目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第32話 ドラゴンタイガー権藤

「体格はなかなかだが、それだけでは勝てんぞ」

 ドラゴンタイガー権藤が立神に向かって言った。

「ふーん、そう。おっさんて本当のプロレスラーなの?」

 立神はまだファイティングポーズも取っていない。

「そうだ。まぁ、正確には元、プロレスラーなんだがな。しかし、まだまだ身体は動くぜ」

 ドラゴンタイガー権藤はそう言うと、ロープに向かって素早くダッシュした。そして、ロープの反動を利用して戻ってきた時に、ドロップキックをした。

 立神はそれを胸に受けて、ロープまで跳ね飛ばされた。

「ああっ、立神!」

 リングの外から宮下が叫ぶ。

「大丈夫? 立神君」

 佐藤も声をかけた。

 さすがの立神もプロレスラー相手では敵わないのかもしれないと、二人は不安になった。

「このドラゴンタイガー権藤はスピードとパワーを兼ね備えた選手だ。しかもプロレスラーの中でもそのスピードとパワーはけた違いだったんだぜ。立神が勝てる相手じゃねえよ。ま、せいぜい立神のやられる姿を見とくんだな」

 と鬼塚は余裕の表情で言った。

(フフフ、立神め。今日、お前はここでボロボロになる姿をみんなに見せるんだ。情けない姿をな)

「そ、そんな……」

 宮下と佐藤は言葉を失った。そしてリングに倒れている立神を見た。

「いやぁ、すごいな。やっぱり」

 立神はそう言いながらまったくダメージがないような顔で起き上がった。

「ほう、身体は頑丈なようだな」

 ドラゴンタイガー権藤はそんな立神に感心した。

「じゃあ、これではどうだ!」

 ドラゴンタイガー権藤はもう一度ロープに駆けて行き、反動を使って今度はラリアットを決めた。

 立神の身体が一瞬宙に浮いた。

 そして、バタンと大きな音を立ててリングに倒れた。

「悪いが、プロの相手をするにはまだ早かったようだな」

 ドラゴンタイガー権藤はもう決まったと思った。

(余興としてはあまりにあっさりしすぎたかな。もうちょっと遊んでやっても良かったが、素人相手にあまり無茶もできんしな)

 ドラゴンタイガー権藤はそんなことを思いながら立神を見た。

「スゲー! 楽しいよ。おっさん、やるなぁ」

 と立神はあっさりと起き上がった。またもやまったくダメージがないようだ。

「そ、そんなバカな……。いま奴の喉に俺の前腕が完全に食い込んだはずだが?」

 ドラゴンタイガー権藤は立神のタフさに、思わず自分の腕を見た。

「おい、権藤! 気をつけろ!」

 リング下から稲妻シャーク斉藤が叫んだ。

 ドラゴンタイガー権藤がその声に顔を上げると、立神がドラゴンタイガー権藤をめがけて走って来ていた。

 立神もロープの反動を使っていた。

 そして、そのまま立神もドロップキックをしてきた。

 突然のことに反応が遅れたドラゴンタイガー権藤は、もろにそのドロップキックを受けて、そのままリング下まで飛ばされた。

「おい、大丈夫か?」

 稲妻シャーク斉藤と馬場タートルが駆け寄った。

「だ、大丈夫だ。それにしても、なんてパワーだ」

 ドラゴンタイガー権藤は、これまでプロレスの世界で味わったことのないパワーを感じていた。

「行けそうか?」

 稲妻シャーク斉藤が訊く。

「あ、ああ。まさか高校生に負けるわけはない。ちょっと油断しただけだ」

 そうは言ったものの、ドラゴンタイガー権藤は少し不安になっていた。

 なにせ相手の高校生の顔がライオンである。しかも、プロレスであるようなマスクではない。正真正銘本物のライオンの頭部だ。

(こんな化け物に勝てるのかな?)

 ドラゴンタイガー権藤は、未知の相手におびえている自分がいることに気づいていた。

 しかし、プロレスラーの意地にかけても、そんなことを言えるわけもなかった。

「おい、やってくれたな。こうなったら俺も容赦しないぞ!」

 そう言って自分に発破をかけながら、ドラゴンタイガー権藤はリングに上がった。

 二人はまた向かい合った。

 そして、ドラゴンタイガー権藤が立神の下半身にすばやくタックルに行った。

 そのあたりはさすがプロの技である。

 立神は脚を取られて、後ろにひっくり返された。

(よし、このまま逆エビ固めだ!)

