翌日、鬼塚は登校してきた立神に詰め寄った。
「お前、昨日はなにしてたんだ? どうして来ないんだ。料理も用意して待ってたんだぞ」
「すまん。お前の家がどこかわからんから行くのやめた」
立神は一応謝罪はしているが、ぜんぜん申し訳なさそうな感じではない。
「それなら、どうして佐藤か宮下に訊かないんだ」
「あ、そうか。そうすれば良かったな。思いつかなかったよ。ガハハハ」
立神はあっけらかんとしているのだった。
「まったく。今日こそ来てくれよ。いや、お前の家に迎えをよこすから、その車に乗って来い」
鬼塚はそれぐらいしないと信用できないと思った。
「おっ、そんなことまでしてくれるのか? お前ってそんなに俺のことを招待したいんだ」
立神は好意的に取ったようだ。
「ま、まあな。とにかく迎えをよこすから、それで両親と一緒に来てくれ」
(なんでこっちがこんなことまでしないといけないんだよ)
鬼塚は忌々しい気分だったが、立神を家に来させないことには、父親の金蔵の計画も始まらない。
「わかったよ。いやぁ、楽しみだなぁ。どんなもの食わしてくれるのか」
立神はのんきにそんなことを言った。
「良かったな。立神。俺たちは昨日ごちそうになったけど、全部うまかったぞ。いままで食べたことがないようなものもいっぱいあったし」
宮下が言った。
「そうだよ。立神君。俺もあんなにおいしいものは初めて食べたよ」
佐藤も言った。
「ああ、そうだ。お前ら二人も来いよ」
鬼塚が宮下と佐藤に言った。
「ええ、いいの?」
「もちろんだ。ぜひ来てくれよ」
(こいつらも来てもらって、立神の無残な姿を見せないことにはな。フフフ、ま、証人としてはこいつらはうってつけだ。ボロボロになった立神のことを学校で噂してもらわんとダメだからな)
そしてその日の夕方。
立神が家に帰ってしばらくすると、黒塗りの車が立神家の前に来た。
「お迎えに上がりました」
運転手が恭しく頭を下げた。
「なんだ? えらくかしこまったのが来たな」
豪天は運転手を見て言った。
「あら、こんなことまでしてくれるなんて、豪太の友達ってお金持ちなのね」
美子も少し驚いていた。
「そうなんだよ。金持ちみたいだ。なんだかわからんけど、えらく俺たちの家族を家に招待したいみたいだよ」
立神が答えた。
「そうか。ま、ようわからんが、とにかく行くか」
豪天はそう言うと迎えに来た車に乗った。
立神家の三人が車に乗ると、静かに発車した。
立神家から鬼塚家まではそんなに遠くはない。十分もしたら到着した。
「ほう、なかなかの豪邸だな」
門構えを見て豪天は言った。
「あら、この家ってひょっとしたら……」
美子はつぶやいた。
運転手は車を敷地内に入れた。
「さあ、どうぞお降りください」
運転手に言われて、三人は車を降りた。そこは玄関の前だ。
すると、玄関の扉が開いた。
「ハハハ、よく来たな。豪天!」
扉の向こうには鬼塚金蔵がいた。
「あっ、お前は!」
豪天は驚いた。
「あ、やっぱり」
美子はじっと金蔵の顔を見た。
「ハハハ、驚いたか、豪天。久しぶりだな」
「お、お前は、確か……」
豪天はその後の言葉が出なかった。
「そうだ。私だ」
金蔵が胸を張った。
「えっと、そのう、なんだっけなぁ。名前は、ええっと、確か、うーん」
豪天は名前が思い出せなかった。
「鬼塚金蔵だ! 忘れたのか」
金蔵が吼えた。
「ああ、そんな名前だったな。そうそう、金蔵だ、金蔵。はいはい、いやぁ、久しぶりだなぁ」
豪天はなんとか思い出して、親しげに言った。
「この野郎。俺のことを忘れているとは、ますます許せん」
金蔵は歯ぎしりした。
「お久しぶりですね。金蔵さん」
美子はそう言って頭を下げた。
「おおっ、美子さん。お久しぶりです。相変わらず美しいですね」
金蔵は豪天に対する時と違い、柔らかい物腰になった。
「あら、お上手ですわね」
「さあ、入ってくれ。豪華な食事を用意したんでね」
