「大丈夫か!」
リング下から馬場タートルが叫んだ。
稲妻シャーク斉藤は額から血を吹き出しながら、リングに倒れた。
とても大丈夫そうには見えなかった。白目を剥いている。
「ああっ、マズい。タンカだ!」
馬場タートルがそう言うと、すぐにタンカが来て、稲妻シャーク斉藤はリングの外へと運び出された。
「クソ、忌々しい奴め」
金蔵はその様子を見て、口惜しそうに歯ぎしりをしていた。
「もうやめておいた方がいいんじゃないのか?」
豪天が言う。
「やかましい! まだあと一人いる。お前の方は三連勝で勝ちだからな。まだ二勝だ」
「ま、それなら早く次の試合をやってくれ。わしはもう腹膨れたし、帰って寝たい」
豪天は退屈そうにあくびをした。
「おい、例の物を用意するんだ」
金蔵はお付きの者に指示をした。
するとリングに張られたロープをはずし始めた。
「あれ、なにやってんだ?」
と宮下。
「そうだね。もう終わりなのかな?」
佐藤も言う。
「フフフ、まだだよ。次の試合はこれまでよりも面白いものになるぞ」
鬼塚が言った。
「面白いものって?」
「まぁ、見てな」
鬼塚は不敵に笑った。
リングからロープがはずされると、今度はそこに有刺鉄線が代わりに張られた。
「まさか、有刺鉄線デスマッチをやるのか?」
「そうだ。そのまさかよ。しかも有刺鉄線だけじゃないぜ。リングの下には火薬を仕込んだマットを敷くんだ。つまりリング下に落ちたら、その火薬が爆発する」
鬼塚が説明した。
「そ、そんな……」
宮下と佐藤は絶句した。
「さらに、この試合は凶器も自由に使っていいんだ」
「いや、それってもうプロレスでもなんでもないような気がするけど……」
宮下のツッコミなんて、もう鬼塚家には関係なかった。勝てばいいのだ。
「ハハハ、どうだ、この試合は面白そうだろう?」
金蔵は豪天に言うのだった。
「こんなことを考えるなんて、お前らしいよ」
豪天はあきれ気味だ。
「どうです、美子さん。あなたの息子さんがこれから血まみれになる姿を見る気分は?」
金蔵は美子に話を振った。
「…………」
美子はなにも答えなかった。
「ワッハハハ、まぁ、せいぜい息子さんの無事を祈るんですな。なにせ、次に出てくる馬場タートルはレスリング技術はいまいちでも、反則をさせたら天下一品ですからな。それに性格の残虐性は誰にも負けません」
金蔵は自信たっぷりだった。
「へえ、こんなので試合をするんだ」
立神はリングの周りに張られた有刺鉄線を見て言った。
「そうだ。いままでのような甘っちょろい試合とは違うぜ。せいぜい覚悟をきめてかかってくるんだな」
馬場タートルは身体をほぐしながら言った。
(このガキには悪いが、俺たちは勝たないといけねえ。そうでないとまた失業だ)
「準備が整いました」
金蔵のところにお付きの者が報告に来た。
「よし、いよいよだな。まぁ、息子の血だるまになった姿をじっくりとみるんだな。じゃあ、ゴングを鳴らせ!」
金蔵の合図でゴングが鳴った。
ゴングとともに、馬場タートルが飛び出した。そして、ボーッと立っていた立神に不意に体当たりをした。
突然のことで対応できず、立神はロープの代わりに張られた有刺鉄線に飛ばされた。
立神の身体が有刺鉄線に当たる。
「うわっ、早速やられた」
佐藤がそれを見て思わず声を出した。
「不意打ちかよ。汚ねえな」
宮下が言った。
「ハハハ、不意打ちなんて当然だ。それにもうゴングもなってるんだから、ボーっとしている奴が悪いのさ」
と鬼塚。
有刺鉄線にぶち当たって立神の服が破れた。いまさらの説明だが、立神はずっと制服のままプロレスをしていたのだ。
しかし、それが幸いした。服を着ていたので、身体に傷を負わずに済んだ。
「ああ、びっくりした」
立神は痛がっていない。ただ、少し驚いただけだった。
「ハハハ、これはちょっとしたあいさつ代わりだ。今度はこれを喰らえ!」
馬場タートルはそう言うと、タイツに隠し持っていた栓抜きを取り出した。そして、それで立神の頭を殴った。
「オラオラオラ、どうだ!」
金属製の栓抜きが立神の頭に当たる。
「おおっ、プロレスっぽいなぁ」
やられた立神は感心しているだけで、まったくダメージはなさそうだ。
「クソ、やっぱりこんなもんじゃダメか」
(このガキ、さっきはフォークを刺されても平気だったからな。こんなものが通用するとは思っていなかったが、それにしても異常なタフさだな)
凶器の帝王と恐れられていた馬場タートルにとっては、これぐらいの凶器はまだまだ序の口だった。
馬場タートルはいったんリング下に降りて、木製のバットに有刺鉄線を巻いたものを手に持って、再びリングに上がって来た。
「ああっ、あんなものを用意してるのか!」
宮下が言った。
「そうだ。あの有刺鉄線付きのバットで殴られたら、どんなことになるか想像できるだろう?」
と鬼塚。
「なんか、考えただけで痛くなるよ」
佐藤は言った。
「ハハハ、あの凶器を見て怖がらない奴なんていねえよ」
「さあ、ボウズ。降参するならいまのうちだぞ。俺にこいつを使わせたらただじゃ済まねえぜ」
馬場タートルは不敵に笑って舌なめずりをした。
「降参なんてしねえよ。なんか面白そうなもの持ってんな。それどうやって使うんだ?」
と立神はまったく怖がっていなかった。
「こうやって使うんだよ」
馬場タートルは、手にした有刺鉄線付きバットで立神の顔面を殴った。
殴られた立神はさすがに足元がふらついた。
「どうだ!」
馬場タートルはふらつく立神にさらにバットを振り下ろした。
「豪天よ、お前の息子もこれまでのようだな。さすがに倒れるのも時間の問題だ。なんならタオルを投げてもいいんだぞ」
金蔵はニヤニヤしていた。
「アホらし。あんなおもちゃにわしの息子がやられるか」
と豪天は言った。
「ほう、えらく強がるな。ワッハハハ。だが、あの状態ではもう無理だろう。殴られっぱなしじゃないか」
金蔵の言うように、リングでは立神が馬場タートルのバットに滅多打ちになっていた。
「はぁ、はぁ、どうだ。そろそろ降参か?」
バットを散々降って、馬場タートルは少し息が上がっていた。
「へ? いや、別に降参なんてしないけど。さっきのフォークよりも、むしろそれの方が刺激があって気持ちいいよ。ほら、俺ってたてがみがあるからさぁ、頭を洗ってもちょっと汗をかくと痒くなるんだよなぁ。だから、そのトゲトゲがちょうどいい感じで当たってすっきりしたよ」
立神はまったくダメージがないどころか、むしろ爽快な顔をしていた。
「な、なんて野郎だ……」
馬場タートルは普通の反則攻撃では無理だと悟った。
「なんか、立神は平気そうだな」
宮下が立神の様子を見て言った。
「そうだね。制服はボロボロになってるけど、別に痛そうでもないし」
と佐藤も言った。
「まだまだ、こんなもんじゃないぜ。あの馬場タートルという男の本気はこれからだ」
鬼塚は言うのだった。