 ドラゴンタイガー権藤は立神の両脚を取り、立神をひっくり返した。そして、立神の背中に腰を降ろすようにして、逆エビを決めた。

「どうだ!」

 ドラゴンタイガー権藤は手ごたえを感じた。

「おおっ、これは決まったな。権藤の必殺技だ。こいつを決められて逃れられた奴はいない。かわいそうだが、これであのライオン頭も終わりだな」

 稲妻シャーク斉藤も決まったと確信した。

「おい、ライオンの坊や。早くギブアップするんだ。そうしないと背骨が折れるぞ」

 ドラゴンタイガー権藤はぎりぎりと力を込めた。

「ああっ、立神! 頑張れ!」

 宮下と佐藤が応援する。

「どうだ、豪天。お前の息子がやらているぞ。どうしたんだ? お前の自慢の息子もたいしたことないな。ハハハ」

 金蔵は高らかに笑った。

(こんなにあっさりと終わってしまうとはな。もっと苛め抜いてボロボロにしてやりたかったが、仕方がない。所詮は高校生だ。プロレスラー相手だとこんなもんだろう)

「ほらほら、もう限界だろう?」

 ドラゴンタイガー権藤はさらに力を込めた。

 すると、

「これが逆エビかぁ」

 と逆エビ固めを決められている立神がのんきな声で言った。

「うん?」

 技をかけているドラゴンタイガー権藤は首を返して、立神を見た。

 すると、立神はまったく痛そうにしていない。とは言ってもライオンの顔なのでいまいち表情がつかめないのだが。

「あんまり痛くないね」

「なに!」

「よいしょ」

 立神はドラゴンタイガー権藤につかまれている両脚を勢いよく伸ばした。

「わあぁぁぁ!」

 するとドラゴンタイガー権藤はその勢いでロープに弾き飛ばされた。

「権藤!!!」

 稲妻シャーク斉藤と馬場タートルが叫んだ。

「な、なんてことだ。俺の技があんなに簡単にはずされるなんて……」

 ドラゴンタイガー権藤はあまりのことに言葉を失った。

「おっさん、その技、俺にもかけさせてよ」

 立神はそう言うと、ドラゴンタイガー権藤に近づいてきた。

「ちょ、ちょっと待て。させるか!」

 ドラゴンタイガー権藤は慌てて逃げようとした。

 しかし、立神は、

「いいじゃん。ちょっとかけさせてよ。自分だけかけてずるいよ」

 と言い、ライオンの牙がキラリと光る。

「うわー、やめてくれ!」

 もうドラゴンタイガー権藤はすっかり自信を無くしていた。あんなにあっさりと自分の技を返されたことで、気持ちが萎えてしまったのだ。いまはただ単に立神のことが怖かった。

 やめてくれと叫ぶドラゴンタイガー権藤を、立神は力であっさりとつかまえてリングに倒し、そしてそのままドラゴンタイガー権藤がやったのと同じように両脚をつかんで、逆エビ固めを決めた。するとボキッと角材が折れたような音がした。

「ギャー!!!!!」

 ドラゴンタイガー権藤は断末魔の悲鳴を上げた。

「効いてる? 痛い?」

 技をかけている立神がドラゴンタイガー権藤に訊く。

 しかし、ドラゴンタイガー権藤はすでに気絶していた。

「ガハハハ、おい、豪太。相手が気を失っているぞ。もうやめなさい」

 リングの外から豪天が言った。

「え? そうなの」

 立神はドラゴンタイガー権藤の脚を放して、後ろを見た。

 ドラゴンタイガー権藤は泡を吹いて気絶していた。

「権藤!」

 稲妻シャーク斉藤と馬場タートルが急いでリングに上がった。そして、ドラゴンタイガー権藤の頬を叩いて目を覚まさせようとする。

 すると、ドラゴンタイガー権藤は目を覚ました。

「せ、背骨が折れた」

 とだけ言って、またガクッと頭を落として気を失った。

「わあぁぁぁ、タンカだ!」

 ドラゴンタイガー権藤はリングから降ろされて、そのまま救急車で病院に運ばれることになった。

「おい、金蔵よ。こんな程度の奴らをわしの息子の相手にはならんぞ」

 豪天は退屈そうに言った。

「ぬうう、まだ一回戦だ。まだ二人おるわ」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?