ニャハハハ、実は、そうなんだ」

 立神は照れ臭そうにした。

「そうか。良かったな。お前から誘ったのか?」

「いや、向こうから」

「スゴいな。うちのクラスのマドンナである桐生さんに誘われるなんて」

「ニャハハハ、ま、まあな」

 立神は嬉しそうだった。

「それで、どこに行ったらいいのか訊いたわけだ」

「そうなんだ。どこに行けばいい?」

「岸田とかとダブルデートした時は映画に行ったんだろ? だったら、今度は動物園とかはどうだ?」

 と宮下が言った。

「動物園か。なるほど。それならかわいい動物とか見て癒されるしなぁ」

 立神は宮下の提案が気に入ったようだ。

 しかし、慣れ過ぎてうっかりしていたが、立神の頭部はライオンだ。そんな男が動物園に行って大丈夫なのだろうかと、宮下も佐藤も思うのだった。

「俺ってかわいい動物好きなんだよ。カピバラなんてかわいいよなぁ」

 立神は微笑んだ。

「あ、ああ、そうだな。でも、やっぱり動物園はマズいかもな」

 宮下が言った。

「なんでよ?」

「いや、それは……」

 宮下は言葉を詰まらせた。言っていいのかわからなかったからだ。

「まだ今度の土曜まで時間はあるからゆっくり考えた方がいいよ。それに桐生さんが動物園でいいのかもわからないし」

 佐藤が急いでフォローした。

「それもそうだな。明日桐生さんに訊いてみるよ。あ、じゃあ、俺はこっちだから」

 立神はそう言うと、宮下、佐藤と別れた。

「さすがに立神が動物園に行くはマズいよな」

 と宮下。

「でも、提案したのは宮下君じゃない」

「俺もうっかりしてさ。立神の顔がもうライオンに見えなくなってきているというか、ちょっと変わった人間の顔に見えるようになってるんだよな」

「ああ、それはわかる。俺もそんな感じだよ。人間ってなんにでも慣れるんだね」

 と佐藤は言った。


 そしてデートの約束をした土曜日になった。

 真希はとっておきのワンピースを着て出かけた。

 今日は動物園に行くことになっている。

 立神が提案してきたのだが、真希も動物園が好きだった。小さい頃から親によく連れて行ってもらっていたのだ。

 だから立神が動物園に行こうと言ってきた時は、二つ返事でオッケーした。

 待ち合わせ場所の駅前に行くと、立神はまだ来ていなかった。それはそうだ。待ち合わせ時間の三十分も前なのだ。

 真希はドキドキしながら立神が来るのを待った。

 そして、待ち合わせ時間の少し前になると、立神が来た。

「お待たせ」

 立神は緊張した面持ちだ。

 真希も緊張している。

「じゃ、行こうか」

 二人は電車に乗って動物園の最寄り駅へと向かった。

「おい、あれってライオンじゃね?」

「いや、ライオンが電車に乗るわけないだろ」

 と周りはコソコソと話をしていたが、真希と立神には聞こえなかった。

 駅に着き、二人は電車を降りて動物園に向かった。

 動物園に近づくにつれて、独特の臭いが漂ってくる。獣臭であり糞の臭いだろう。

「ああ、こういう臭いをかぐと動物園に来た気がするなぁ」

 立神は鼻から思いきり空気を吸った。

(立神君てやっぱりこういう臭いが好きなのかしら。私は動物園は好きだけど、こういう臭いは苦手だけどな)

 真希はそんなことを考えながら立神の嬉しそうな顔を見た。

 切符売り場で入園券を買い、入園門に行くと入場券を確認する係のお姉さんがいた。

 立神が近づくと、ビクッとしていた。そして、インカムでどこかとやり取りしだした。

 立神と真希が入園門でそのお姉さんに入園券を出すと、

「ちょ、ちょっとお待ちください」

 と言って待たされた。

「なに? なにか問題でもあるの?」

 立神が訊いた。

 すると背広姿の男が来て、係のお姉さんとコソコソ話し始めた。そして、チラチラと立神を見ている。

「あのう、今日はなんの御用で?」

 男が訊いてきた。

「え、動物を見に来たんですけど……」

 真希が答えた。

「食べるのじゃなく?」

「食べません!」

 真希はムッとした。

「あ、失礼しました。どうぞお通りください」

 男はそう言うと二人を中に通した。

「なんなんだ?」

 立神は訳がわからないという感じである。

 ただ、真希としては動物園に来たのは失敗だったかもと、ちょっと思った。

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