金蔵はそう言うと、三人を家の中へと招き入れた。
「金蔵さんってあれからさらに成功されたんですね」
美子が訊いた。
「まぁ、そういうことです。いまや私は日本でも有数の富豪ってことになっています。いやぁ、美子さん、惜しいことをされましたな。私のことをフッて、そんなライオン野郎と結婚したんだから。ハハハ」
「あら、私は後悔はしていませんわ」
と美子はまったく動じることはなかった。
(クソ、この女め。美人じゃなかったら、この場でぶちのめしてやるのに)
金蔵は腹で思うのだった。
「さあ、ここがダイニングです。ゆっくりしていってください」
金蔵は三人をダイニングまで案内し、そう言った。
すでに宮下と佐藤は来ていた。
鬼塚も席についている。
「よう、立神。今日は来たな」
と宮下。
「迎えに来てもらえたからな。ガハハハ」
「なんかすごいVIPになったみたいだね」
と佐藤が言った。
「まあ、なんか知らんけど、鬼塚がそうしたいって言うんだから仕方がないよ。ガハハハ」
「そうしたいなんて俺は言ってない。お前が俺の家がわからないって言うから迎えを出したまでのことだ」
鬼塚はブツブツ言った。
そうこうしているうちに、食事が出てきた。
フランス料理のコースのようだ。
大人には高級ワインも当然のように出された。
「どうだね、豪天。このワインの味は? 一本百万もするんだよ」
金蔵は自慢げに言った。
(こんな高級ワインをこいつに出すのはもったいないが、美子に自分と結婚しなかったことを後悔させるためだ)
金蔵は美子のことをチラチラと見た。
しかし、美子はワインにはあまり興味がないのか、口はつけたものの、あまり進んではいなかった。
「これが百万もするのか? 腐ったブドウジュースみたいな味だな」
豪天はそう言いながらもガブガブと飲むのだった。
「ハハハ、貧乏暮らしで良いものがわからなくなっているんだな。かわいそうに」
(ふん、負け惜しみを言ってるな。本当はうまくてうまくて仕方がないんだろう。その証拠にがぶ飲みしているじゃないか)
金蔵は豪天の行動をそう解釈していた。
「こんな量では、まったく足りんな。もっと他にないのか?」
豪天はほとんど一人でワインボトルを空にした。
「ハハハ、相変わらずだな。もっと持ってこさせよう」
金蔵はウエイターに言って、ワインを十本ほど持ってこさせた。どれも似たようなクラスの高級ワインである。
「さあ、遠慮せずにやってくれ。お前が言うところの腐ったブドウジュースみたいな味かもしれないがね。ハハハ」
(どうだ。私の財力に驚いただろう。お前にこんな高級ワインをどんどん出すことができるのだ。美子さんもさぞ私と結婚しなかったことを後悔しているだろう)
金蔵は美子を見た。
しかし、美子は表情を変えることもなく、淡々と食事をしているだけで、ワインもほとんど飲んでいないし、たいしておいしそうにもしていなかった。
「まったく、こんなものを高い金を出して買い集めているなんて、お前の趣味も相変わらずだな」
豪天は出されたワインをゴクゴク飲みながら言った。
「お前のような野蛮人にはわからない趣味だよ」
「野蛮人か、そいつはいい。ガハハハ」
豪天はまったく気にしていないどころか、むしろ喜んでいるようだった。
そうしている間にも、ワインのボトルはどんどん空になっていく。
食事も出された途端になくなっていた。
「ところで、豪天よ。お前の息子もなかなかの男に成長したじゃないか」
金蔵は、さっきから夢中で食べている立神を見て言った。
「まあな。しかし、あいつはまだまだだ」
「そんなことはないだろう。どうだ、ここで一つ、お前の息子の腕試しをしようと思うんだが」
金蔵の怪しく目が光った。
「腕試し? なんだそれ? ゲプ」
豪天は膨れた腹を撫でていた。
「見ろ。外にリングがある。あそこでお前の息子と私が用意した連中と対戦させてみようじゃないか」
金蔵はそう言うと、お付きの者に合図をした。