飛び出していった立神を、三人はしばらく呆然と見ているだけだった。
「どうしよう?」
真希が言った。
「そうだな。とりあえず俺たちも出るか」
と岸田。
理央はなにが起こったのかわからないという感じだった。
「ごめんね、あいつちょっとおかしいから」
岸田は理央に謝った。
「ううん、いいの。あまり映画に集中できてなかったし。それに立神って人がちょっとおかしいのは見ただけでわかるから」
「ま、それもそうか。ハハハ、ハハハ」
岸田は乾いた笑い声を上げた。
(ああ、最悪だ。やっぱり立神が来るのは絶対に阻止すべきだった)
三人は映画館を出ると立神を探した。
さすがに途中で気づいて戻ってくるだろうと思っていた。
しかし、少し映画館の周りを見て回っても、立神の姿はなかった。
「あいつ、家に帰ったのかな?」
「でも、遅刻だって言いながら出て行ったんだし、学校に行ったのかも」
と真希が言った。
「あれだけ目立つ見た目だから、いたらすぐに見つかりそうだけどね」
と理央は言う。
「困ったな。どうしようか? このままいつまでも探していても仕方がないし……」
岸田はこういう時にどうするべきなのかわからなかった。
昨夜ネットで「初めてのデートはこれでバッチリ! 彼女のハートは君のモノ」というサイトを読んで頭に叩き込んでいたが、友達が寝ぼけて行方不明になった場合のことなど書いていなかった。
「そうね。仕方がないから今日は解散しましょうか?」
真希が提案した。
「う、そ、そうだなぁ……」
岸田としてはこのままお開きになるのは嫌だった。
せっかくの理央とのデートなので、もう少し一緒にいたい。
「理央さんはどう?」
真希が理央に訊いた。
「そうね。今日はもう帰ろうかしら。なんだか疲れたし」
理央は確かに疲れた顔をしていた。まだハンバーガーを食べて映画を途中まで見ただけなのに。
「そ、そうだね」
岸田としては理央がそう言うのだったら、そうするしかなかった。
岸田は肩を落とした。
そこに三人組が声をかけてきた。
「おっ、男一人に女が二人か。ニイチャンやるじゃねえか」
声のした方を岸田が見ると、
(わっ、嫌な連中と会ってしまったなぁ)
岸田はマズいと思い、知らん顔をしてさっさと行き過ぎようと思ったが、華流高校の三人が道をふさいだ。
「おいおい、お前だけいい思いをしようってのか? 俺たちにも分けてくれよ。エヘヘ」
石渡がいやらしい目を理央や真希に送った。
「めっちゃ美人を二人も連れてんじゃん。やるねぇ。ヘヘヘ」
岸田はなんとかしないとと思ったが、相手はこの地域一番のワル学校で番長をしている男だ。とてもじゃないが追っ払えるとは思えなかった。
石渡と岸田や真希とは顔を合わせたことがあるのだが、石渡は岸田のことも真希のことも覚えていないようだ。
「なぁ、ちょっと俺たちに付き合えよ」
石渡の仲間が理央の手をつかもうとした。
「ヒッ」
理央が怖がって小さく悲鳴を上げた。
「あの、やめ、やめてもらえますか」
岸田は勇気を出して言った。
「はぁ? なんだ。やんのか、コラ?」
男がすごんだ。
「あ、いえ、ただ、僕の友達なんで、やめて、下さい」
恐怖で喉は縮み上がっていたが、岸田はなんとか声を絞り出した。
「なんだとコラ! お前だけでいい思いしようってのか?」
華流高校の連中は徐々にヒートアップしてきた。
「やめてください。彼女は嫌がっています」
岸田がビビっていると、真希が毅然とした態度できっぱりと言った。
「おっ、気の強い女もなかなかそそるものがあるぜ。へへ」
一人がそう言いながら真希の肩に腕を回した。
「キャッ、やめて」
真希が男の腕を払った。
「このアマ! 調子こいてるんじゃねえぞ!」
男は嫌がる真希にまた無理やり腕を回そうとした。
