ある朝。
「おい、岸田。なにかいいことでもあったのか?」
宮下がニヤついている岸田に訊いた。
「わかるか?」
と岸田はさらにニヤニヤした。
「いったいなにがあったの?」
そこに佐藤も来た。
「実は、あの子と付き合うことになったんだ」
と岸田が言った。
「あの子?」
「そう。覚えてないか? 切杉女学院のリオ」
「ええっ、あの子と付き合うのか!」
宮下も佐藤も驚いた。
「そうなんだ。信じられないだろ」
岸田はやはりニヤついている。
「いったいなにがあったんだ?」
と宮下が訊く。
「まぁ、前に告白をしようとした時は、ことごとく立神に邪魔されたけどさ、思い切って一人で告白しに行ったんだ。そしたらオッケーしてもらえたってわけ」
「へぇ、そういうこともあるんだな。あんなにかわいい子がお前の彼女か、信じられないなぁ」
宮下は納得できない様子だ。
「確かにめちゃくちゃかわいかったよね。あんな子が彼女だなんてうらやましいよ」
と佐藤も言った。
「そうだろう。俺も自分で信じられないよ」
と岸田はさらにニヤニヤとした。嬉しくて仕方がないという感じである。
「オッス」
そこに立神が来た。
「立神君、岸田君が切杉女学院のリオって子と付き合うことになったんだって」
佐藤が言った。
「リオ? 誰それ?」
立神が覚えているわけがなかった。
「ああ、まあいいよ。とにかく岸田に彼女ができたんだ」
と宮下がすぐに言った。
「そうか、良かったな!」
立神はバシバシと岸田の肩を叩いた。
「痛い痛い、やめてくれ」
岸田はバカ力で叩かれて肩がはずれそうだった。
「もうデートもしたのか?」
と宮下。
「いや、まだちゃんとしたことはないんだ。それで一回ダブルデートというか、複数人でって話になっててさ」
「ああ、なるほど。その方がお互いに気を遣わなくていいのかもね」
と佐藤が言った。
「それで、お前たちのどっちかが一緒に来てくれないか?」
岸田は宮下と佐藤に言った。
「え、俺たちのどっちか?」
「それは無理だよ。俺は彼女いないし」
と佐藤はすぐに言った。
「俺もだよ。まさか俺だけ一緒に行くってのもおかしいだろうし」
と宮下も言う。
「そうだよなぁ。どうしようかな。誰かいないか?」
と岸田が訊くのだった。
「それなら、立神はどう?」
「あ、そうだ。立神君なら相手もいるしね」
と宮下と佐藤は言った。
「え、あ、それは……」
岸田は小さく顔を横に振った。
「なぁ、立神。協力してあげろよ」
と宮下は、そんな岸田のことを無視して立神に話を振った。
「ええっ、俺が? 嫌だよ。面倒くさい」
「そうだよな。立神、無理に協力してくれなくていいよ」
岸田はとにかく立神には関わって欲しくなかった。
「なんでよ。立神なら伊集院さんもいるしさ。その四人でダブルデートしたらいいじゃん。ププ」
宮下はそう言いながら、絵を想像したのか最後には半笑いであった。
「バカやろう。あんな女とデートなんてできるか!」
立神は伊集院留美の名前を出されて怒った。
「まぁまぁ。そう怒らないで。じゃあ、桐生さんとならどう?」
佐藤が提案した。
「え、桐生さん?」
立神の反応がすぐに変わった。気のせいかライオンの頬が赤くなっている感じもある。
「そうだ。桐生さんなら切杉女学院のリオって子にも引けを取らないし、いいんじゃないか」
宮下は立神の怒りを鎮めるために、佐藤の提案に急いで乗っかった。
「き、桐生さんとなら、ニョハハハ。ま、まぁ、友人のためでもあるし、協力しないでもないと言うか、ニョハハハ」
立神がだらしない顔になった。
「ちょっと桐生さんを呼んでくるよ」
佐藤はクラスメイトと談笑している桐生真希を呼びに行った。
そして、真希を連れてきた。
佐藤と宮下が事情を話した。
「そういうことなら、いいわよ。私は立神君の彼女ってことでダブルデートしたらいいって事ね」
真希はすぐに承諾した。
「やったな。岸田」
宮下はそう言うのだったが、岸田の顔は暗かった。
「あ、ああ。まぁ、頼むわ」
とても協力に感謝している雰囲気ではない。
「岸田よ。俺に任せておけ。お前たちの関係がより親密になれるように、協力してやるからな。ガハハハ」
立神はやたらと上機嫌になった。
そして週末になった。
岸田とリオ、それと立神と真希の四人でデートをすることになった。
まずは駅前で待ち合わせた。
「あ、岸田君。お待たせ」
リオが小走りでやって来た。
岸田は待ち合わせ場所に約束の三十分前から来ていた。
「いやぁ、そんなに待ってないよ。いま来たとこ」
と当然の嘘を言った。
「今日、友達のカップルも来るんだよね?」
リオは楽しそうだ。
岸田としてはとりあえずホッとした。
「そうなんだ。そろそろ来ると思うけど……」
岸田としてはできれば急用で立神が来れないことを願った。
(あいつ、急にインフルエンザとかにかかったりしてないかなぁ。するわけないか。あんな頑丈な奴が病気なんてあり得ないよなぁ)
岸田がそんなことを思っていると、真希がやって来た。
「こんにちは。初めまして」
真希がリオに頭を下げた。
「初めまして。今日はよろしくね」
リオは明るく挨拶をした。
「私、高木理央って言います。切杉女学院に通っています」
理央は自己紹介した。
「私は桐生真希です。優越学園です」
真希も自己紹介した。
「オッス」
そこに立神が現れた。
「あ、初めまして、高木理……」
理央は現れた立神に挨拶をしようと振り返った瞬間、言葉を失った。
立神のライオン顔がそこにあったからだ。
「キャー!」
理央は飛び上がって驚き、岸田の後ろに隠れた。
「そ、そのライオン。うちの学校に来て生徒を襲おうとした、あの……」
理央は恐怖でガタガタ震えていた。
「あ、いや、理央ちゃん。こいつはそんな奴じゃないよ。あの時も別に生徒を襲うおうってしてたわけじゃないし」
岸田が説明した。
「そうそう。彼はいい人なの。見た目はちょっと怖いかもしれないけど、中身はやさしいんだから」
真希も言った。
(やさしいかどうかは諸説あると思うけど……)
岸田は内心思った。
「え、じゃ、じゃあ、大丈夫なの?」
理央が恐る恐る岸田の後ろから出てきた。
「大丈夫だよ。別に襲って食べたりしないから」
(まぁ、他にはいろいろと問題はあるけど……)
「そ、そうなんだ。すみません。なんかうちの学校で変な噂が流れていて」
理央は立神に頭を下げた。
「変な噂って?」
「ライオンがうちの学校の生徒を襲って夕食にしているって噂があるの」
理央が言った。
「なんで俺が人を襲って食わんとならんのだ」
と立神は怒った。
「まぁまぁ、誤解が解けて良かったじゃん」
(はぁ、この感じで今日はデートか。なんか想像したのと違う感じになりそうだな)
岸田は嫌な予感しかしなかった。