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第35話 馬場タートル

「大丈夫か!」

 リング下から馬場タートルが叫んだ。

 稲妻シャーク斉藤は額から血を吹き出しながら、リングに倒れた。

 とても大丈夫そうには見えなかった。白目を剥いている。

「ああっ、マズい。タンカだ!」

 馬場タートルがそう言うと、すぐにタンカが来て、稲妻シャーク斉藤はリングの外へと運び出された。


「クソ、忌々しい奴め」

 金蔵はその様子を見て、口惜しそうに歯ぎしりをしていた。

「もうやめておいた方がいいんじゃないのか?」

 豪天が言う。

「やかましい! まだあと一人いる。お前の方は三連勝で勝ちだからな。まだ二勝だ」

「ま、それなら早く次の試合をやってくれ。わしはもう腹膨れたし、帰って寝たい」

 豪天は退屈そうにあくびをした。

「おい、例の物を用意するんだ」

 金蔵はお付きの者に指示をした。

 するとリングに張られたロープをはずし始めた。


「あれ、なにやってんだ?」

 と宮下。

「そうだね。もう終わりなのかな?」

 佐藤も言う。

「フフフ、まだだよ。次の試合はこれまでよりも面白いものになるぞ」

 鬼塚が言った。

「面白いものって?」

「まぁ、見てな」

 鬼塚は不敵に笑った。

 リングからロープがはずされると、今度はそこに有刺鉄線が代わりに張られた。

「まさか、有刺鉄線デスマッチをやるのか?」

「そうだ。そのまさかよ。しかも有刺鉄線だけじゃないぜ。リングの下には火薬を仕込んだマットを敷くんだ。つまりリング下に落ちたら、その火薬が爆発する」

 鬼塚が説明した。

「そ、そんな……」

 宮下と佐藤は絶句した。

「さらに、この試合は凶器も自由に使っていいんだ」

「いや、それってもうプロレスでもなんでもないような気がするけど……」

 宮下のツッコミなんて、もう鬼塚家には関係なかった。勝てばいいのだ。


「ハハハ、どうだ、この試合は面白そうだろう?」

 金蔵は豪天に言うのだった。

「こんなことを考えるなんて、お前らしいよ」

 豪天はあきれ気味だ。

「どうです、美子さん。あなたの息子さんがこれから血まみれになる姿を見る気分は?」

 金蔵は美子に話を振った。

「…………」

 美子はなにも答えなかった。

「ワッハハハ、まぁ、せいぜい息子さんの無事を祈るんですな。なにせ、次に出てくる馬場タートルはレスリング技術はいまいちでも、反則をさせたら天下一品ですからな。それに性格の残虐性は誰にも負けません」

 金蔵は自信たっぷりだった。


「へえ、こんなので試合をするんだ」

 立神はリングの周りに張られた有刺鉄線を見て言った。

「そうだ。いままでのような甘っちょろい試合とは違うぜ。せいぜい覚悟をきめてかかってくるんだな」

 馬場タートルは身体をほぐしながら言った。

(このガキには悪いが、俺たちは勝たないといけねえ。そうでないとまた失業だ)


「準備が整いました」

 金蔵のところにお付きの者が報告に来た。

「よし、いよいよだな。まぁ、息子の血だるまになった姿をじっくりとみるんだな。じゃあ、ゴングを鳴らせ!」

 金蔵の合図でゴングが鳴った。


 ゴングとともに、馬場タートルが飛び出した。そして、ボーッと立っていた立神に不意に体当たりをした。

 突然のことで対応できず、立神はロープの代わりに張られた有刺鉄線に飛ばされた。

 立神の身体が有刺鉄線に当たる。


「うわっ、早速やられた」

 佐藤がそれを見て思わず声を出した。

「不意打ちかよ。汚ねえな」

 宮下が言った。

「ハハハ、不意打ちなんて当然だ。それにもうゴングもなってるんだから、ボーっとしている奴が悪いのさ」

 と鬼塚。


 有刺鉄線にぶち当たって立神の服が破れた。いまさらの説明だが、立神はずっと制服のままプロレスをしていたのだ。

 しかし、それが幸いした。服を着ていたので、身体に傷を負わずに済んだ。

「ああ、びっくりした」

 立神は痛がっていない。ただ、少し驚いただけだった。

「ハハハ、これはちょっとしたあいさつ代わりだ。今度はこれを喰らえ!」

 馬場タートルはそう言うと、タイツに隠し持っていた栓抜きを取り出した。そして、それで立神の頭を殴った。

「オラオラオラ、どうだ!」

 金属製の栓抜きが立神の頭に当たる。

「おおっ、プロレスっぽいなぁ」

 やられた立神は感心しているだけで、まったくダメージはなさそうだ。

「クソ、やっぱりこんなもんじゃダメか」

(このガキ、さっきはフォークを刺されても平気だったからな。こんなものが通用するとは思っていなかったが、それにしても異常なタフさだな)

 凶器の帝王と恐れられていた馬場タートルにとっては、これぐらいの凶器はまだまだ序の口だった。

 馬場タートルはいったんリング下に降りて、木製のバットに有刺鉄線を巻いたものを手に持って、再びリングに上がって来た。


「ああっ、あんなものを用意してるのか!」

 宮下が言った。

「そうだ。あの有刺鉄線付きのバットで殴られたら、どんなことになるか想像できるだろう?」

 と鬼塚。

「なんか、考えただけで痛くなるよ」

 佐藤は言った。

「ハハハ、あの凶器を見て怖がらない奴なんていねえよ」


「さあ、ボウズ。降参するならいまのうちだぞ。俺にこいつを使わせたらただじゃ済まねえぜ」

 馬場タートルは不敵に笑って舌なめずりをした。

「降参なんてしねえよ。なんか面白そうなもの持ってんな。それどうやって使うんだ?」

 と立神はまったく怖がっていなかった。

「こうやって使うんだよ」

 馬場タートルは、手にした有刺鉄線付きバットで立神の顔面を殴った。

 殴られた立神はさすがに足元がふらついた。

「どうだ!」

 馬場タートルはふらつく立神にさらにバットを振り下ろした。


「豪天よ、お前の息子もこれまでのようだな。さすがに倒れるのも時間の問題だ。なんならタオルを投げてもいいんだぞ」

 金蔵はニヤニヤしていた。

「アホらし。あんなおもちゃにわしの息子がやられるか」

 と豪天は言った。

「ほう、えらく強がるな。ワッハハハ。だが、あの状態ではもう無理だろう。殴られっぱなしじゃないか」


 金蔵の言うように、リングでは立神が馬場タートルのバットに滅多打ちになっていた。

「はぁ、はぁ、どうだ。そろそろ降参か?」

 バットを散々降って、馬場タートルは少し息が上がっていた。

「へ? いや、別に降参なんてしないけど。さっきのフォークよりも、むしろそれの方が刺激があって気持ちいいよ。ほら、俺ってたてがみがあるからさぁ、頭を洗ってもちょっと汗をかくと痒くなるんだよなぁ。だから、そのトゲトゲがちょうどいい感じで当たってすっきりしたよ」

 立神はまったくダメージがないどころか、むしろ爽快な顔をしていた。

「な、なんて野郎だ……」

 馬場タートルは普通の反則攻撃では無理だと悟った。


「なんか、立神は平気そうだな」

 宮下が立神の様子を見て言った。

「そうだね。制服はボロボロになってるけど、別に痛そうでもないし」

 と佐藤も言った。

「まだまだ、こんなもんじゃないぜ。あの馬場タートルという男の本気はこれからだ」

 鬼塚は言うのだった。

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