「いや、やめて!」
真希がそれも振り払おうとするが、男の力には敵わない。
「いいじゃねえか。そんな情けない男よりも、俺たちの方が楽しませてあげられるぜ」
石渡が言った。
岸田は恐怖で身体が固まってしまって、なにもできずにいた。
そこに聞き慣れた声が聞こえた。
「あ、いたいた。あれ、なにやってんだ?」
声のした方を見ると、立神がいた。
「あっ!」
石渡と他の二人は声を上げて驚いた。
「あ、お前……」
立神は石渡の顔を指さした。
石渡はゴクリと唾をのんだ。
「石橋」
「石渡だ!」
立神がきちんと名前を憶えているわけがなかった。
「なにやってんだ? こんなところで」
立神が言った。
「この人たちが私たちに絡んできたの」
真希が言った。
「そうなのか?」
立神が華流高校の三人に訊く。
「あ、いや、そんなんじゃ……」
三人は顔をプルプルと横に振った。
「それで、私の肩に無理やり腕を回してきたりしたのよ」
真希はさらに言った。
「なに!」
真希の話に、立神の表情が変わった。ライオンの牙がギラっと光る。
「ヒィィィィィィィ」
華流高校の三人はいまや直立不動だ。
「お前ら、俺の真希ちゃんにそんなことをしたのか。許せん!」
立神はそう言うと、直立不動の三人に次々に強烈なビンタを喰らわせて行った。
バシン、バシン、バシン。
音がするたびに男が鼻血を飛ばして倒れた。
「立神君、暴力はいけないけど、これは愛の鞭だから仕方がないわね」
真希は聖母のような心の持ち主だが、時には愛の鞭も必要だと考えているのだ。
「そうだな。まったく、こんなことをしている暇があったら、家に帰って勉強しろ。ガハハハ」
立神は仁王立ちで言った。
「しゅいましぇーん」
華流高校の三人は、そう言いながら全速力で走って逃げた。
「俺が来て良かったぜ。ガハハハ」
「ありがとう、立神君」
「いいんだぜ。ガハハハ」
「俺の真希ちゃんって言ってくれて嬉しかったわ」
「あ、いや、ニョハハハ。だ、だって、俺、真希ちゃんのことが……。ニョハハハ」
ライオンの顔を赤くしながら、立神はもじもじした。
「ありがとうな、立神。助かったよ」
と岸田も礼を言った。
「ありがとう」
理央も言う。
「それに岸田君もありがとう」
理央は岸田にも礼を言った。
「あ、いやぁ、恥ずかしいよ。俺は怖くてなにもできなかったし」
岸田は頭を掻いた。
本当になにもできなかった自分が恥ずかしかったのだ。
「そんなことないよ。岸田君、ちゃんとあんな怖そうな人相手にやめるように言ってくれたし」
「めちゃくちゃ怖かったんだけどね。ハハハ」
岸田は乾いた笑い声を出した。
「ううん、怖くて当然よ。でも私嬉しかった」
理央はそう言って岸田の手を握った。
「理央ちゃん……」
岸田も手を握り返した。
「ところで、立神君。どこに行ってたの?」
と真希が訊いた。
「ああ、寝ぼけて遅刻したと思って飛び出したけどさ、どこだかわからずに迷ってしまって、あっちこっちウロチョロしてた。ガハハハ」
「そうだったんだ」
その話にみんなで笑った。
「俺もお前のように強くなりたいよ」
岸田が立神に言った。
「まぁ、男はなんだかんだ言って、やっぱり強くないとな」
と立神。
「俺も好きな人を守れるようになりたいんだ。宮下とか佐藤に聞いたんだけど、お前のお父さんがあいつらを鍛えたんだってな?」
「ああ、そうだ。あいつらはあれから俺の家には絶対に行かないって言ってるけどな。ガハハハ」
「どうだろう? 俺もお前のお父さんに鍛えてもらえないかな?」
「おおっ、いいぞ。オヤジも絶対喜ぶよ」
その日は、それから街を四人でブラブラしてダブルデートは終了した。
そして、翌日。
岸田は立神家を訪れたが、すぐに後悔したのは言うまでもない。